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レオンハルト様と出会って5年の歳月が経ったある日、彼が1ヶ月ぶりに伯爵家を訪ねて来た。
「レオンハルト様!」
当時10歳だった私は、早く彼に会いたくて伯爵家の応接間に息を切らしながら飛び込んだ。
久しぶりに会うレオンハルト様は少し痩せていて顔色も悪かった。
「シャーロット様は一緒じゃないの?刺繍を教えてもらう約束をしていたんだけど……」
1人で来た彼を疑問に思い、私は問いかけた。
「ティアラ……どうか落ち着いて聞いて。母が……亡くなった」
一瞬で目の前が真っ暗になった。
いつも優しくて温かくて、母のように慕っていたシャーロット様が亡くなった?
「嘘……冗談だよね?だって、この前会った時は……」
シャーロット様のお日さまのような笑顔を思い出し涙がぽろぽろと溢れた。
「原因不明の病で急激に容態が悪くなり、そのまま……」
「そんな……私はまたお母様を亡くしたの?」
シャーロット様と出会ってからずっと、彼女は毎週必ずレオンハルト様を連れて会いに来てくれた。
母の温もりを知らない私を抱き締め、絵本をたくさん読んでくれた。
『私には娘がいないからティアラのような可愛い娘が出来て嬉しい』
いつも優しくて穏やかで、でも叱る時は厳しくて……とても素敵な人だった。
そんなシャーロット様を突然失い、絶望の底に突き落とされた私は床に膝を抱えてうずくまりめそめそと泣いた。
「また一人になるのね……」
その時、レオンハルト様が私の手を取ると両手で優しく包んでくれた。
「一人じゃない。僕がいる」
シャーロット様の面影が残る顔でそう言った。
彼だって突然母を亡くし辛かっただろうに。
まだ幼かった私には、彼の事まで考えが至らなかった。
「これからは僕がずっと一緒にいる」
「……本当?」
「君にはずっと黙っていた事だけど、僕の母はこの国の王妃だったんだ」
「え……?私と同じ伯爵家だったんじゃないの?」
「君が僕達に気を使わないよう、母は対等な身分を装ったんだ。突然王妃が会いに来ても、君は心を許せなかったでしょう?」
それもそうだった。
この国の王妃であるとわかっていたら、母親のように甘える事など出来なかっただろう。
シャーロット様の優しさに、私はまたボロボロと涙を溢した。
「君の両親は僕の母が亡くなった事をまだ知らない。でもそれはすぐに知られてしまうだろう。そうなれば王妃と言う君の後ろ楯がなくなって、ここでの立場も危うくなる」
また以前のように皆から虐げられる生活に戻るのか──更なる絶望に私は声も出なかった。
「ティアラ……僕と婚約しよう」
思いがけない言葉に私は驚いて顔を上げると、強い決意を宿した瞳と目が合った。
「……待って。シャーロット様が王妃だったら、息子の貴方は……」
「そうだよ。王子だ。幸か不幸かこの国唯一のね。そんな僕の婚約者としての立場がこれから君を守るだろう」
「待って。待って。私と婚約したって何も得にならないよ。家は伯爵家だけどお金は無いし、私は綺麗でも何でもない」
「分からないな。人は損得勘定だけで結婚をするの?」
少なくとも私の父はそうだった。
母の実家が裕福な侯爵家だったから、愛はなくても結婚した。
「私が哀れで可愛そうだから?同情心で婚約を決めたら、後々後悔することになるわ」
「誰かを守りたいと強く思うのは、それはただの同情心なのかな……」
誰に言うでもなく、彼は独り言を呟くように言った。
「ティアラは嫌なの?僕と婚約するのが」
嫌なんて思う筈がない。
初めて出会った時からずっと、私の心はあなたに囚われているのだから。
本当は手を叩いて喜びたいくらいだった。
「嫌とかじゃないけど……」
「だったら婚約しよう。父である国王陛下にも許可を貰ってあるから」
どうやって国王陛下の許可を得たのか、彼は王印が押された釣書を懐から取り出した。
そうして私は次期王位継承者であるレオンハルト様の婚約者となったのだった。
「レオンハルト様!」
当時10歳だった私は、早く彼に会いたくて伯爵家の応接間に息を切らしながら飛び込んだ。
久しぶりに会うレオンハルト様は少し痩せていて顔色も悪かった。
「シャーロット様は一緒じゃないの?刺繍を教えてもらう約束をしていたんだけど……」
1人で来た彼を疑問に思い、私は問いかけた。
「ティアラ……どうか落ち着いて聞いて。母が……亡くなった」
一瞬で目の前が真っ暗になった。
いつも優しくて温かくて、母のように慕っていたシャーロット様が亡くなった?
