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第六章 リュータと神と勇者の秘密

第六十五話 姫と勇者とエルフと触手

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 俺たちは密林ダンジョンのモノリスに無事に辿り着いた。
 時間が予定の三時着よりも大幅に遅れているけど、なんとか辿り着いた。

 夕陽が眩しい・・・。もうすぐ陽が落ちるぞ、これ。

「誰かが時折立ち止まって植物の観察など行なう所為で、一時間以上も遅れている」
「軟弱者のお陰で遅延が生じている。急ぎ拠点の設営を行なうぞ」

 事あるごとに寄り道しまくっていたアンリエット様に対して愚痴を零すウィル。
 無視すればいいのにきっちり言い返す、ちょっと大人げないアンリエット様。

 いや、本当に懲りないね、君たち。
 やれやれ、だよ。

「ウィル殿はもう少し体力を付けるべきだな。私が鍛えてやろうか? 差し当たってはこの鉄柱を地面に埋め込むところから始めてみるべきだな。そら、ハンマーの振るい方は分かるか? ん?」
「結構だ! ムキムキ女! 俺には別の手段があるので、そのような事をする必要はない!」
「そうだぞ、年増のくせにシャシャり出てくんじゃネー! テメーはそっち、俺らはこっちダ!」

 そうそう、あれからアンリエット様とソリが合わない者同士のワン君とウィルが結託したのだ。
 いや本当に、何やってんのさ、君たち。

 賑やかでいいんだけどね。
 あ、年増と言ったワン君がまた『ストーンシュート』で吹き飛ばされている。


 はー、しかし、俺が最初にこの世界に来た時にはこんなことになるなんて、夢にも思わなったなぁ。
 あの当時はスーパーすごい能力で活躍しまくって、そのお金で女の子の奴隷でも買って、悠々自適に過ごすんだって考えてたんだっけ。

 なんて現実逃避をしつつ、テントの設営その他諸々を終えた頃には、すっかり陽が落ちていた。

 晩御飯はひとまず俺が『収納室』で運んだものを食べた。


 そして夜番だが、アンリエット様曰く、モノリスがあっても六人と言う人数は、魔物を近くまで呼び寄せる危険があるそうだ。
 だから念のために二人一組となって三交代で夜の見張りをすることになった。

 最初はワン君とウィル。二番目、最もしんどい時間帯は俺とアンリエット様。最後はもう寝てしまっているシルちゃんとミチルさんだ。

 二番目の夜番は睡眠が分割されるので、明日の朝はちょっとしんどいかもしれない。
 なんて思いながら寝て、時間通りに起きた。
 そして身支度を整えていたタイミングで、ウィルたちがテントに戻って来た。

「『ステータス』の『アラーム』は、本当に便利だなぁ」
「何がだ? まぁいい、後は頼んだ。俺たちは寝る」
「あいよ、お休みー」
「ふん。年増に押し倒されないように注意しろよ?」
「あ、ああ・・・」

 すれ違いざまに、聞かれたらまた『ストーンシュート』されそうな事を言うワン君。
 どうにも未だにワン君は、当時アンリエット様に押し倒されかけた事を根に持っている様子。

「あれだけ美人のお姉さんに押し倒されて文句しか出てこないなんて、困ったものだね」

 誰にも聞こえないレベルの小声でそうぼやきつつ、焚き火の近くで待っているアンリエット様と合流した。

「こんばんは」
「ああ、よく起きたな。さすがリュータ殿だ」
「さすがと言うほどでは・・・」

 それを言うならアンリエット様の方がすごいんじゃないだろうか。
 昨日は街役場の客室でぐっすりだろうけど、その前日までずっと働き詰めだ。それなのに今日も一番厳しい時間帯の見張りを自ら買って出ている。
 しかもそんな状態にも関わらず、俺よりも先に準備を終えていたのだ。

 だが、当の本人にとっては本当になんでもない事のようだ。さすが職業軍人と言うべきか。

「謙遜するな。私のような、こうと鍛えられた者でもないのに、それを苦にする事なく付いてくるのだ。さすがは第五級冒険者だ。誇ってよいぞ」
「そう、ですか」
「そうだぞ」

 アンリエッタ様と話していると、なんだろうか、すごいお姉さん感がヒシヒシと伝わってくる。
 シルちゃんも一緒にいると落ち着くタイプだけど、彼女は寄り添うタイプだ。
 アンリエット様のような、時にこちらの手を引っ張るようなある種の強引さは持っていない。

 そう言えば、ミチルさんもそう言う感じじゃないな。
 なんだかこういうの、新鮮でいいな。

「どうした? やはり私なんかと夜番では不満か?」
「え? いえいえいえ! むしろ嬉しいと言うか、光栄です」
「ふっ、そうか」

 はー、びっくりした。
 ワン君やウィルとの関係がイマイチなせいか、ネガティブな質問が多くてちょっと心臓に悪い。

「私なんぞ、婚約者に逃げられた哀れな行き遅れだと思って、気軽に接するといい」

 そんな理由で、気軽になんて無理です。

「王位継承権なんぞとっくに放棄していたのに、無理に婚約させられ、しかも断るのではなく、逃げられたのだ。笑ってよいぞ」

 笑えません。
 と言うか、ワン君が逃げた事を思ったよりも根に持ってます?

「気にするな。所詮は行かず後家のたわごとだ」

 うっわー。
 これ、すっごいワン君恨んでるよ。

「ち、ちなみに」
「なんだ?」
「ワン君、じゃないか、伊藤剛、えーと、イトーツ=ヨシ君の事は今でも好きなんですか?」
「・・・」

 え、何その真顔。
 焚き火の照り付けで顔の陰影が劇画調で滅茶苦茶怖いんですけど!?

