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終章 リュータとそれぞれの話
第九十三話 ソラミの話
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ドラゴンが私たちのバスに居ついてしまった。
本当に意味が分からない。
今も白エルフの膝でゴロゴロとしているし、本気でこのままついてくるつもりなのね。
幸いにも性別のない種族だから問題はないけど、これでメスだとしたら、またリュータに新しく妻が増えていたと思うと、間一髪だったわね。
・・・、あら? 私ったら名乗らずにたいへん失礼をしたわね。
「私、ソラミちゃんと申します」
ちゃん、は必須ですわ、オホホホホ。
それはともかく、聞いて欲しいわ。
リュータったら、ドラゴンに「ゴン」なんて名前を付けたの。
「ドラ」だとハイドライアドのドラと被るからって、後半二文字から名前を付けたの。
それは、あんまりだと思ったわ。
でも、ドラゴンがその名前を受諾してしまったから、もう今後、このドラゴンは「ゴン」になったわ
「本人、いえ、本ドラゴンはたいそう気に入っているみたいだけど・・・」
それと言うのも、このドラゴン、引きこもった光の神様を破壊神の魔の手から守る為に、一族揃って何千年と洞窟の中で暮らしていたそうで、世間と言うものを何も分かっていなかったのよ。
地上世界で最も長寿なドラゴンにとって、過ぎた十年は昼寝程度の時間で、それが千年でも精々子供が成人するまでのほんのわずかな間でしかないわ。だけれども、そのわずかな間に世界は激変したわ。ゴンが幼い頃、まだ卵から孵ったばかりの時は周りに大勢のドラゴンがいたそうだけど、ドラゴンたちは次から次へと巣立つようにあの洞窟から旅立ったらしいわ。その結果は、ご覧の有様ね。誰一人、一匹? とも帰ってこず、誰もいない洞窟でただ一匹だけで飢えをしのぎ、退屈を睡眠で紛らわせていたそうよ。
「こう聞くと、同情したくもなるのだけれど」
話だけを聞けば可哀そうなこのドラゴン。しかしこのドラゴン、社会性があまりにも低い。
子供の頃からほとんど一匹ぼっちで過ごしてきたからか、あるいはドラゴンの習性なのか、加護を持たない私たちを格下として扱おうとする。今もシルビィに甘えているのは、この中で力が最もあると敏感に本能で感じたからでしょう。
「それも彼女が名実ともにこの家のトップだと敏感に感じ取った、と言うだけではなさそうなのよね」
面倒見がよく料理、洗濯、掃除も完璧で、権力もあり、最高神たる生命神エンテ様の加護を授かっている巫女。
我が家では彼女に誰も頭が上がらない。
私も家事は完璧だけど、彼女とは決定的に異なる点があるの。その点が、その、彼女に頭が上がらない理由なのだけれども。
「計画性。そんなの、今まで必要なかったもの・・・」
そう、星空のダンジョンでずっと過ごしてきた私は、無限に物が沸くダンジョンと同じ感覚でゴージャスあんどセレブレティに食材を使い、洗剤を使い、片っ端から捨てた。
でも、物資が限られているこの旅では、そんなものは許されなかったわ。
「今となっては浅はかな考えだったと反省しきりよ」
過去に戻れるのであれば、その時の自分を引っ叩いてやりたい気分だわ。
「そう思うと、あのドラゴンと私は似ているわね」
自ら引きこもっていた訳ではないけど、思っていた以上に自分が世間知らずだとこの旅で思い知ったわ。きっとあのドラゴンも広い世界を知り、そしていずれ・・・、自分の名前の安直さを知って泣くわね、きっと。
「のどが渇いたわね。ちょっとお水でも・・・」
