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第五章 リュータと異国の塔

第五十話 リュータと転移と塔

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 突然で申し訳ないが、俺は今、戦奴と言うものになって塔の中を探索している。
 俺が誰かって? リュータだよ。
 塔がどこかって? 知らないよ。

 何故俺がいきなりこんな立場になったかと言うと、順を追って説明すると、こんな感じだ。


***

「リュータよ。そろそろ一度、エルフの里に里帰りしたいのじゃが、一緒に行かんか?」
「うん、いいよ」
「即答かよ! おいリュータ、こっちはどうすんだよ!」

 ガルフが驚いているが、別に俺がいなくていいんじゃないの? って思うんだけど。

「いや、この前密林ダンジョンに閉じ込められた時、思いっきり放置してくれたよね? 俺、いらないじゃん」
「そう言う問題ではない。国内にいるならばともかく、長期に国外へとなれば外交問題になるとガルフは懸念しておるのだ」
「そう言うのをなんとかするのが、ウィルの役目だろ?」
「そうだな。それゆえに、貴様を国外に出すわけにはいかん。それが最も手っ取り早い手段だからな」

 ええー。折角エルフのみんなに、俺とシルちゃんが恋人同士になったって報告しに行こうと思ったのになぁ。
 でも、俺も一応貴族なんだよなー。しかもエルフの里は遠い。獣人王国からワーム車を使っても往復で二週間はかかる。向こうに着いてもトンボ帰りって訳にもいかないから、一か月は外国に行くことになるのか。

「一か月だけって言っても、ダメ?」
「本来なら許可を出すのだが、今は時期がまずい」

 聞けば、玄武が暴れた傷跡がまだ癒えていない状態だから、国内の活性化を優先して欲しいとの事。そりゃそうか。
 しかもこの前密林ダンジョンに一か月近く缶詰にされていた影響もあり、市の業務の一部が停滞しているらしい。大半は俺の指示や許可がなくてもなんとかなるけど、地下街の開発は俺の許可が必須だから、ドワーフや獣人たちがせっついてくるそうだ。

「なるほどね。なら逆に言えば地下街の開発さえ目途が立てばいいわけだ」


 と言う訳で、シルちゃんと手分けしてお仕事を二週間頑張って詰めて、終わらせました。

 地下街の構造は、簡潔で分かりやすいもの。これに尽きる。
 だから街区制度を採用している。簡単に言えばシム〇ティ方式だ。街区の作り方は四角く、それぞれの街区は均等になるように。そしてこの街区にはこの施設を重点的に、こちらは工場を、などと決めておく。
 融通は利かないが、獣人王国みたいに勝手に開発されて、渋谷駅のようにされても困る。

「人は不自由さがあった方が工夫するからね。これでいいんじゃないかな」
「そうじゃのぉ。不便な方が何かと考えるでの。そうかそうか」

 シルちゃんも思う所があったようで、俺の言葉に何度も頷いていた。
 エルフの里は、戦いに明け暮れられるだけの戦力と、それさえこなせば後は不自由しないだけの森の恵みがあったんだもんな。その結果があの衰退だと考えれば、弱くて何かと不自由な人間の方がたくましく生きているのも納得、と言ったところだろうか。

「リュータさんは、エルフの里に行かれるんですか?」
「そうだけど、ウィルが許可を出してくれないとなぁ」
「ぬ、ぬぅぅぅ」

 ミチルさんにそう問われ、俺は未だに許可を出してくれないウィルを見た。そのウィルは、現在許可を出すか大いに悩んでいる所だった。
 まさか俺がここまですんなりと仕事を終わらせるなどと思っていなかったようである。解せぬ。

「さすがに一か月は、だが、約束では・・・」

 とても大いに悩むウィルに、さすがに申し訳ない気持ちになってきた。しかしそんな悩みも、シルちゃんの何気ない一言で砕け散る。

「一か月も家を空けんぞ? 精々三日じゃのぉ。とりあえず今はワシの無事と、リュータとの仲を報告しに里に戻るだけじゃ」

 え?

 さすがに今の発言は俺もびっくりしたけど、しかし話を聞けば不思議なものだった。そう言うものかって思った。

「ワシの管理するダンジョン同士であれば転移できるのじゃ。南の密林ダンジョンのモノリスと、エルフの里のワシの家のモノリスを繋げばいいようじゃ」
「ワープかよ! エルフすげェナ!!」

 ワン君が興奮しているのも分かる。と言うかシルちゃんって結局何者なんだ!?

「玄武の協力がなければ不可能じゃがの。さすがは神獣じゃ」
「神獣スゲー!!」
「これでも一応神様じゃからのぉ」

 そんなこんなで、それなりの人数でエルフの里に行くことになりました。
 メンバーは、最近シルちゃんを見る目が怪しくなってきた勇者ミチルさん。護衛と言っているが、たぶん普通についていきたいだけだと思う。
 次にスレーブワンことワン君。いつまでもツヨシ君と呼べないのかと思っていたら、彼のプロフィールを『調査』したら、いつの間にか正式名称が「ワン」になっていた。いとかなし。
 他にも数名、エルフの里に興味をもった、それでいて信頼のおける人物たちを抽選し、今回の旅に同行させることにした。

