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34.そんなドキドキはいりません

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 考える時間が惜しい、なんて考えている余裕もなかった。
 背負える鞄に数枚の着替えを詰めて、今クローゼットに入っている上着の中で一番分厚い上着を引っ張り出す。引きずられていくつか荷物が出てしまったけれど、片付けている場合じゃない。
 街用の鞄から財布とポーチとラインハートからもらった……まだ読めていない手紙を出して、リュックに詰めた。
 
 後他に何か持っていくものを考えながら、とりあえず邪魔な髪を乱暴に一つに結ぶ。帽子をかぶれば、みっともなくないこともないと思う。

「クロエ」
「兄さん、わたしちょっとお出かけしてくる」
「ノヴァック領がどれだけ遠いかわかっているの?」
「……ノヴァック領に行くとは、言ってませんけど」
「クロエ」
「……」

 辺境、というのは知っている。馬車で行くなら片道3日、慣れた馬でも2日。その上、雪の季節。さらに崩落で混乱しているところだろう。

「迷惑になるだけだから」
「でも、」
「情報が足りなさすぎる。地盤が緩んでいるのかもしれない、雪がひどいのかもしれない、そんなところにクロエが行ってどうするの。身体を鍛えているわけでもない、強いのは性格だけのクロエが」
「悪口ですか」
「そうじゃない、事実を教えてあげているんだ」

 ひどい、と小声で言ったクロエを無視し、ユーゴはきつい視線で妹を見つめる。
 両肩に置かれた兄の手のひらは熱く、普段の穏やかさとはかけ離れていた。

「おじいちゃまが情報は集めてくれる。商人にとって、情報は資産だから」
「わたしが行って、情報を集めてくるわ」
「危ないって言ってるんだよ!」

 声を荒げるユーゴの剣幕に、クロエは負けじと睨み返した。

「危ないなら、余計に行かないと!」

 心臓の音がうるさい。
 危険だ、と自分の行動を制止されるほど、気が急いてどうしようもない。
 鞄を握りしめる手が震えて止まらない。これは、怖いからではない。
 焦燥感と、憤りだ。

 クロエの必死の訴えに、ユーゴは手早く何枚かメモを書き、印を押した。
 それから封筒と一緒にクロエの胸に押し付けた。

「持っていきなさい」
「! ありがとう、兄さん!」
「地図はこれ。この道通りに行くこと。絶対に逸れないこと。あとから追いかけるから」

 何度も頷くと、困ったようにユーゴは笑った。

「ケガしないこと。クロエに何かあったら……」
「大丈夫! わたし、強いの! ゴドルフィンの孫なのよ!」

 言い終わるのを待たずに駆け出した。

 門の横に繋いである自分の馬にまたがって、駆け出す。
 地図の中身は頭に入っている。自分でも驚くほどの集中力で、一目で全て記憶できた。

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