ゆったりとした雰囲気を醸しつつ幸せそうな顔で編み物をしている、口を開かなければ女子力が高い系エルフのシルビィの後ろを通ろうとして、私は足を止めたわ。
何故かって? 彼女の膝に乗っているゴンの尻尾が私の足を叩いたからだわ。
「・・・ゴン、邪魔しないでくれるかしら?」
私の足を叩く尻尾に力は込められておらず、単に通行を妨害する程度の軽いものだけれども、それでも意図的にそのような事をされたら抗議をしたくもなるわ。それも、フンッとやる気満々な調子で妨害されたら一言も言いたくなるわね。
本ドラゴンとしては妊婦であるシルビィを守る騎士のつもりかもしれないけれど、この方がかえって危ないわ。
「ゴン、シルビィの近くで暴れるのは感心しないわ」
そう静かに告げれば、少しだけ首を伸ばしたゴンが鼻先でジェスチャーを行ってくる。
それを解読、と言うほど大げさではないのだけれども、ゴンの意図を読み取ると、こうね。
あっち、通れ。
あっち、とゴンが示した方は、ドアの先。
つまり、外へ出ろと。
「そう言う事・・・、この腐れドラゴンが!!」
シルビィの膝の上にいるドラゴンを引っ張り出す。ゴンはシルビィを傷つけない為に無抵抗で私に捕まった。家族を傷つけないようにするだけの分別はあるからか、こちらの強硬手段に対して抵抗したりはしないわ。それに、車内では絶対に暴れないように言われていて、それを律儀に守っている。だからこのメンバーの中では非力な私でも、強力なドラゴンに一方的にやられる事はないのよ。そして、私にはこのドラゴンを屈服させられるだけの、最終兵器もある。
「また、これを食らいたいの?」
これとはバスに備え付けられている一つの装置。壁に半ば埋まるように設置されているソレは、一抱えもある大きな立方体で、パッと見はあまりに武骨な鉄製の魔道具。前面部の上側にはダイヤルとスイッチ、その下には細長いスリットが三つ入っていて、これだけ見ると、何をするものか分からない。けれど、これがリュータ史上最高最悪の兵器とも呼べる、ある生活魔法を使える魔道具であるのは、このバスを利用する者なら誰でも知っている。
「どの『芳香剤』が、いいかしら?」
芳香剤、つまりかぐわしい香りを周囲に放つだけの、兵器とは程遠い名前の効果を持つこの魔道具は、禁断の臭いである「カメムシ」の臭いを再現出来てしてしまっている。本家の臭いよりは数段落ちるそうだけれど、それでもこの密閉空間で使用すれば、この中のメンバーは誰一人、おそらく最強のシルビィでさえも、生き残れはしないでしょう。無論、私も屍となりますのでこの場で使用する事はありませんわ。
そもそもそれを使う必要すらないのだけれど。
「そうね、今日は『ペパーミント』な気分かしら? それとも『ラベンダー』かしら?」
私がゴンを脇に抱えながら装置のダイヤルを回せば、ゴンはカタカタブルブルと震え出したわ。鼻がいいこのドラゴンは、今まで洞窟の中で暮らしていたからか花の香りを嗅いだことがなくて、匂いを嗅ぐと混乱するのよね。具体的には酔っぱらったみたいに顔が赤くなり、千鳥足になるの。力も入らなくなるみたいで、クラーケンのようにグデングデンになるわ。そしてその時の自分の有様を思い出したのか、匂いを嗅がないようにと前足で顔を懸命にブロックしているわ。
「まったく、この程度で怯えるようなら最初から妙なちょっかいを出さなければいいのに」
よく見たら、爬虫類のような前足がゴツすぎて全然鼻を塞げていないわね。この様子だけ見れば愛嬌があるのだけれど、隙あらば絡んでくるいたずら坊主みたいな真似ばかりで正面から可愛がれずに、妙に対応に困ってしまうわ。
「人の邪魔をしない。反省は? そう、ならいいわ」
