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第32話 復讐劇は幕を閉じ、惨劇の幕が開かれる
しおりを挟む長い一日が終わった。
サウナに死闘に絶品スイーツ。プリメーラは今日一日でいろんな体験をした。
ベイルは、この町に住めばいいと言ってくれたが、果たして本当にそんなことが可能なのだろうか。
一応、騎士団の方針として、デス・サウナの勝者であるプリメーラに手を出さないという取り決めをしてくれたようだが、すべての民が従うとは思えない。きっと、プリメーラを殺したい人間もいるだろう。
――けど。
「かき氷……美味しかったなぁ……」
魔王軍に戻れないことはわかっている。本気で生き延びたいのなら、この町に馴染むしかない。魔王軍幹部から熱波師に転職するしかない。
夜。帰り道。
大通りのど真ん中。進路を塞ぐようにして『人』が仁王立ちしていた。
「プリシラ」
プリメーラの名前(偽名)を呼ぶ声がした。沈み加減だった視線を持ち上げる。すると、そこには月明かりに照らされた、師アスティナが佇んでいた。
「あ、アスティナさ――ひっ!」
思わず言葉を飲み込んだ。彼女の表情はまるで鬼のようだった。まるで威嚇する獅子のようだ。
「いや、魔王軍幹部五大魔将がひとり、暗略のプリメーラさん……だったからしら? ……よくもこのあたしを騙してくれたわね」
ドゥッ! と、魔力を解放してオーラのように纏う師匠。
プリメーラは震え上がった。かつてこれほどまでに師匠が怒ったことがあっただろうか。放つオーラが、まるでオーガを描いているかのようだった。
「事情は聞いたわ。騎士団からも手を出すなと言われている。けどね……はい、そうですかと従えるほど、あたしはお人好しじゃない……! イエンサードを潰そうとしたあんたを絶対に許すことはないッ!」
ヤバい。殺される。せっかく新しい人生を始めようと思った矢先に、終わらせようとしてくるヤバい奴と出会ってしまった。
いや、これは試練なのだ。今までの咎を精算せずにリセットなど虫が良すぎる話だ。
プリメーラは土下座して謝る。
「アスティナさん! すいませんでしたぁぁぁぁッ!」
プリメーラは、地面に額を打ち付け土下座する。その勢いは凄まじく、地面を陥没させるかのようだった。
「あ?」
「このプリメーラ、今後一切人間に手を出さないことを誓います。魔王軍を辞め、これからはラングリードの一市民として生きます。少しずつですが、罪を償っていきます! 町に貢献いたしますので、どうかお許しくださいッ!」
「一市民と生きる? 償う? ……あはははははは……絶対に許さないって言ってるでしょうがぁッ!」
アスティナが、持っていたタオルを勢いよく振り上げる。すると、真空派が大地を削るかのように放たれた。
「ひいぁぁぁぁぁッ!」
飛ぶように回避するプリメーラ。もし、避けていなかったら、脳天から真っ二つになっていただろう。
「避けられたかッ! ならば、これならどう?」
さらにタオルを振り回すアスティナ。すると、彼女は3人に分裂した。おそらく、熱と風を発生させて、蜃気楼を巻き起こし、3人に見えるよう錯覚させているのだろう。
さすがは伝説の熱波師だ。タオルひとつで、このような魔法を扱えるとは。
っていうか、激務すぎる! 朝からおやっさんところで開店作業をして、その後遊活クラブでバイトして、ベイルを待ち伏せして、デスサウナして、さらにアスティナとも戦わなくちゃいけないなんてッ!
「うわぁぁぁぁぁぁんッ! もうやだぁぁぁぁぁッ!」
踵を返して、脱兎の如く逃げるプリメーラ。
身から出た錆だし、自業自得なのはわかるけど、もう戦いたくないッ!
「あッ! こらッ! 待ちなさいッ! ってか、待てゴルァァァァァッ!」
鬼の形相で追いかけてくるアスティナ。
日が昇るぐらいまで彼女の逃走劇は続いた。
その後、騎士団の連中がアスティナを取り押さえてくれた。
ベイルもきてくれて、彼が直々にみんなの前で、プリメーラの今後を話し合ってくれた。
おかげで、プリメーラはしばらくの執行猶予を与えられ、この町に住むことを許されるのだった。
☆
「うぅ……疲れたぁ……」
住み込み先の銭湯『ファイヤウォール』へと戻ってくるプリメーラ。
本来なら、朝風呂の準備をしなければならない時間だ。
玄関を過ぎて休憩室へ。おやっさんがソファに腰掛け、むっつりと朝刊を読んでいる。
「すまない。門限を破ってしまった。すぐに作業を開始する」
こんな時ぐらいゆっくり休みたいのだけど、そうは言っていられないだろう。プリメーラが開店準備をしなければお客さんが困るので、もう少しだけがんばろうと思った。
しかし、おやっさんは「いい。そこへ座れ。話がある」と、言った。
プリメーラは正面のソファへと腰掛ける。古い銭湯特有の、硬くて背もたれの低いソファだった。
「どうしたのだ?」
おやっさんは、言い出しにくそうに言葉を紡ぐ。
「……店を閉めることにした」
「店を閉める……だとッ? どういうことだ!」
「時代なんだよ。おいらみてぇな古い人間が商売する時代が終わったんだ……」
「ふざけるな! 歴史ある銭湯を潰すなどッ――」
バンと掌をテーブルに叩きつけながら吠えるプリメーラ。
実際は、歴史もないし、思い入れもない。だが、この店がなくなると、住むところがなくなるので非常に困るのだ。
「いいか、プリシラ(プリメーラの偽名)」
「なんだ……?」
「人生は長い――」
「……貴様の人生などどうでもいい。住むところがなくなると困る」
思わず本音が出た。
「いいから聞け。……人間誰しも、どこかで幕を引かなくちゃならねえんだ。それがおいらにとって今日だった。ただ、それだけのことだ――」
おやっさんの決意は固かった。おばさんとよく話し合ってのことだそうだ。
プリメーラの説得空しく、町の小さな銭湯は、ひっそりと幕を閉じる。ああ、別によくあること。ただ、それだけのこと――。
だが、この時、プリメーラはこれから始まる壮大な悪意に気づいていなかった――。
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