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第6章  罪咎

第49話  亡失

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 師匠と呼び慕うノアという人物。何でも知っていて、何でも出来る。困難な問題さえも笑いながら対策してその障害を軽々と飛び越える。

 離散寸前の自分達を掬い上げ、それどころか王都の市民を幸せにして誇らず動き続けた。

 ずっと高くて遠く美しい処にいて憧れて見上げていた。彼女が想い目指す光。

 だがらこそ、それがあったこそ、彼女は腐らずその身を一心に磨き続けられた。

 その憧れ、強く感じた背中が悲しみに塞ぎ揺らいで映る。

 彼が偉人でも英雄でもなく。唯の青年だとリアルに意識した。

 エステラに溢れ出す感情。――それが何か彼女は分からない。だが、心がギュッとして痛く苦しいのだ。

 彼が悲しんでいる事が、それを押し殺そうとしている事が。たまらなく。そして、それに寄り添えていないことが。

 愛おしいという想いは発露した。そして、ささやかな恋の種を芽吹かせる。

 彼の悲しみを分かち軽くしたい。唯そう願い。ゆっくりと近づき背中から抱きしめた。慈しむように。育むように。

 そして、師匠と慕った彼に決意の言葉を伝える。

 王都を出る時から決めていた事だ。彼にとっては何てことはないが、彼女にとっては重要な変化だ。

 それはウェンからの助言で決意したものだった。

。あなたの事は私が守る。ノアの痛みも悲しみも困難も私と半分個。だから、幸せも楽しみも喜びも分かち合おう。あなたの隣に立ちたい。――同じ景色を一緒に見せて下さい」

 『師匠と呼んでいては届かないものがある』ウェンが彼女に伝えた言葉だ。

 そして付け加えられた。『ノアの後ろをついて回りたいのか、隣に立ちたいのか』と。

 そして彼女は選んだ。そこへ並び立つ事を。

「――エステラ? どうしてここに?」

 驚いた様子のノアに想いを伝える。

「――悲しい時は泣いても良いんだよ」

 彼は無表情のまま吐き捨てるように言う。

「……そんな権利も価値も俺にはない。最低のボンクラだ」

 その無表情がエステラには泣き顔に見えた。胸が苦しい。

「あなたは凄い人。二週間の絶望も笑って乗り越えて、王都の困難を解決した人。知っているよ。準備を怠らず身を削り全力を出す人。今もふら付いているじゃない」

「――それでもだ。出来たことはあった筈。助ける路がない訳がない。俺が怠ったばかりに」

「完璧な結果だけを出し続ける人間はいない。あなたがここに居た事は最善だった。私はそう信じる。――ノア。頑張ったね。良く出来ました。私が認めます。偉かった」
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