108 / 183
第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」
銅貨二枚の貸し
しおりを挟む
「・・・・・・あんにゃろ」
「おーい、どしたー?」
判明したネジ変形事件の犯人に、私はテーブルに突っ伏して恨みがましい声を上げる。
エリックさんは私の反応を確認するように、目の前で手をぶんぶん振っている。
「心当たりあるのか?」
「えーと・・・・・・その、ですねぇ。色々あってですね、内緒というか、守秘義務というか──」
「あー、うん。言えないのは分かった。訊いたら面倒臭そうだからいいや」
昨日のあれ、狙いはマリス嬢だったみたいだけど、ギーシャが巻き込まれたり、主犯が魔法管理局の関係者だったりしたから、当然詳細は口外無用にされている。
エリックさん的にも、裏に厄介な事情があるのを悟ったらしく、巻き込まれたくないのか詮索はされなかった。
それにしても、イクスだ。
すでに、愉快犯という印象が深層心理にまで定着してしまったのか、脳内で勝手に「あはは~」と呑気に笑ってダブルピースをしてくるイクスが浮かんでくる。
思わぬところで二次被害を食らってた。とはいえ、イクスのこのことは知らないだろう。この件に関しては悪気ないんだろうけど、それでも腹立つわー。
「でも、この調子だと他の聖光石の部品もダメになってるだろうから、一旦分解して総入れ換えするわ。これ、一旦猫の爪に持ってっていいか? すぐ済むから」
「はい。よろしくお願いします。溶けてしまった聖光石の弁償をしたいので、請求書を頂けますか?」
これは当然、シーエンス家の修繕費に上乗せして請求する。絶対にだ。
にしても、聖光石。お値段が怖い。
「ん? 別にいらないけど」
「何言ってるんですか。こちらの過失ですので支払わせて下さい」
「いや、確かに変形したし、聖光石の性質からして元の形には戻せないだろうけど、浄化すれば魔法核として充分に使えるから別に──」
「そういう訳にはいきません。けじめはつけておかないと」
食い下がる私に、エリックさんは困った顔をして頭を掻いた。
「分かった。俺、金の話は興味ないし、する気もないから、そういう話はロイドにしてくれ」
エリックさんはずずーっとストローでアイスチョコレートを最後まで飲み干し、話はここまでと立ち上がった。
「じゃ、猫の爪に行くぞ」
「は、はい。ちょっと待って下さい!」
私は温くなってしまった紅茶を一気に飲んで、エリックさんの後に着いて行った。
店を出る前に、カウンターでお会計を済ませる。が、問題が発生した。
「紅茶とアイスチョコレート。合わせて白爪草の銅貨一枚ね」
「えーと、割り勘すると私が菫の銅貨二枚で、エリックさんが菫の銅貨三枚ですね」
メニュー表に書かれていた金額を思い出して、ポケットに手を突っ込み、財布を取り出そうとする──が。
「・・・・・・あ」
お財布、忘れた。
さーっと血の気が引く。
今朝、寝坊しかけてバタバタしたから、お財布持ってくるの忘れてた。ど、どうしよう。
「どうしたんだ? 急にわたわたし出して」
「いえ! 大丈夫です! 何でもないです!」
と、とりあえず、一旦外に出て、御者さんに借りよう! それなら、帰ってすぐにお返し出来るし。
「ひょっとして、財布忘れたとか?」
ぎくり。
図星を突かれて、固まってしまった。
だらだら汗をかいていると、エリックさんは巾着型の財布を取り出すと中から白爪草の銅貨を一枚出して、カウンターに置いた。
「じゃ、これで」
「え? え?」
「ありがとうございましたー! またお越し下さいませ」
店員さんのきらきらスマイルに見送られ、私たちは店を出た。
「エリックさん、すみません。あの代金・・・・・・今、お財布なくて」
「別にいいって言っても、あんた気にしそうだな。これは貸しにしとくわ」
「貸し」
「そ、どうせ、これ返却する時にもう一度来るだろ? そん時でいいから、利子つけて返して」
「利子ですか。何パーセントでしょうか?」
「いや、金じゃなくて、レイセンの女が気に入りそうなもん教えて欲しい」
「レイセンの女性が?」
突然の要求に私は首を傾げた。
「うん。今流行っている装飾品のデザインとか、人気の魔法道具とか」
「あ、ひょっとして新商品のための調査ですか?」
「ああ。俺は装飾品とかはあんま作んないけど、仲間に専門にしてる奴がいて、レイセンの人間に直接訊きたがってたから。公爵令嬢なら、そういうの詳しいだろ?」
「私はあまり流行に敏感な方ではないんですけど──お母様とお姉様がそういうの詳しいので、訊いてみます」
「頼む。銅貨二枚にしては高い利子だけど」
「お安いご用です! 立て替えて頂いて、ありがとうございます」
「どーいたしまして」
エリックさんにお礼を告げて、私たちは馬車に乗り込んだ。
馬車は走り出して、猫の爪に向かう。
猫の爪。
昨日、ギーシャやお父様が猫の爪のことを気にしていたのを思い出して、私は世間話の体でエリックさんに訊ねた。
「エリックさん、猫の爪って今までどんな国で商売をしてたんですか?」
「おーい、どしたー?」
判明したネジ変形事件の犯人に、私はテーブルに突っ伏して恨みがましい声を上げる。
エリックさんは私の反応を確認するように、目の前で手をぶんぶん振っている。
「心当たりあるのか?」
「えーと・・・・・・その、ですねぇ。色々あってですね、内緒というか、守秘義務というか──」
「あー、うん。言えないのは分かった。訊いたら面倒臭そうだからいいや」
昨日のあれ、狙いはマリス嬢だったみたいだけど、ギーシャが巻き込まれたり、主犯が魔法管理局の関係者だったりしたから、当然詳細は口外無用にされている。
エリックさん的にも、裏に厄介な事情があるのを悟ったらしく、巻き込まれたくないのか詮索はされなかった。
それにしても、イクスだ。
すでに、愉快犯という印象が深層心理にまで定着してしまったのか、脳内で勝手に「あはは~」と呑気に笑ってダブルピースをしてくるイクスが浮かんでくる。
思わぬところで二次被害を食らってた。とはいえ、イクスのこのことは知らないだろう。この件に関しては悪気ないんだろうけど、それでも腹立つわー。
「でも、この調子だと他の聖光石の部品もダメになってるだろうから、一旦分解して総入れ換えするわ。これ、一旦猫の爪に持ってっていいか? すぐ済むから」