「今も昔も、好きではない。ただ私は、王族としての義務を果たそうとしたに過ぎん」

 そう言って俺から視線を外して焚き火を見つめるその横顔には、確かに何の感情も浮かんではいなかった。

 王族としての義務、ね。

 気の無い二人を無理にくっ付けようとした王様の見る目の無さに呆れつつ、俺はその後たわいない会話でアンリエット様と夜番の時間を過ごした。


 そして案の定起きなかったシルちゃんとミチルさんの代わりに、俺は一人で三番目の夜番もこなしたのだった。


***


 明けて翌朝。ほとんど寝ていない俺は眠いながらも踏ん張って朝食を作りました。
 そしてみんなが起き出して、朝食を食べ、そのままダンジョン探索に向かいました。

 強行軍過ぎるので結構しんどいが、それも致し方のない事情があった。
 それは

「あのビオ〇ンテ、前よりも大きくなってない?」
「うむ。ずいぶんと太くなっておるの」

 と言う事です。
 前回、前々回とあったダンジョンの恐らく中心部にある、コアを守っているボスであろう巨大樹木の魔物。それが以前よりも大幅に大きくなっていたのです。

 シルちゃんに預けていた玄武曰く、あのまま放置しておくとダンジョンコアを乗っ取って、ここのダンジョンを作り変えてしまう危険があるから、とにかく早めに退治すべきらしい。

 なお、現状は森林系ダンジョンの上位支配者であるシルちゃんが、支配力Lv1と言う、よく分からない能力でこのダンジョンの増殖を抑えているらしいが、あくまで外部からの代理権限だからボスのような大物を止められないそうだ。

 てな訳で、急ぎ確認だけでもと近寄ったら、なんとビオ〇ンテの足元にはイソギンチャクモドキがいたのである。
 そしてそれらは魔物ではなく、ただの植物。
 だから勇者連中のセンサーにも反応がなく、そのイソギンチャクモドキに見事に引っかかってしまった。

 辛うじて難を逃れたのは、寝不足で歩みが遅かった俺と、俺と寄り添うようにいたシルちゃんだけ。

 ミチルさんはと言うと

「は、早くなんとかして下さいぃぃぃ!!」
「ちょっと待ってて、ミチルさん! 暴れれば暴れるほど、とんでもない格好になるよ!?」
「ええ!? み、見ないで下さい~~~」

 もがけばもがくほど触手は食い込むらしく、微妙にミチルさんの顔が赤い。
 触手は胸の上下を締め付けているので息苦しいのだと思うが、何というか、その、おっぱいがものすごく強調されていてちょっとエロい。

 そしてそのエロいミチルさんの右隣には、逆さで亀甲縛りされているウィルがいる。

 ソレから目を背けつつ、更に右を見れば、何故か上下にシェイクされているワン君がいる。

「オボボボボボ! オボボボボ!?」

 もはや声にならない声を発しているワン君の口には触手が咥えられ、その口からは触手から出た何かの液体が零れ落ちていた。

「勇者だしあの程度で死ぬとは思えないけど、急いだほうがいいよね」

 とは言え、最初は

「あれ? こいつの樹液、うめぇ!」

 とか言ってその謎の液体をガブガブ飲んでいたので、彼は後回しだ。

 残るアンリエット様は、自分の足を土で覆って持ち上げられるのを防いでいる。
 余裕はなさそうだが、すぐにどうにかなるようには思えない。
 さすがは本職軍人の人は対応力が違う。

「リュータ! こちらももう限界じゃ!」

 そして肝心のシルちゃんは、アンリエット様の近くで他の触手を叩き落している。
 しかしそれも単なる植物相手だと今一つ力を振るいきれないようで、珍しく苦戦している。


 どうする?
 どうすればいい?

 こいつの名前は、ローパー。
 つまりロープ。それを切断、焼き切れればいい訳だ。

 しかしだめだ、ロープを切ると言うイメージが沸かない。

「手足が自由なら、こんな触手叩き切るのに!」

 ミチルさんの叫びが聞こえる。
 そう、ミチルさんさえ自由になればゴムみたいなこいつらの触手もあっという間に切り刻める。

「ハサミでもあれば!」

 『収納室』にハサミはあるけど、俺の腕ほどの太さの触手を切れるサイズじゃない。

「いや、待てよ」

 こういう時こそ、『生活魔法』じゃないか?

「触手に関わる『生活魔法』・・・。触手、エロフ、関係ない・・・」

 ダメだ。シルちゃんを見ているとどうしてもそっち方向に意識が向かってしまう。
 もっと、もっと単純に、分かりやすく生活に関わる何かを。

「そうだ!」

 閃いた!
 俺は右手を掲げ、ゆっくりと触手に近づき、力を解放する。

「『生活魔法』、『せん定』!!」

 そう叫んだと同時に俺は向かい来る触手に対して右手を振り下ろし、見事にソレを断ち切った。
 今までゴムのような弾力で、勇者連中のバカ力でさえ跳ねのけていた触手を、俺は難なく切り捨てた。

 いける!

「さぁ、反撃のお時間だ!」

 たかが植物如きが、庭師となった俺に敵うと思うなよ!!

「オラオラオラ! どうした、この俺の封印されし右腕、『デス☆シザー』を食らって声も出ねぇか!? アアン?」

 寝不足の所為で、最高にハイってヤツでした。
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