懲りずに何度も突っかかってくるゴンにいつも通りのお説教を行い、必死な形相で頷くゴンを開放したわ。
手を放した時、ちょうどのタイミングで車内に音が鳴り響く。
「あら、警報ね」
フォンフォンフォン、と警報が車内に響く。これは魔物が現れたサインで、魔石チャンスとリュータは呼んでいるわ。
そしてこの音を聞き、即座に行動したのは、ゴン。
器用にもあの爬虫類のような前足でドアを開け、外に躍り出て、振り向き背伸びをしてそっとドアを閉める。その律儀な様子に車内に静かな笑いが沸くのだけれど、閉めるように教育した私としてはやっと覚えたか、と言う思いで一杯だったわ。
そしてゴンが飛び出してから数秒後、十分にバスから距離を開けたゴンは元のサイズに戻り、近寄ってきていたカエル型の魔物ロッダーフロッグを次々と撃破していくわ。
でもロッダーフロッグ、つまり釣り餌カエルは何かを釣り上げる為の餌としてよく上位の魔物が使用する哀れな魔物。つまり、ロッダーフロッグよりもはるかに強力な魔物がいると言う事でもあるわ。
「それでも、黄金竜の敵ではないでしょうけどね」
図体に反してかなり幼稚なゴンではあるけれど、伝説級の生物であるドラゴンだから敵なしと言えるわね。しかも最大の脅威だった魔王と魔人はリュータの手によって滅ぼされているから、よほどのことがない限りは心配いらないわ。
そう思いながらもバスの小窓からゴンを見守り、外の様子を伺っていた私たちは、ゴンの前に立ちはだかるように出来た小山に驚愕したわ。
「あれは、ドラゴン!?」
なんと、ゴンの視線の先には青白いモヤを出した青いドラゴンがいたのよ。
まさか伝説級と言われたドラゴンが、もはや絶滅したのではないかしらと疑われていたドラゴンが、この短期間に二匹も現れるなんて。やはりドラゴンはしぶといという事かしら。一匹見たら百匹はいると思うべきかしらね。
それで肝心のゴンの前に立ちふさがったドラゴンは、どうやら冷気を操るようで、その青いドラゴンの通ってきた場所は凍り付き、ゴンの指と同サイズの霜柱が乱立していたわ。元に戻ったゴンの指が、小柄なドラと同じくらいのサイズだから、あれはもはや霜と言うよりも氷の柱ね。それが意図したでもなく、漏れ出る力だけで作られているのだから、さすがドラゴン、とんでもない力だわ。
そして、それほどの冷気をまとっているドラゴンが、ええ、ゴンが太陽の光を浴びて蓄えたエネルギーで放ったブレスで溶かされ、そのまま頑丈そうなウロコも焦がされて、尻尾を巻いて逃げたわ。
あまりにもあっけない頂上決戦の幕切れに、肩透かしを食らった私たちは顔を見合わせて苦笑してしまったわね。
「方角は北ね。あの様子なら当分南へは居りてこないでしょうし一安心かしらね」
ロッダーフロッグも寒冷地を好む性質なので、おそらく元々北に住んでいた個体なのでしょう。それが、魔王が倒され魔人もいなくなったから様子を見に南下してきたのかもしれないわね。
わざわざ釣り餌となるロッダーフロッグを持ち出している所を考えれば、決して友好的な関係を築くために動いた訳ではないでしょう。どう考えても狩りをする為で、あのドラゴンがあのまま南下して万が一にも獣人王国やリュータのオビヒロに辿り着いていたら、惨劇は免れなかったわね。
「これも読んでいたのかしら? 生命神・・・」
この旅は彼女、生命神エンテの導きと言う名の半ば強制的な命令により始まっているわ。それも道中において必要な行動を予言として残しているくらいに、かなり彼女の言葉に縛られているわ。そうなると、ゴンとの出会いも、先ほどの氷のドラゴンとの邂逅も、すべては偶然ではなく、エンテが思い描いたシナリオ通りだったりするのかしら。
