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第7章  獄窟

第35話  回想

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 ――少女は春色の優しい声に耳を傾ける。

「王都を守る城楯都市ドゥブロベルクには五つのダンジョンがあります。その内の一つ流水のダンジョンには、天空から舞い落ちる滝があるそうです。あまりの高さに地上では霧となりそれが集まり忽然こつぜんと川が生まれています。――もちろん。直接目にした事はありませんが、本とはそれを体験した者の知識と経験を分け与えてくれるものです。挿絵もありますが、リパオラディーテ様には想像力を働かせていただきたいのです」

 青年と呼ぶにはまだ若く、かといって少年となぞらえるには、成人を迎えた彼の矜持きょうじに障る。人生ではほんの一瞬で、だが、誰しもが通るかけがえのない時期だ。

 彼はそう言って間を取ると片目を瞬かせ、注意を引くように微笑み続ける。

「魔法にはその想像力こそが重要です。想像には上限がありません。そして、楽しむ事。楽しもうと思う事が上達の近道です。この講義に楽しみと興味を感じなれければいつでも言って下さいませ。内容を変更してご提案致します」

 少女は半年程の付き合いになるその人物に不満げに気持ちを伝えた。

「――先生? わたくしは指導を受ける立場です。どうぞ、ディーテと呼び捨て下さいませ」

「――いっ! えっ? そんな不敬は行えません」

(愛称など。……大公に追いかけまわされますよっ!)

 先生と呼ばれた彼は、内心の驚きを抑えようとして、隠しけれずに顔色を変える。

「ディーテ。先生に無理を言ってはいけないよ」

 一緒にいた少年がその言葉を取り成す。

「ですが、レオ。頭を垂れて教えを乞う立場のわたくしに様を付けていては厳しい指導を頂けません」

 少女は自身が正論だというように胸を張る。弱った指導者は別の提案をした。

「――――それでは姫で如何いかがでしょうか?」

「――それこそ不敬にあたります。王家の傍系のわたくしが姫を名乗るなど――――」

 少年は被せるようにその言葉尻に言葉をぶつける。

「王位継承権を持つ唯一の女性は姫で問題ないと思うけどね」

 定型文ステレオタイプのいつものやり取りだ。

「ですから、わたくしは八位ですのよ。王に従い助ける陪臣ばいしんの一人ですわ」

「国王陛下が生まれた姪が喜ばしく、勇んで継承権を捧げたと聞いているが?」

 少年は小馬鹿にするように顎を上げながら少女を見下ろす、それを睨むと少女はむっつりと膨れながらやり返す。
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