風紀委員長は××が苦手

嵐のような怒涛の1学期

第一話

「おはようございます。」
「おはようございます。」
姫川歩の朝は早い。毎日校門の前に立って、生徒たちに挨拶をしつつ、制服の乱れや校則違反をチェックする。それが風紀委員長である姫川の仕事の一つだ。腕に腕章を付けて、数人の風紀委員達と共に今日もその仕事に精を出す。
「おい、制服のボタンは全部留めろ。」
「ズボンを下げすぎだ。」
数名の生徒に制服の乱れを指摘する。すると、指摘された生徒は露骨に嫌そうな顔をした。
「また、姫川かよ。」
「あいつマジで細かいわぁ。」
これ見よがしに呟かれる悪態も全く意に返さず、姫川は無表情のまま挨拶を続けた。

ここ歳明治学園は王手企業、歳明治グループが運営する、全寮制の男子校だ。この学園では学業、即ち成績が最重要視され、上位30位以内に入った生徒は、エスカレーター式に大学へ行けるだけでなく、その後も、歳明治が経営する会社への就職が約束される。勿論大学での成績も加味されるが、30位以内に入ることは圧倒的にこの先が有利になる。この高校に入ったものは、皆30位以内を目指して勉学に励む。
そして、その中でも上位10名が最有力候補として、この学園の運営にも携わる。正にそれが生徒会と風紀委員であった。
生徒会が学校の年間の行事や催しを決め、それを実行していく。
対して風紀は行事が滞りなく進行できるよう警備すること、生徒指導その他生徒同士の揉め事など学校の規律を守る役割を担っていた。
行事を取り仕切る生徒会は生徒からの指示も絶大で親衛隊というファンクラブまで立ち上がり、その活動を応援するものも多い。
しかし、風紀は生徒を抑圧する存在として煙たがられることも多かった。

「よぉ、姫川。そんなに生徒にダメ出しすると、余計嫌われるぞ。」
正に指摘してくれと言わんばかりに制服を着崩した男が姫川に笑みを向けながら話しかける。姫川はそれを冷ややかな視線で受け止めて言葉を返す。
「仮にも生徒会長なら、身だしなみぐらい整えろ。これじゃあ、生徒に示しがつかない。」
姫川に話しかけて来た男はこの学園の生徒会長、正木恭治だ。少しパーマのかかった髪を無造作に掻き上げれば、端正な顔が挑発的に姫川を捉える。
「お堅いねぇ。そんなんだから生徒の信頼も得られないんじゃないの？」
生徒会長と風紀委員長の対面に皆が好奇の視線を向ける。
「お前は緩すぎだ。そんなんで、生徒会の仕事が務まってるとは到底思えんな。」
「そんな心配はいらねぇなぁ。俺はお前より成績が上だからな。なんなら、顔も体力も全てにおいて俺が上だろう？」
正木の成績はこの学園でトップだ。それに加えてこの端正な顔つき。生徒に人気なのはこの容姿も一役かっていた。
そして、成績2位が姫川だ。この学園では人気、不人気関係なく、成績で全てが決まる。成績で１位を取った者が生徒会長で２位は風紀委員長。これは代々受け継がれてきたこの学園の伝統でもある。
そして３位から以下の生徒をこの2人が生徒会と風紀委員に割り振るのだ。
思えばあの話し合いからこいつとは気が合わなかった。と姫川は正木を睨みながら考える。元々真面目な姫川にとって、この適当が服を着て歩いているような男を受け入れることはできなかった。それは相手も同じのようで、事あるごとに2人は衝突した。
「全く口が減らない奴だ。そもそもなんで、今日はこんなに早く登校したんだ？いつもは遅刻ギリギリで俺と顔を合わせる事もないだろう？」
いつもなら姫川が立っている時間なんかに登校しない正木の行動に疑問を感じ率直に理由を聞く。
「うるせぇな。俺だって朝からお前なんかに会いたくないわ。明日、転校生が来るんだよ。そのことで校長に呼ばれてんの。お前、風紀のくせに聞いてないのか？」
正木の言葉に姫川は目を見開く。
「転校生？そんな話は初耳だが？」
「本当に知らないのかよ。まぁそういうことだから、お前と話してる暇はねぇよ。」
自分から喧嘩を吹っ掛けておいて、面倒くさそうに話を打ち切る正木。その後ろ姿を見送りながら、姫川は険しい顔をした。
「ひっ！」
その顔を見た生徒が叫んでそそくさと姫川の前を通りすぎる。
「誰か転校生のこと、聞いてた者はいるか？」
姫川は他の風紀委員にも尋ねてみるが、皆首を横に振るだけだった。
こんな時期の転校生•••
姫川はこの転校生によってこれからの学園生活が酷く苦しいものになる気がして、自分の片腕を強く握り締めるのだった。