「あいつ、本当に生命を司っているだけなのかしら」
まるで未来まで見通すかのような女神に、私は胡散臭さを隠しきれないわ。
その点が、シルビィを認めつつもどうしても最後の一歩が踏み出せず一線を引いてしまっている原因ではあるのだけれども。
「それでも、フフッ、口を開けば誰よりも年寄りじみているこの子を嫌いには、なれないわね」
行動の全てが女の子していて、嫁にしたいと私でさえ思うほどの女子、シルビィ。
だけど、自分の事をワシと言い、治しきれない「のじゃ」の口癖を聞いていると、なんだからほっとしてしまう。
「完璧だと面白くない、ね」
リュータの言葉を思い出す。
最初に大失敗を重ねた私に、誰も完璧じゃない、完璧なんていないし、そして、完璧だと面白くない。
そう言ったリュータの笑顔を、今でも思い出すわ。
そうね、私も完璧じゃないし、完璧そうに見えるシルビィも完璧じゃないわね。それどころかシルビィは、事あるごとに「ババ臭いのは卒業なのじゃ!」と言っては一人称と口癖を治そうとして、いつもいつの間にか戻ってるような間の抜けた子だものね。
今も戻ってきたゴンを撫でつつ、かっこよかったのじゃ、さすがなのじゃと褒めるシルビィを、私は・・・。
「ちょっと、何? 真紅。私は今いい気分・・・、何よそれ」
私がいい気分に浸っている所で、水を差してきたのは火を司る何かである真紅と言うおバカさん。
そのおバカさんは、あろうことか私を
「年寄り臭い顔してんなー、って何よそれ!!」
折角の気分も台無しだわ!!
「みんなも何で笑ってるのよ!!」
まったく、本当に失礼しちゃうわ!!
・・・でも、こういう賑やかなのも悪くないわね。
これはダンジョンで過ごしていたら、一生体験できなかった事よ。だから、意を決して出てきた甲斐と言うものは、確かにあるわ。
あなたもそう思うでしょ、ゴン?
本当に意味が分からない。
今も白エルフの膝でゴロゴロとしているし、本気でこのままついてくるつもりなのね。
幸いにも性別のない種族だから問題はないけど、これでメスだとしたら、またリュータに新しく妻が増えていたと思うと、間一髪だったわね。
・・・、あら? 私ったら名乗らずにたいへん失礼をしたわね。
「私、ソラミちゃんと申します」
ちゃん、は必須ですわ、オホホホホ。
それはともかく、聞いて欲しいわ。
リュータったら、ドラゴンに「ゴン」なんて名前を付けたの。
「ドラ」だとハイドライアドのドラと被るからって、後半二文字から名前を付けたの。
それは、あんまりだと思ったわ。
でも、ドラゴンがその名前を受諾してしまったから、もう今後、このドラゴンは「ゴン」になったわ
「本人、いえ、本ドラゴンはたいそう気に入っているみたいだけど・・・」
それと言うのも、このドラゴン、引きこもった光の神様を破壊神の魔の手から守る為に、一族揃って何千年と洞窟の中で暮らしていたそうで、世間と言うものを何も分かっていなかったのよ。
地上世界で最も長寿なドラゴンにとって、過ぎた十年は昼寝程度の時間で、それが千年でも精々子供が成人するまでのほんのわずかな間でしかないわ。だけれども、そのわずかな間に世界は激変したわ。ゴンが幼い頃、まだ卵から孵ったばかりの時は周りに大勢のドラゴンがいたそうだけど、ドラゴンたちは次から次へと巣立つようにあの洞窟から旅立ったらしいわ。その結果は、ご覧の有様ね。誰一人、一匹? とも帰ってこず、誰もいない洞窟でただ一匹だけで飢えをしのぎ、退屈を睡眠で紛らわせていたそうよ。
「こう聞くと、同情したくもなるのだけれど」
話だけを聞けば可哀そうなこのドラゴン。しかしこのドラゴン、社会性があまりにも低い。