「ガルフ、ウィル、すまないけど留守を頼むよ」
「お前さんとの付き合いも長いからな。三日ならなんとかしてやる」
「長くとも一週間以内には戻ってこい。必ずだ」

 ちなみにガルフは俺の事をアンタからお前さんと呼び改めたが、これはどうやら身内に甘い彼の伝統芸のようだ。

 なお、シルちゃんが俺の事をお前さんと呼ぶのは、俺と仲のいいガルフに対抗した為だそうだ。あらかわいい。

「分かってるって。それとミントさんは街の治安維持を頼みます」
「任せなさい。それにしてもエルフと言う方々がどのような方々なのか、今から会うのが楽しみよ」

 ダークエルフの方々とエルフの方々とのご対面は、とりあえずこの地で、となった。それと言うのも、帰りについでに何人かエルフの人たちをこちらにご招待しようと言う話になったのだ。丁度密林ダンジョンを管理できる人材を探していたから、なら呼べばいいのじゃ、となったのである。


***

 そして半日かけてダンジョン前の村ムーラヌに到着した。

 ムーラヌは新たにダンジョンを管理すべくオーリム王子が急きょ作った村で、住人のほぼ全員が騎士か冒険者と言う状態の、どちらかと言えばキャンプ村に近いほとんど何もない場所だ。
 ここにエルフさんを数人招き入れて、本格的に村として運用しようと言うのだが、果たしてどうなるか・・・。

「いっそエルフの人たちはダンジョン内部に村を作った方がいいのかな」
「それはそれで危険じゃぞ? 管理しておるなどと言うが、実際にワシは何もしとらんでの」

 そうなんだ。なら何を管理してるんだろうか。

「ま、細かい事は挨拶が終わった後でいいか!」
「そうじゃな。では皆の衆、準備はよいかの?」

 モノリスの前に立ち、数珠つなぎに俺たちは手を繋いだ。俺の右側はワン君、左側はミチルさん。そして目の前には俺の胸に両手を当てるシルちゃん。
 ワン君の右側にはエルフの里へのお土産の、ジューリが詰まった箱と、ミチルさんの左側にはオーリム王子からの贈り物の数々が入った箱があり、それらと人の輪でモノリスを一周させ、モノリスを俺たちで取り囲んでいた^。

「これではぐれんじゃろう。では、行くのじゃ」

 その合図と共に、シルちゃんの体が光り出した。そして俺も、ワン君も、ミチルさんも、荷物も紐も光り出した。
 辺りが眩く輝き、一面が真っ白な世界になった瞬間、俺は意識を失った。


***

「そして俺は一人、カールビン皇国のモノリスに誤転送されたらしい」

 その後は大変だった。
 周りは誰もいなくて、俺だけがそこにいた。すると、突如開いたドアに驚き、俺はどうやら部屋の中にいたようだと状況確認をしていたら、部屋に入ってきた槍を持った兵士数人に滅多打ちにされた後で、牢屋へと放り込まれた。
 エルフの里の時とは似ているようで全く異なる待遇に唖然とし、そしてそのまま俺は奴隷となった。

 意味も解らず、状況も理解していない俺に、この国の兵士はこう言った。

「どこから迷い込んだのかは知らんが、残念だったな。お前はもう、この国から逃げられん」

 聞くと、この国は閉鎖的な状況で、他国とのやり取りは一切ない状態だそうだ。その理由は、目の前の塔。恐らく、ダンジョン。そのダンジョンの障壁の所為で、ここ50年ほど外とは物理的な交流が一切ないそうだ。

 ただ、俺のようにこうして迷い込む者は一定数いるようで、そう言う者たちを集めて、塔の攻略をさせているそうだ。
 幸いにもその中にシルちゃんたちはいなかったが、それでも俺の置かれた状況は最悪だった。来る日も来る日もダンジョン攻略のために塔へと送り込まれ、ある程度の成果を上げたら強制的に戻され、ドロップアイテムを奪われた。

 扱いも最低だが、中でも支給される食べ物は最悪で、恐ろしくマズい大根のようなものを煮込んだ物を食べ、塔の中ではそれを干した物を食べさせられた。切り干し大根なんてそのままで食べるようなものじゃないのに、これしかないからと無理やり持たされた。


「あれからもう三か月か」

 『生活魔法』により、自動で『ステータス』にカレンダーが反映されている。それによると、転移してから今日で120日目だそうだ。
 地球とは異なり、一か月が約40日のこの世界で、三か月。シルちゃんと付き合いだして四か月間、俺は行方不明になっている事になる。

「シルちゃん、今度こそ泣いていないといいけど・・・」

 魔力が濃すぎるからか、あいかわらず『電話』が通じない。外に逃げようにも、そもそもダンジョンのバリアの所為で逃げられない。
 この国としてもダンジョンを攻略するしかないはずなのに、この国の重鎮たちは何故か攻略に消極的で、俺たちのような戦奴にばかり攻略を任せている。しかも待遇は最悪をきわめ、中には塔の中で発狂死する奴隷も少なくなかった。

「でも、俺は必ず生きて帰るんだ・・・」

 両手を握っては開くを繰り返す。
 この三か月で筋力が随分と上がった。敏捷も、体力も、魔力も上がった。しかしその一方で体調はすこぶる悪かった。手をじっと見れば、骨と皮と筋肉だけになっている。体中にはいたるところに傷跡がある。魔獣に噛まれり、爪で切り裂かれた事は一度や二度じゃない。その度にひん死となり、辛うじて『生活魔法』の『応急手当』で命を繋いだ。とにかく俺はしぶといヤツだと、それなりの評価をもらっていた。

 でも自分の事で精いっぱいで、何人も同じ境遇の仲間が死んでいくのを見た。悔しくて、悲しくて、それでも歯を食いしばって生き延びた。

 心が、荒んでいくのが分かる。


「4781番! 出てこい!」

 4781番は俺の事だ。すでに人扱いされていない。彼らにとって俺は、この密閉された空間の扉を開ける為のカギの一つでしかない。
 その事に少しばかり怒りを覚えるが、シルちゃんの笑顔を思い出してその暗い感情を引っ込めて、気合を入れて俺は立ち上がった。
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