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第一章 悠久老師──改め、悠久少女
第七話 雪中の二人
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「ここよ」
竜胆に案内されたのは洞窟だった。
入り口は蒼炎が身を屈めればギリギリ通れる程度で、奥は暗くてよく確認出来ない。
「ここなら雪の心配なく下山できるわ。ただ、蛇行しているから下山に時間はかかるけど」
「雪道を下るよりはいいな」
「雪はないけど、隙間から入った水滴が凍ってるところがあるから足下気をつけて。ほら、そこに縄があるでしょう? それを掴んでて。放しちゃ駄目よ。最悪、三ヶ月は出てこられないわ」
と、やけに具体的な日数を出した。竜胆は恥ずかしそうに、
「昔、迷ったことがあるのよ。だからその縄をつけたの」
この縄は命綱らしい。蒼炎は縄をぎゅっと握った。
竜胆が先に進み、それに続く。
中は入り口よりは広かったが、それでもやはり狭く、暗く、場所によっては何も見えないところもあった。しかし、僅かな隙間から光が射す場所もあったのと、蒼炎自身、夜目が効くため特に苦労することなく進めた。
「松明でも持ってくればよかったんじゃないか?」
「火は駄目って言ってた」
「誰が?」
蒼炎が訊くと、竜胆ははっとして黙り込んだ。
「まぁ、言いたくないならいいけど」
蒼炎はそう言いながら、自分が止まった部屋を思い出していた。竜胆の部屋は別にあったし、人里だと目立つという理由から、ごねるのを何とか宥めすかして置いてきた白翔は竜胆と一緒に寝ていたようだったから、やはりあの部屋は別の誰かが使っていたのだろう。
数年間は使用された形跡はなかったが、それでも書棚の本や家具の状態から大分長く誰かが住んでいた事が分かった。
(誰にだって詮索されたくない事はあるよな)
一万年も生きていれば何の柵もなくなるものかと思っていたが、そうでもないらしい。
蒼炎がぼんやりと己の過去に想いを馳せていると、竜胆が足を止めた。
「どうした……?」
「誰かいる」
竜胆が小声で静かにと人差し指を口元で立てた。
蒼炎は素早く周囲を探ったが、何も感じない。そもそも蒼炎は職業上人の気配に敏感だ。人が近づけば気づかない訳がない。
「気のせいじゃないか?」
「ううん。いる……そこ! その岩影!」
竜胆が手前の大きな岩を指差した瞬間、その影から無数の細長い何かが二人目掛けて飛んできた。
「危ない!」
蒼炎が咄嗟に竜胆を抱きかかえ、別の岩影に隠れた。飛んできた何かが岩壁に刺さり、その正体が判明した。クナイだ。
「誰だ」
蒼炎はすぐに刀を抜ける体勢を取り、攻撃してきた何者かに訊ねた。
「………………」
しかし、返事はない。
ここは狭い洞窟だ。蒼炎の獲物では分が悪い。蒼炎は勿論拳法も使えるが、相手が飛び道具を使う以上、この状況で近づくのは難しい。
飛び道具。
蒼炎は嫌な思い出を振り払うように頭を振ると、どのみち先手を譲ってしまった時点で不利なのだと逆転の手を考える。
考えていると、袖が突っ張り、見ると竜胆が蒼炎の服の袖を引っ張っていた。
「蒼炎、武器それだけ?」
「ああ」
蒼炎が腰に差した刀を大事そうに撫でる。蒼炎はどんな修羅場もこの刀と身一つで乗り越えてきた。
「でも、ここで振ったら壁に刺さっちゃう」
その通りだ。そもそも抜くのすら面倒だろう。
「クナイさえ、何とか出来ればな。この刀がもう少し短ければ」
「折る?」
「いやいやいや」
何を言い出すのだ。この少女は。
第一、蒼炎の相棒は簡単に折れるほどナマクラではない。
蒼炎はぶんぶんと首を横に振った。
「それより、竜胆。お前、気配が分かるのか?」
「分かるわよ」
攻撃を受け、何者かが潜んでいると分かっても蒼炎はその気配を感じる事が出来なかった。クナイのお陰で辛うじて相手が潜んでいる方角が分かるぐらいだ。
「一人か?」
「ううん。四人か、五人いる」
「五人か」
飛んできたクナイの量から一人でない予想はできたが、存外数が多かった。
「普通、こういう狭い場所はもっと少人数で入るものだけどな」
「蒼炎! また来る!」
竜胆が言うや否や、再びクナイが飛んできた。クナイが岩を削っていく。
「威力、おかしくないか……?」
手動で投げているとは思えないクナイの速さに蒼炎は乾いた笑みを洩らした。
「くそ、一か八かで攻めるか……?」
「蒼炎、これ使って」
「これって……小刀?」
「ないよりまし」
確かにこの状況に置いては長刀よりは攻撃力があった。
「何でこんなの持ってんだ」
「木の実とか取るのに便利だから。持ち歩いているの」
蒼炎はああ、と納得した。確かに山の中で自給自足の生活をするのに小刀は何かと便利だろう。
「じゃあ、少し借りる」
蒼炎は小刀を受け取ると、クナイの雨の止んだ一瞬の隙を狙い、飛び出した。
矢継ぎ早に放たれるクナイを蒼炎は身を捩って避けるか、小刀で弾くかして、素早く岩裏へ回ると、そこには複数人の黒い装束に身を包んだ者達がいた。体格から全員男だろう。
蒼炎は次の攻撃を仕掛けられる前に一番手前の敵に掌底を叩き込み、仰け反ったところを腹部へ二撃目。次いで背後にいた二人を持っていたクナイを弾き、足払いをかけて引き倒して一発ずつ。そして、四人目にかかろうとした蒼炎は、一歩退いた。
四人目が腕に仕込んでいた大きな剃刀のような刃を取り出したからだ。
振り上げられた腕を蒼炎は間一髪で避けた。
「お前達、何者だ?」
「…………」
黒い装束の男は答えない。蒼炎が仕込み武器を気にして、攻撃しあぐねていると、不意に火薬の臭いが鼻を掠めた。
見ると、男の背後でもう一人が白い包みから伸びる紐に火をつけていた。
(爆薬っ!)