子供の頃からほとんど一匹ぼっちで過ごしてきたからか、あるいはドラゴンの習性なのか、加護を持たない私たちを格下として扱おうとする。今もシルビィに甘えているのは、この中で力が最もあると敏感に本能で感じたからでしょう。
「それも彼女が名実ともにこの家のトップだと敏感に感じ取った、と言うだけではなさそうなのよね」
面倒見がよく料理、洗濯、掃除も完璧で、権力もあり、最高神たる生命神エンテ様の加護を授かっている巫女。
我が家では彼女に誰も頭が上がらない。
私も家事は完璧だけど、彼女とは決定的に異なる点があるの。その点が、その、彼女に頭が上がらない理由なのだけれども。
「計画性。そんなの、今まで必要なかったもの・・・」
そう、星空のダンジョンでずっと過ごしてきた私は、無限に物が沸くダンジョンと同じ感覚でゴージャスあんどセレブレティに食材を使い、洗剤を使い、片っ端から捨てた。
でも、物資が限られているこの旅では、そんなものは許されなかったわ。
「今となっては浅はかな考えだったと反省しきりよ」
過去に戻れるのであれば、その時の自分を引っ叩いてやりたい気分だわ。
「そう思うと、あのドラゴンと私は似ているわね」
自ら引きこもっていた訳ではないけど、思っていた以上に自分が世間知らずだとこの旅で思い知ったわ。きっとあのドラゴンも広い世界を知り、そしていずれ・・・、自分の名前の安直さを知って泣くわね、きっと。
「のどが渇いたわね。ちょっとお水でも・・・」
ゆったりとした雰囲気を醸しつつ幸せそうな顔で編み物をしている、口を開かなければ女子力が高い系エルフのシルビィの後ろを通ろうとして、私は足を止めたわ。
何故かって? 彼女の膝に乗っているゴンの尻尾が私の足を叩いたからだわ。
「・・・ゴン、邪魔しないでくれるかしら?」
私の足を叩く尻尾に力は込められておらず、単に通行を妨害する程度の軽いものだけれども、それでも意図的にそのような事をされたら抗議をしたくもなるわ。それも、フンッとやる気満々な調子で妨害されたら一言も言いたくなるわね。
本ドラゴンとしては妊婦であるシルビィを守る騎士のつもりかもしれないけれど、この方がかえって危ないわ。
「ゴン、シルビィの近くで暴れるのは感心しないわ」
そう静かに告げれば、少しだけ首を伸ばしたゴンが鼻先でジェスチャーを行ってくる。
それを解読、と言うほど大げさではないのだけれども、ゴンの意図を読み取ると、こうね。
あっち、通れ。
あっち、とゴンが示した方は、ドアの先。
つまり、外へ出ろと。
「そう言う事・・・、この腐れドラゴンが!!」
シルビィの膝の上にいるドラゴンを引っ張り出す。ゴンはシルビィを傷つけない為に無抵抗で私に捕まった。家族を傷つけないようにするだけの分別はあるからか、こちらの強硬手段に対して抵抗したりはしないわ。それに、車内では絶対に暴れないように言われていて、それを律儀に守っている。だからこのメンバーの中では非力な私でも、強力なドラゴンに一方的にやられる事はないのよ。そして、私にはこのドラゴンを屈服させられるだけの、最終兵器もある。
「また、これを食らいたいの?」
これとはバスに備え付けられている一つの装置。壁に半ば埋まるように設置されているソレは、一抱えもある大きな立方体で、パッと見はあまりに武骨な鉄製の魔道具。前面部の上側にはダイヤルとスイッチ、その下には細長いスリットが三つ入っていて、これだけ見ると、何をするものか分からない。けれど、これがリュータ史上最高最悪の兵器とも呼べる、ある生活魔法を使える魔道具であるのは、このバスを利用する者なら誰でも知っている。
「どの『芳香剤』が、いいかしら?」
