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助け出された私は、ゼスティリア王家の紋章が刻印された四頭立ての馬車に寝かされていた。
「あの時、無理矢理にでもあなたをゼスティリア王国に連れ帰っていれば、こんな事には……」
目の前に跪いているアイラス殿下が苦しそうに顔を歪めていた。
「あなたのせいではありません。大丈夫ですと断ったのは私の方ですから……それよりも、本当に私と婚約するおつもりですか?」
ゼスティリア王国の王子である彼には、私などではなくもっと相応しい相手がいる筈だった。
「婚約破棄された上に家族からも虐げられた私が哀れで、同情して下さったのですよね。でも……私は貴方の優しさにつけ込むような真似はしたくないのです」
一時の情けで婚約しても、時が経てばすぐに気持ちは冷めてしまう。
婚約破棄で傷つくのはもう嫌だった。
「それに、私はまだレオンハルト様の事が……」
そう言いかけた時、アイラス殿下の手首から血が出ている事に気がついた。
ローズが死に物狂いでもがいた際に、彼の手首を強く握り長い爪が突き刺さったのだろう。
「血が……早く手当てしないと」
私は傷の状態が心配で思わず彼の手に触れた。
すると、それを拒むかのようにアイラス殿下は素早く私の手を振り払った。
「……このくらい大丈夫だ」
彼は小さい声で呟くと私からサッと視線をそらした。
「勘違いしているのかもしれないが、婚約はあくまで利害の一致によるものだ。俺はあなたと婚約することで、縁談話に時間を奪われる事なく仕事に集中出来る。あなたは家族から離れる事が出来て身の危険がなくなる。俺は利があるから婚約するだけで、別に同情した訳ではない」
利害の一致。
彼は互いに愛がない婚約を望んでいるのだろう。
私が少し触れただけで、あれほど拒否するくらいなのだから。
でも、その方が丁度良いのかもしれない。
最初から愛のない関係だと分かっていれば、また婚約破棄になっても仕方ないと割り切れる。
愛がない関係であれば、レオンハルト様の事をいつまでも忘れられない自分が罪悪感を抱く必要もない。
「分かりました。アイラス殿下がそれで良いのであれば、それに従います」
彼に拒絶され行き場のない手を握りしめながら頷いた。
愛のない関係──それをアイラス殿下から求められた事に、何故なのかとても胸が痛んだ。
◇◆◇
伯爵家を出発してから丸3日が過ぎ、ゼスティリア王国にあるアイラス殿下の屋敷に到着した時にはすっかり夜も更け、辺りは闇に包まれていた。
「ようこそおいで下さいました。ティアラ様。私はこの屋敷の執事長を務めておりますシリル・ローランと申します」
アイラス殿下に抱きかかえられながら屋敷の中へ入ると、白髪交じりの初老の執事が穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
彼は執事にしては大柄で、アイラス殿下のように鍛え上げられた屈強な体躯をしていた。
「この人はゼスティリア王立騎士団で分隊長を務めていた人だ。今は退役してここで執事長をして貰っている」
アイラス殿下の説明に、だからこんな鍛え抜かれた身体をしているのかと納得した。
「この屋敷では私のように騎士団を退役した者が多く勤めております。万が一の際には私共が命をかけてティアラ様をお守り致しますのでどうぞご安心下さい」
執事はそう言うと洗練された動作で一礼した。
「シリル。堅苦しい挨拶は必要ない。それより明日、医者を呼んでくれ。彼女の怪我を見て貰いたい」
「かしこまりました」
執事はアイラス殿下から下がるよう言われると、再度深々と一礼して足早に去って行った。
「シリルが言っていたように、ここの屋敷で働く者のほとんどが元王立騎士団員だ。堅物の者ばかりで最初は戸惑うかもしれないが、俺が心から信頼している者達だ。あなたを傷つけるような奴はこの屋敷には一人もいない。安心して欲しい」
傷ついている私を慰めるように、アイラス殿下は優しい言葉をかけてくれた。
「ここがあなたの部屋だ。ゆっくり休むと良い」
アイラス殿下は私を部屋まで運ぶと、ゆっくりとソファに下ろしてくれた。
後のことはその場に控えていた侍女に任せ、自身は部屋から出て行った。
「初めまして。わたくしはターシャ・バトラーと申します。アイラス殿下のご令妹様の侍女を務めておりましたが、この度ティアラ様の侍女長を務めさせて頂くことになりました。どうぞよろしくお願い致します」
濃紺の侍女服に身を包んだ40代くらいの女性が優雅に一礼した。柔らかな栗色の髪を一つに束ね、穏やかで落ち着いた雰囲気をしていた。
「アイラス殿下のご令妹様……?」
自分で呟いてハッとした。
王子である彼の妹ならば、その人はゼスティリア王国の王女殿下ということだった。
「そんな……私は王女殿下の侍女を奪ってしまったのですか?」
事の重大さに気がついた私は、顔から一気に血の気が引いた。
「ご安心下さいませ。王女殿下の侍女は他にも大勢おりますから、数名くらい抜けても何も支障はございません。王女殿下も快く私達を送り出して下さいました」
「そうなんですね。良かった……」
私はホッと胸を撫で下ろした。
まさか王女殿下の侍女を引き抜いてくるなんて──アイラス殿下がどうしてそこまでしたのか理解出来なかった。
「これからはティアラ様の侍女として誠心誠意務めさせて頂きます」