「嘘……冗談だよね?だって、この前会った時は……」
シャーロット様のお日さまのような笑顔を思い出し涙がぽろぽろと溢れた。
「原因不明の病で急激に容態が悪くなり、そのまま……」
「そんな……私はまたお母様を亡くしたの?」
シャーロット様と出会ってからずっと、彼女は毎週必ずレオンハルト様を連れて会いに来てくれた。
母の温もりを知らない私を抱き締め、絵本をたくさん読んでくれた。
『私には娘がいないからティアラのような可愛い娘が出来て嬉しい』
いつも優しくて穏やかで、でも叱る時は厳しくて……とても素敵な人だった。
そんなシャーロット様を突然失い、絶望の底に突き落とされた私は床に膝を抱えてうずくまりめそめそと泣いた。
「また一人になるのね……」
その時、レオンハルト様が私の手を取ると両手で優しく包んでくれた。
「一人じゃない。僕がいる」
シャーロット様の面影が残る顔でそう言った。
彼だって突然母を亡くし辛かっただろうに。
まだ幼かった私には、彼の事まで考えが至らなかった。
「これからは僕がずっと一緒にいる」
「……本当?」
「君にはずっと黙っていた事だけど、僕の母はこの国の王妃だったんだ」
「え……?私と同じ伯爵家だったんじゃないの?」
「君が僕達に気を使わないよう、母は対等な身分を装ったんだ。突然王妃が会いに来ても、君は心を許せなかったでしょう?」
それもそうだった。
この国の王妃であるとわかっていたら、母親のように甘える事など出来なかっただろう。
シャーロット様の優しさに、私はまたボロボロと涙を溢した。
「君の両親は僕の母が亡くなった事をまだ知らない。でもそれはすぐに知られてしまうだろう。そうなれば王妃と言う君の後ろ楯がなくなって、ここでの立場も危うくなる」
また以前のように皆から虐げられる生活に戻るのか──更なる絶望に私は声も出なかった。
「ティアラ……僕と婚約しよう」
思いがけない言葉に私は驚いて顔を上げると、強い決意を宿した瞳と目が合った。
「……待って。シャーロット様が王妃だったら、息子の貴方は……」
「そうだよ。王子だ。幸か不幸かこの国唯一のね。そんな僕の婚約者としての立場がこれから君を守るだろう」
「待って。待って。私と婚約したって何も得にならないよ。家は伯爵家だけどお金は無いし、私は綺麗でも何でもない」
「分からないな。人は損得勘定だけで結婚をするの?」
少なくとも私の父はそうだった。
母の実家が裕福な侯爵家だったから、愛はなくても結婚した。
「私が哀れで可愛そうだから?同情心で婚約を決めたら、後々後悔することになるわ」
「誰かを守りたいと強く思うのは、それはただの同情心なのかな……」
誰に言うでもなく、彼は独り言を呟くように言った。
「ティアラは嫌なの?僕と婚約するのが」
嫌なんて思う筈がない。
初めて出会った時からずっと、私の心はあなたに囚われているのだから。
本当は手を叩いて喜びたいくらいだった。
「嫌とかじゃないけど……」
「だったら婚約しよう。父である国王陛下にも許可を貰ってあるから」
どうやって国王陛下の許可を得たのか、彼は王印が押された釣書を懐から取り出した。
そうして私は次期王位継承者であるレオンハルト様の婚約者となったのだった。
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