芳香剤、つまりかぐわしい香りを周囲に放つだけの、兵器とは程遠い名前の効果を持つこの魔道具は、禁断の臭いである「カメムシ」の臭いを再現出来てしてしまっている。本家の臭いよりは数段落ちるそうだけれど、それでもこの密閉空間で使用すれば、この中のメンバーは誰一人、おそらく最強のシルビィでさえも、生き残れはしないでしょう。無論、私も屍となりますのでこの場で使用する事はありませんわ。
そもそもそれを使う必要すらないのだけれど。
「そうね、今日は『ペパーミント』な気分かしら? それとも『ラベンダー』かしら?」
私がゴンを脇に抱えながら装置のダイヤルを回せば、ゴンはカタカタブルブルと震え出したわ。鼻がいいこのドラゴンは、今まで洞窟の中で暮らしていたからか花の香りを嗅いだことがなくて、匂いを嗅ぐと混乱するのよね。具体的には酔っぱらったみたいに顔が赤くなり、千鳥足になるの。力も入らなくなるみたいで、クラーケンのようにグデングデンになるわ。そしてその時の自分の有様を思い出したのか、匂いを嗅がないようにと前足で顔を懸命にブロックしているわ。
「まったく、この程度で怯えるようなら最初から妙なちょっかいを出さなければいいのに」
よく見たら、爬虫類のような前足がゴツすぎて全然鼻を塞げていないわね。この様子だけ見れば愛嬌があるのだけれど、隙あらば絡んでくるいたずら坊主みたいな真似ばかりで正面から可愛がれずに、妙に対応に困ってしまうわ。
「人の邪魔をしない。反省は? そう、ならいいわ」
懲りずに何度も突っかかってくるゴンにいつも通りのお説教を行い、必死な形相で頷くゴンを開放したわ。
手を放した時、ちょうどのタイミングで車内に音が鳴り響く。
「あら、警報ね」
フォンフォンフォン、と警報が車内に響く。これは魔物が現れたサインで、魔石チャンスとリュータは呼んでいるわ。
そしてこの音を聞き、即座に行動したのは、ゴン。
器用にもあの爬虫類のような前足でドアを開け、外に躍り出て、振り向き背伸びをしてそっとドアを閉める。その律儀な様子に車内に静かな笑いが沸くのだけれど、閉めるように教育した私としてはやっと覚えたか、と言う思いで一杯だったわ。
そしてゴンが飛び出してから数秒後、十分にバスから距離を開けたゴンは元のサイズに戻り、近寄ってきていたカエル型の魔物ロッダーフロッグを次々と撃破していくわ。
でもロッダーフロッグ、つまり釣り餌カエルは何かを釣り上げる為の餌としてよく上位の魔物が使用する哀れな魔物。つまり、ロッダーフロッグよりもはるかに強力な魔物がいると言う事でもあるわ。
「それでも、黄金竜の敵ではないでしょうけどね」
図体に反してかなり幼稚なゴンではあるけれど、伝説級の生物であるドラゴンだから敵なしと言えるわね。しかも最大の脅威だった魔王と魔人はリュータの手によって滅ぼされているから、よほどのことがない限りは心配いらないわ。
そう思いながらもバスの小窓からゴンを見守り、外の様子を伺っていた私たちは、ゴンの前に立ちはだかるように出来た小山に驚愕したわ。
「あれは、ドラゴン!?」
なんと、ゴンの視線の先には青白いモヤを出した青いドラゴンがいたのよ。
まさか伝説級と言われたドラゴンが、もはや絶滅したのではないかしらと疑われていたドラゴンが、この短期間に二匹も現れるなんて。やはりドラゴンはしぶといという事かしら。一匹見たら百匹はいると思うべきかしらね。
それで肝心のゴンの前に立ちふさがったドラゴンは、どうやら冷気を操るようで、その青いドラゴンの通ってきた場所は凍り付き、ゴンの指と同サイズの霜柱が乱立していたわ。元に戻ったゴンの指が、小柄なドラと同じくらいのサイズだから、あれはもはや霜と言うよりも氷の柱ね。それが意図したでもなく、漏れ出る力だけで作られているのだから、さすがドラゴン、とんでもない力だわ。
