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29.叔父からの子熊

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 机の上に置いてある、褐色のファンデーション。
 最後に使ったのは、あの日。ラインハートを悲しませてしまった日だ。
 それ以降もお見合いの申し込みは何件も来てはいた。が、それまで「全件撃破!」とばかりに受けていたのが嘘のように、クロエは差出人を見るだけですべて断っていた。

 ラインハートからもらった手紙は、鞄の中で眠っている。
 何度も読もうと思ったけれど、どうしても開けなかった。
 読んでしまったら、そこで自分とラインハートをつなぐすべてのものが切れてしまうような気がした。
 
「はぁ……」

 ファンデーションの蓋をくるくるとなぞっていたらため息が出た。

「どうしたどうした! クロエらしくないな!」

 不意に明るい声がして、振り返った。
 にこにこして大きく手を広げている叔父に、びっくりしてクロエは固まった。
 父の弟、ヴァルター=フォン=ホイットモー侯爵だ。

「叔父さま! どうしたんですか!?」
「ちょっと近くまで来たからね。可愛い姪っ子の顔でも見ておこうかなって」
 おみやげ、と渡された子熊のぬいぐるみにちょっと笑う。いつまでも赤ちゃんだと思っているようだ。
「ありがと、叔父さま」
「これはフィンに」
「……渡しておくね」
 おそろいの子熊。フィンも14歳の男の子なんだけど、と思うと可笑しい。

「兄さんは店に出てるのかな。義姉さんも?」
「はい」
「そっか……じゃあまた今度でいいか。お邪魔したね、クロエ。今度、うちにも遊びにおいで」

 ひらひらと手を振って、ウィンク一つ残して叔父は去っていった。
 何の用だったか聞くのを忘れた。今度でいいということは急ぎではないのかも?
 
 けれど、いつも楽しいヴァルター侯爵と話ができたのは嬉しかった。
 父の弟とはいえ、侯爵。先代が早々に隠居してしまったため正式に爵位を継承しているので、一般商家の小娘がそうそう会える人ではない。……父、テオドールが爵位を継がなったせいで、叔父も苦労性だ。

 さて、と立ち上がってハンガーから帽子を取った。

「今日も街に出かけますか」

 誰にともなくつぶやいて、クロエは鞄に子熊を入れた。この子にちょうどいいリボンを買おうと思う。
 色は……モスグリーンなんか、いいと思う。



 天気のいい昼下がりなので、やはり今日も街は活気がある。
 手芸屋さんに行くのがいいか、それとも雑貨屋さんに行くのがいいか。どうしようかなと考えながらも、どうしても雑踏の中にあの人の影を探してしまう。

 あれから何度も街へきているが、ラインハートには会えていない。
 運がないのか、避けられているのか、それとも何か別の理由があるのか。
「でも今日は、リボンが目的だから」
 子熊の入った鞄を抱き寄せて、言い聞かせるようにそう言った。

 
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