「はい。よろしくお願いします。溶けてしまった聖光石の弁償をしたいので、請求書を頂けますか?」
これは当然、シーエンス家の修繕費に上乗せして請求する。絶対にだ。
にしても、聖光石。お値段が怖い。
「ん? 別にいらないけど」
「何言ってるんですか。こちらの過失ですので支払わせて下さい」
「いや、確かに変形したし、聖光石の性質からして元の形には戻せないだろうけど、浄化すれば魔法核として充分に使えるから別に──」
「そういう訳にはいきません。けじめはつけておかないと」
食い下がる私に、エリックさんは困った顔をして頭を掻いた。
「分かった。俺、金の話は興味ないし、する気もないから、そういう話はロイドにしてくれ」
エリックさんはずずーっとストローでアイスチョコレートを最後まで飲み干し、話はここまでと立ち上がった。
「じゃ、猫の爪に行くぞ」
「は、はい。ちょっと待って下さい!」
私は温くなってしまった紅茶を一気に飲んで、エリックさんの後に着いて行った。
店を出る前に、カウンターでお会計を済ませる。が、問題が発生した。
「紅茶とアイスチョコレート。合わせて白爪草の銅貨一枚ね」
「えーと、割り勘すると私が菫の銅貨二枚で、エリックさんが菫の銅貨三枚ですね」
メニュー表に書かれていた金額を思い出して、ポケットに手を突っ込み、財布を取り出そうとする──が。
「・・・・・・あ」
お財布、忘れた。
さーっと血の気が引く。
今朝、寝坊しかけてバタバタしたから、お財布持ってくるの忘れてた。ど、どうしよう。
「どうしたんだ? 急にわたわたし出して」
「いえ! 大丈夫です! 何でもないです!」
と、とりあえず、一旦外に出て、御者さんに借りよう! それなら、帰ってすぐにお返し出来るし。
「ひょっとして、財布忘れたとか?」
ぎくり。
図星を突かれて、固まってしまった。
だらだら汗をかいていると、エリックさんは巾着型の財布を取り出すと中から白爪草の銅貨を一枚出して、カウンターに置いた。
「じゃ、これで」
「え? え?」
「ありがとうございましたー! またお越し下さいませ」
店員さんのきらきらスマイルに見送られ、私たちは店を出た。
「エリックさん、すみません。あの代金・・・・・・今、お財布なくて」
「別にいいって言っても、あんた気にしそうだな。これは貸しにしとくわ」
「貸し」
「そ、どうせ、これ返却する時にもう一度来るだろ? そん時でいいから、利子つけて返して」
「利子ですか。何パーセントでしょうか?」
「いや、金じゃなくて、レイセンの女が気に入りそうなもん教えて欲しい」
「レイセンの女性が?」
突然の要求に私は首を傾げた。
「うん。今流行っている装飾品のデザインとか、人気の魔法道具とか」
「あ、ひょっとして新商品のための調査ですか?」
「ああ。俺は装飾品とかはあんま作んないけど、仲間に専門にしてる奴がいて、レイセンの人間に直接訊きたがってたから。公爵令嬢なら、そういうの詳しいだろ?」
「私はあまり流行に敏感な方ではないんですけど──お母様とお姉様がそういうの詳しいので、訊いてみます」
「頼む。銅貨二枚にしては高い利子だけど」
「お安いご用です! 立て替えて頂いて、ありがとうございます」
「どーいたしまして」
エリックさんにお礼を告げて、私たちは馬車に乗り込んだ。
馬車は走り出して、猫の爪に向かう。
猫の爪。
昨日、ギーシャやお父様が猫の爪のことを気にしていたのを思い出して、私は世間話の体でエリックさんに訊ねた。
「エリックさん、猫の爪って今までどんな国で商売をしてたんですか?」
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
婚約者の心の声が聞こえるようになったが手遅れだった
神々廻
恋愛
《めんどー、何その嫌そうな顔。うっざ》
「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
婚約者の声が聞こえるようになったら.........婚約者に罵倒されてた.....怖い。
全3話完結
魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。
iBuKi
恋愛
サフィリーン・ル・オルペウスである私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた既定路線。
クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子といずれ婚約が結ばれること。
皇妃で将来の皇后でなんて、めっちゃくちゃ荷が重い。
こういう幼い頃に結ばれた物語にありがちなトラブル……ありそう。
私のこと気に入らないとか……ありそう?
ところが、完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど――
絆されていたのに。
ミイラ取りはミイラなの? 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。
――魅了魔法ですか…。
国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね?
いろいろ探ってましたけど、どうなったのでしょう。
――考えることに、何だか疲れちゃったサフィリーン。
第一皇子とその方が相思相愛なら、魅了でも何でもいいんじゃないんですか?
サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。
✂----------------------------
不定期更新です。
他サイトさまでも投稿しています。
10/09 あらすじを書き直し、付け足し?しました。
【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。
暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。
リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。
その翌日、二人の婚約は解消されることになった。
急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる