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36.危険ならば、なおさらです
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「行かない方がいい、ですか?」
女性と少年は顔を見合わせて、神妙な表情で同時に頷いた。
「馬の脚が折れるかも」
少年の言葉に、チョコラを見上げる。愛馬は不思議そうにじっとクロエを見つめていた。
「崩落があったんだって」
「街道が封鎖されているから、林道を通るしかないからねぇ。お嬢ちゃんが馬車で来てたら、当然無理だよって止めるところなんだけど。徒歩では行けると思うよ、大人の男だったらね。お嬢ちゃんと馬は……森の中を走るのに慣れた馬なら平気かねぇ」
チョコラは都会っ子なので、森の中を走るのには慣れていない。
クロエも都会っ子なので、薄暗い森の中を駆けるのに自信はない。けれど。
「崩落って、どんな状況だかわかりますか?」
「北から昨日通りかかった人が言ってたことだから、又聞きになっちゃうんだけどね。山の中腹を少し無理に掘削したらしくて、地盤が緩んで第三峰がドドーッとね」
第三峰、ということは三番目に高い峰かしら。
図面でしか見たことがないノヴァック領北部の稜線を思い描く。記憶が正しければ、領主の館があるのもそのあたりではなかったか。
うなじのあたりに嫌な感じが這い上がってきて、クロエは立ち上がった。
「――行かなきゃ」
「お嬢ちゃん、」
「あの、これ、お会計ここに置きます! ご馳走様です、ありがとう!」
「ちょっと!」
女主人の驚いたような声に一度振り返り深くおじぎして、クロエはひらりとチョコラにまたがった。
きゅっと帽子を被りなおして、リュックを背負う。
「チョコラ、頑張ろう」
ブル、と返事をするが早いか、チョコラは早足気味に駆け出した。
「気を付けてねー!」
背中にかけられた少年の声に、後ろ手に挨拶を返してクロエはまっすぐに前を向く。
無事でいてくれると信じている。
頭と心の中にもやもやと渦巻いていた思いは、はっきりとした形になってきた。
ユーゴ作の行程表よりもだいぶ進んで、宿泊。
泊まる宿の主人に渡すようにと言われたユーゴの手紙を忘れずに渡し、勧められた部屋にそのまま入った。
普通の民家のような温かみのある宿。別の言い方をすると、宿泊施設としてはいろいろ整っていない。
暗くなると風が強くなり、カタカタと窓を鳴らす。きちんと乾された布団は気持ちがいいけれど、一人で知らない宿に泊まるのは初めてで、心細い。
チョコラと一緒に厩舎に泊めてもらえばよかったかもしれない、とすら思う。
大きな枕をぎゅっと抱きしめて、カーテンの隙間から外を眺めた。
暗くでよく見えない。けれど、向かう山の山頂の雪が白くぼんやりと浮かんで見えた。
「ラインハート様、……」
そうだ。
クロエは鞄を引き寄せて、半分読めていないラインハートからの手紙を読むことにした。
銀色の封蝋に押されたノヴァック家の紋を指先で撫でる。騎士の家系ではないせいか、どことなく柔らかい印象がある。
便箋を開くと、綺麗な筆跡で書かれた文字が並んでいる。
クロエ様、と綴られた自分の名前も何か特別なもののように感じた。
しばらく会えないこと、が書かれている。それが残念だけれど必要なことであると。
具体的な内容はなかった。けれど、丁寧に並んだ字が、彼の思慮深さと何かしらの決意を表しているように感じた。
多くは書かれていなかった。ただ、最後にあった一文に目を止めた。
『次にお会いした時に、伝えたいことがあります』
何度もその文字を目で追うと、ラインハートの声でそれが脳内に響く気がした。
伝えたいことって、何だろう。クロエも話さなければいけないことがある。
二人にはまだまだ会話が足りない。会って、目を見て、伝えなくてはいけないことがある。
封筒の宛名は、『クロエ様』。ゴドルフィンの姓がなかったことが、じんわりと胸にくる。
早く会いたい。
一刻も早く、無事な姿を確認したい。
女性と少年は顔を見合わせて、神妙な表情で同時に頷いた。
「馬の脚が折れるかも」
少年の言葉に、チョコラを見上げる。愛馬は不思議そうにじっとクロエを見つめていた。
「崩落があったんだって」
「街道が封鎖されているから、林道を通るしかないからねぇ。お嬢ちゃんが馬車で来てたら、当然無理だよって止めるところなんだけど。徒歩では行けると思うよ、大人の男だったらね。お嬢ちゃんと馬は……森の中を走るのに慣れた馬なら平気かねぇ」
チョコラは都会っ子なので、森の中を走るのには慣れていない。
クロエも都会っ子なので、薄暗い森の中を駆けるのに自信はない。けれど。
「崩落って、どんな状況だかわかりますか?」
「北から昨日通りかかった人が言ってたことだから、又聞きになっちゃうんだけどね。山の中腹を少し無理に掘削したらしくて、地盤が緩んで第三峰がドドーッとね」
第三峰、ということは三番目に高い峰かしら。
図面でしか見たことがないノヴァック領北部の稜線を思い描く。記憶が正しければ、領主の館があるのもそのあたりではなかったか。
うなじのあたりに嫌な感じが這い上がってきて、クロエは立ち上がった。
「――行かなきゃ」
「お嬢ちゃん、」
「あの、これ、お会計ここに置きます! ご馳走様です、ありがとう!」
「ちょっと!」
女主人の驚いたような声に一度振り返り深くおじぎして、クロエはひらりとチョコラにまたがった。
きゅっと帽子を被りなおして、リュックを背負う。
「チョコラ、頑張ろう」
ブル、と返事をするが早いか、チョコラは早足気味に駆け出した。
「気を付けてねー!」
背中にかけられた少年の声に、後ろ手に挨拶を返してクロエはまっすぐに前を向く。
無事でいてくれると信じている。
頭と心の中にもやもやと渦巻いていた思いは、はっきりとした形になってきた。
ユーゴ作の行程表よりもだいぶ進んで、宿泊。
泊まる宿の主人に渡すようにと言われたユーゴの手紙を忘れずに渡し、勧められた部屋にそのまま入った。
普通の民家のような温かみのある宿。別の言い方をすると、宿泊施設としてはいろいろ整っていない。
暗くなると風が強くなり、カタカタと窓を鳴らす。きちんと乾された布団は気持ちがいいけれど、一人で知らない宿に泊まるのは初めてで、心細い。
チョコラと一緒に厩舎に泊めてもらえばよかったかもしれない、とすら思う。
大きな枕をぎゅっと抱きしめて、カーテンの隙間から外を眺めた。
暗くでよく見えない。けれど、向かう山の山頂の雪が白くぼんやりと浮かんで見えた。
「ラインハート様、……」
そうだ。
クロエは鞄を引き寄せて、半分読めていないラインハートからの手紙を読むことにした。
銀色の封蝋に押されたノヴァック家の紋を指先で撫でる。騎士の家系ではないせいか、どことなく柔らかい印象がある。
便箋を開くと、綺麗な筆跡で書かれた文字が並んでいる。
クロエ様、と綴られた自分の名前も何か特別なもののように感じた。
しばらく会えないこと、が書かれている。それが残念だけれど必要なことであると。
具体的な内容はなかった。けれど、丁寧に並んだ字が、彼の思慮深さと何かしらの決意を表しているように感じた。
多くは書かれていなかった。ただ、最後にあった一文に目を止めた。
『次にお会いした時に、伝えたいことがあります』
何度もその文字を目で追うと、ラインハートの声でそれが脳内に響く気がした。
伝えたいことって、何だろう。クロエも話さなければいけないことがある。
二人にはまだまだ会話が足りない。会って、目を見て、伝えなくてはいけないことがある。
封筒の宛名は、『クロエ様』。ゴドルフィンの姓がなかったことが、じんわりと胸にくる。
早く会いたい。
一刻も早く、無事な姿を確認したい。
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