そう言って優しく微笑んだ彼女の笑顔は、亡きシャーロット様にとても良く似ていた。
「あの時、無理矢理にでもあなたをゼスティリア王国に連れ帰っていれば、こんな事には……」
目の前に跪いているアイラス殿下が苦しそうに顔を歪めていた。
「あなたのせいではありません。大丈夫ですと断ったのは私の方ですから……それよりも、本当に私と婚約するおつもりですか?」
ゼスティリア王国の王子である彼には、私などではなくもっと相応しい相手がいる筈だった。
「婚約破棄された上に家族からも虐げられた私が哀れで、同情して下さったのですよね。でも……私は貴方の優しさにつけ込むような真似はしたくないのです」
一時の情けで婚約しても、時が経てばすぐに気持ちは冷めてしまう。
婚約破棄で傷つくのはもう嫌だった。
「それに、私はまだレオンハルト様の事が……」
そう言いかけた時、アイラス殿下の手首から血が出ている事に気がついた。
ローズが死に物狂いでもがいた際に、彼の手首を強く握り長い爪が突き刺さったのだろう。
「血が……早く手当てしないと」
私は傷の状態が心配で思わず彼の手に触れた。
すると、それを拒むかのようにアイラス殿下は素早く私の手を振り払った。
「……このくらい大丈夫だ」
彼は小さい声で呟くと私からサッと視線をそらした。
「勘違いしているのかもしれないが、婚約はあくまで利害の一致によるものだ。俺はあなたと婚約することで、縁談話に時間を奪われる事なく仕事に集中出来る。あなたは家族から離れる事が出来て身の危険がなくなる。俺は利があるから婚約するだけで、別に同情した訳ではない」
利害の一致。
彼は互いに愛がない婚約を望んでいるのだろう。
私が少し触れただけで、あれほど拒否するくらいなのだから。
でも、その方が丁度良いのかもしれない。
最初から愛のない関係だと分かっていれば、また婚約破棄になっても仕方ないと割り切れる。
愛がない関係であれば、レオンハルト様の事をいつまでも忘れられない自分が罪悪感を抱く必要もない。
「分かりました。アイラス殿下がそれで良いのであれば、それに従います」
彼に拒絶され行き場のない手を握りしめながら頷いた。
愛のない関係──それをアイラス殿下から求められた事に、何故なのかとても胸が痛んだ。
◇◆◇
伯爵家を出発してから丸3日が過ぎ、ゼスティリア王国にあるアイラス殿下の屋敷に到着した時にはすっかり夜も更け、辺りは闇に包まれていた。
「ようこそおいで下さいました。ティアラ様。私はこの屋敷の執事長を務めておりますシリル・ローランと申します」
アイラス殿下に抱きかかえられながら屋敷の中へ入ると、白髪交じりの初老の執事が穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
彼は執事にしては大柄で、アイラス殿下のように鍛え上げられた屈強な体躯をしていた。
「この人はゼスティリア王立騎士団で分隊長を務めていた人だ。今は退役してここで執事長をして貰っている」
アイラス殿下の説明に、だからこんな鍛え抜かれた身体をしているのかと納得した。
「この屋敷では私のように騎士団を退役した者が多く勤めております。万が一の際には私共が命をかけてティアラ様をお守り致しますのでどうぞご安心下さい」
執事はそう言うと洗練された動作で一礼した。
「シリル。堅苦しい挨拶は必要ない。それより明日、医者を呼んでくれ。彼女の怪我を見て貰いたい」
「かしこまりました」
執事はアイラス殿下から下がるよう言われると、再度深々と一礼して足早に去って行った。
「シリルが言っていたように、ここの屋敷で働く者のほとんどが元王立騎士団員だ。堅物の者ばかりで最初は戸惑うかもしれないが、俺が心から信頼している者達だ。あなたを傷つけるような奴はこの屋敷には一人もいない。安心して欲しい」
傷ついている私を慰めるように、アイラス殿下は優しい言葉をかけてくれた。
「ここがあなたの部屋だ。ゆっくり休むと良い」
アイラス殿下は私を部屋まで運ぶと、ゆっくりとソファに下ろしてくれた。
後のことはその場に控えていた侍女に任せ、自身は部屋から出て行った。
「初めまして。わたくしはターシャ・バトラーと申します。アイラス殿下のご令妹様の侍女を務めておりましたが、この度ティアラ様の侍女長を務めさせて頂くことになりました。どうぞよろしくお願い致します」
濃紺の侍女服に身を包んだ40代くらいの女性が優雅に一礼した。柔らかな栗色の髪を一つに束ね、穏やかで落ち着いた雰囲気をしていた。
「アイラス殿下のご令妹様……?」
自分で呟いてハッとした。
王子である彼の妹ならば、その人はゼスティリア王国の王女殿下ということだった。
「そんな……私は王女殿下の侍女を奪ってしまったのですか?」
事の重大さに気がついた私は、顔から一気に血の気が引いた。
「ご安心下さいませ。王女殿下の侍女は他にも大勢おりますから、数名くらい抜けても何も支障はございません。王女殿下も快く私達を送り出して下さいました」
「そうなんですね。良かった……」
私はホッと胸を撫で下ろした。
まさか王女殿下の侍女を引き抜いてくるなんて──アイラス殿下がどうしてそこまでしたのか理解出来なかった。
「これからはティアラ様の侍女として誠心誠意務めさせて頂きます」
そう言って優しく微笑んだ彼女の笑顔は、亡きシャーロット様にとても良く似ていた。
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