幻想プラシーボの治療〜坊主頭の奇妙な校則〜

蜂峰 文助

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坊主頭の奇妙な校則

【34】

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「あなた、失礼じゃない」

 そう言ったのは、狩野紙子先生本人ではなかった。

 この保健室にいる四人の内……赤神さん、倉持学級委員長、そしてオレを除いた四人目である――――


 鶴見 留美養護教諭だった。

「どこからその情報を仕入れたのか、皆目見当もつかないけれど。いきなり坊主頭が間違っているとか、妄想だとか、この子の娘のことを引っ張り出して理由がどうとか……失礼にもほどがあるわよ」

「鶴見先生……あなた、狩野先生との付き合いは長いそうですね。確か、彼女がこの学校に通っていた、学生時代から、保健室の先生をされていたそうで」

「ど、どこから、そんな情報を」

「すみません。オレの正体は、実のところコレでして」

 言いながらオレは、制服の胸ポケットから一枚の証明書カードを取り出した。
 それを二人に見せる。

 狩野先生の方はピンと来ていなかったようだが、鶴見先生は目を見開き、驚くような声を上げた。

「『幻想現象対策部隊』隊長っ!? まさかっ! あなたが!?」

「はい」

 知っていたのか。

『幻想現象対策部隊』のことを。ふーん……。

  あなたが……ねぇ……?

 ま、説明が省けて何よりだ。

「そんな訳で、あなた方は気付いていないでしょうが、この学校と、あの病院……そして、その病院の周囲の人々は、【幻想プラシーボ】に感染しています。皆が坊主頭に……スキンヘッドになるという病を、他でもない、あなた方が流行らせているんです」

「そ、そんな訳……――」

「もう良いんですよ……。鶴見先生……」と、少し悲しそうな笑みを浮かべながら、狩野先生が言った。

「紙子……?」と、鶴見先生が振り返る。

「ちょっとおかしいなって……思ってたんです……。皆がみんな、坊主頭っていうのは……おかしいなって、変だなって……」

「そんなことない!」声を荒らげる鶴見先生。

「紙子の想いは! 何も間違ってない!! あなたは、愛する娘のために頑張ってた!! あの子を悲しませないように、いつも学校で笑顔を振り撒いて!! あの子の髪の毛がなくなった時! 悲しまないようにって! あなただけじゃないからねって! 髪の毛を剃ってあげたあなたの優しさは――――何も間違ってなんかない!!」

「……うん……ありがとう……でも、もう良いの……」と、狩野先生の瞳から、涙がこぼれ落ちてくる。

 大粒の、涙が。

 そんなものを見てしまえば、鶴見先生は更に引っ込みがつかなくなる。

「全然良くないっ!!」

 怒りの形相の張り付いた顔を、オレの方へと向けてくる。

「あなたはさっき!! 簡単に! それはお前の妄想だと言った!! 他人事だから、そんな糞みたいなことが言えるのよ!! この子がどんな想いで! 筆火を産んだと思う!? 愛する我が子が、幼くして大病に侵され! 弱っていく姿を見て!! 頭を丸めたこの子の気持ちを!! あなたは理解できる!? できないでしょう!? この子は……紙子は間違っていない!! 何一つ! 文句を言われる筋合いすらない! 間違っているのは世界の方だ!! 病気で髪の毛がなくなることの何が不幸だ!! 人類みな髪の毛がなければ――――みんな平等じゃないか!! 少なくとも不幸が一つ消えて! ほんの少しでも! 幸せになれるじゃないか!! 紙子の……そして、筆火の――――ささやかな幸せの邪魔をするな!!」

「確かに……このまま、【幻想プラシーボ】にかかったまま最期の時を迎えれば……筆火ちゃんは、少しは幸せなまま、この世を去れるのかもしれない……。だけどな? 勘違いしちゃいけないんだ。筆火ちゃんは、髪を失ったから悲しんでたんだぞ? 何故か分かりますか? 髪のある、髪型を自由にするという権利を失ってしまったから! あの子は不幸になったんだ!! それと同じ想いを! 他人に押し付けるのか!? そんなことを……そんな平等を!! あの子が望んでいると、本気で思っているのか!?」

「ああ! 思っているさ!! 思っているとも!! そして、分かってもいるさ!! 本当はあの子も、こんなことを望んでいるはずじゃないって! 分かっているさ!! でも、それしか方法がないんだよ!! 方法がなかったんだよ!!  仕方ないじゃないか!! あの子の望む結末ではなかったのかもしれない!! だけど、これで、あの子がほんの少しでも幸せになれたのなら! 紙子が、ほんの少しでも幸せになれたのなら! それはもう! とても素敵なことじゃないか!!」

「幸せになんて、なってねぇよ!!」

 全然……なってねぇ!

「あんた達が行ったことはなぁ! 不幸になる人間を増やして! 不幸な者同士で手を繋ぎ合って――――傷を舐め合った程度の愚行なんだよ!! 人の自由を奪っといて、何が幸せだ!!」

「…………っ!!」

「良いか? 教えてやる! 筆火ちゃんにとってみればなぁ!? あんた達が、そこまであの子のことを考えているということ自体が! とても幸せなことなんだよ!! 全人類を坊主頭にして平等を歌うみたいな糞なことをせずとも!! あの子は充分――――幸せだったんだよ!! 何故! それが分からない!!」

「…………っ! ……うぅ……」遂に、鶴見先生の目からも、涙がこぼれ落ちた。

 どうやらもう、言葉が返ってくることはなさそうだった。

 鶴見先生……か……。

 この人はこの人で……元生徒である、狩野先生のことを……そして、その愛する娘のことを、大切に思っていたのだろう……。

 それがゆえの、『偽感染源者』化。

 彼女たちがやったことは、オレとしては、絶対許せないことなのだが…………あまり、これ以上……責める気にはなれないな。

 だって……。

 こんなにも……元生徒のことを思える関係性なんて……素敵じゃないか。

「…………筆火ちゃんはきっと……優しいお母さんであるところの……狩野先生には、幸せになって欲しいと願っているはずだ……。間違いなく、絶対に。そんなあなたが、あの子のように、不幸になってどうするんだ」

「……そうね……その通りね」と、涙を流しながら、狩野の先生は、悲しそうに笑みを浮かべた。

「愛する我が子のために、自分も髪を剃る……その行動自体については、オレは止めない……素晴らしく、美しいことだとすら思う……。だけど、それを戒めのように自分の心に刻み込み、他人にまで押し付けるというのは……間違っていると、オレは思う」

 心に刻み込む――――【幻想プラシーボ】という、病を発症してしまうほどに……。

「…………うん……確かに、そうだね……」そう、狩野先生は頷いた。

 分かってくれたようだ……。

 本当に、この学校の人たちは、物分りのいい人たちが多すぎる……。



 さて、ここで、オレがこの二人を殴れば、薄池高校……及び、病院とその周囲の地域に蔓延した【坊主頭の幻想プラシーボ】と【スキンヘッドの幻想プラシーボ】は、治療完了に至る訳だが……。

 以前言った通り……この問題は、拳で解決して良いような問題ではない。

 そんな……暴力的な解決をしては、ダメな一件である。

 何せ、子供が関わっている。

 だからこそ……彼女の力を借りなくてはならない。

 まぁ……ここまでの話を聞いて、どうするのかは……彼女自身の意志に、かかってくるのだが……。

 選択肢を与えること、自分の意見を伝えること――――


 大人にできることなんて、このくらいのものだ。


 後は、若い才能に任せることにしよう。

 オレは彼女を見た。

「後は君次第だ――――赤神 円さん」
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