そして、それほどの冷気をまとっているドラゴンが、ええ、ゴンが太陽の光を浴びて蓄えたエネルギーで放ったブレスで溶かされ、そのまま頑丈そうなウロコも焦がされて、尻尾を巻いて逃げたわ。
あまりにもあっけない頂上決戦の幕切れに、肩透かしを食らった私たちは顔を見合わせて苦笑してしまったわね。
「方角は北ね。あの様子なら当分南へは居りてこないでしょうし一安心かしらね」
ロッダーフロッグも寒冷地を好む性質なので、おそらく元々北に住んでいた個体なのでしょう。それが、魔王が倒され魔人もいなくなったから様子を見に南下してきたのかもしれないわね。
わざわざ釣り餌となるロッダーフロッグを持ち出している所を考えれば、決して友好的な関係を築くために動いた訳ではないでしょう。どう考えても狩りをする為で、あのドラゴンがあのまま南下して万が一にも獣人王国やリュータのオビヒロに辿り着いていたら、惨劇は免れなかったわね。
「これも読んでいたのかしら? 生命神・・・」
この旅は彼女、生命神エンテの導きと言う名の半ば強制的な命令により始まっているわ。それも道中において必要な行動を予言として残しているくらいに、かなり彼女の言葉に縛られているわ。そうなると、ゴンとの出会いも、先ほどの氷のドラゴンとの邂逅も、すべては偶然ではなく、エンテが思い描いたシナリオ通りだったりするのかしら。
「あいつ、本当に生命を司っているだけなのかしら」
まるで未来まで見通すかのような女神に、私は胡散臭さを隠しきれないわ。
その点が、シルビィを認めつつもどうしても最後の一歩が踏み出せず一線を引いてしまっている原因ではあるのだけれども。
「それでも、フフッ、口を開けば誰よりも年寄りじみているこの子を嫌いには、なれないわね」
行動の全てが女の子していて、嫁にしたいと私でさえ思うほどの女子、シルビィ。
だけど、自分の事をワシと言い、治しきれない「のじゃ」の口癖を聞いていると、なんだからほっとしてしまう。
「完璧だと面白くない、ね」
リュータの言葉を思い出す。
最初に大失敗を重ねた私に、誰も完璧じゃない、完璧なんていないし、そして、完璧だと面白くない。
そう言ったリュータの笑顔を、今でも思い出すわ。
そうね、私も完璧じゃないし、完璧そうに見えるシルビィも完璧じゃないわね。それどころかシルビィは、事あるごとに「ババ臭いのは卒業なのじゃ!」と言っては一人称と口癖を治そうとして、いつもいつの間にか戻ってるような間の抜けた子だものね。
今も戻ってきたゴンを撫でつつ、かっこよかったのじゃ、さすがなのじゃと褒めるシルビィを、私は・・・。
「ちょっと、何? 真紅。私は今いい気分・・・、何よそれ」
私がいい気分に浸っている所で、水を差してきたのは火を司る何かである真紅と言うおバカさん。
そのおバカさんは、あろうことか私を
「年寄り臭い顔してんなー、って何よそれ!!」
折角の気分も台無しだわ!!
「みんなも何で笑ってるのよ!!」
まったく、本当に失礼しちゃうわ!!
・・・でも、こういう賑やかなのも悪くないわね。
これはダンジョンで過ごしていたら、一生体験できなかった事よ。だから、意を決して出てきた甲斐と言うものは、確かにあるわ。
あなたもそう思うでしょ、ゴン?
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伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!
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