蒼炎は敵の思惑を理解したのと同時に身を翻し、竜胆の下へ駆け寄る。次の瞬間、強い衝撃が二人を襲った。
耳をつんざく轟音と目が眩むような光に一瞬、意識が飛びかける。
目を開くと、蒼炎は雪の上に転がっていた。
「ってぇ……おい! 竜胆、無事か!?」
蒼炎が周囲を確認すると少し離れた処で竜胆がむくりと起き上がった。頭をぶんぶん揺らして雪を払っている。
「平気。岩が直撃を防いでくれたみたい。まぁ、外に吹っ飛ばされちゃったみたいだけど」
竜胆が爆風で会いたい穴を指差す。穴からは黒い煙が上がっていた。
蒼炎はすぐさま中を確認したが、そこには何もなかった。
「このまま洞窟に戻るのは危険だな」
「じゃあ、雪道降りる?」
蒼炎は何処までも続く銀世界を見て、そっとため息を吐いた。
竜胆に案内されたのは洞窟だった。
入り口は蒼炎が身を屈めればギリギリ通れる程度で、奥は暗くてよく確認出来ない。
「ここなら雪の心配なく下山できるわ。ただ、蛇行しているから下山に時間はかかるけど」
「雪道を下るよりはいいな」
「雪はないけど、隙間から入った水滴が凍ってるところがあるから足下気をつけて。ほら、そこに縄があるでしょう? それを掴んでて。放しちゃ駄目よ。最悪、三ヶ月は出てこられないわ」
と、やけに具体的な日数を出した。竜胆は恥ずかしそうに、
「昔、迷ったことがあるのよ。だからその縄をつけたの」
この縄は命綱らしい。蒼炎は縄をぎゅっと握った。
竜胆が先に進み、それに続く。
中は入り口よりは広かったが、それでもやはり狭く、暗く、場所によっては何も見えないところもあった。しかし、僅かな隙間から光が射す場所もあったのと、蒼炎自身、夜目が効くため特に苦労することなく進めた。
「松明でも持ってくればよかったんじゃないか?」
「火は駄目って言ってた」
「誰が?」
蒼炎が訊くと、竜胆ははっとして黙り込んだ。
「まぁ、言いたくないならいいけど」
蒼炎はそう言いながら、自分が止まった部屋を思い出していた。竜胆の部屋は別にあったし、人里だと目立つという理由から、ごねるのを何とか宥めすかして置いてきた白翔は竜胆と一緒に寝ていたようだったから、やはりあの部屋は別の誰かが使っていたのだろう。
数年間は使用された形跡はなかったが、それでも書棚の本や家具の状態から大分長く誰かが住んでいた事が分かった。
(誰にだって詮索されたくない事はあるよな)
一万年も生きていれば何の柵もなくなるものかと思っていたが、そうでもないらしい。
蒼炎がぼんやりと己の過去に想いを馳せていると、竜胆が足を止めた。
「どうした……?」
「誰かいる」
竜胆が小声で静かにと人差し指を口元で立てた。
蒼炎は素早く周囲を探ったが、何も感じない。そもそも蒼炎は職業上人の気配に敏感だ。人が近づけば気づかない訳がない。
「気のせいじゃないか?」
「ううん。いる……そこ! その岩影!」
竜胆が手前の大きな岩を指差した瞬間、その影から無数の細長い何かが二人目掛けて飛んできた。
「危ない!」
蒼炎が咄嗟に竜胆を抱きかかえ、別の岩影に隠れた。飛んできた何かが岩壁に刺さり、その正体が判明した。クナイだ。
「誰だ」
蒼炎はすぐに刀を抜ける体勢を取り、攻撃してきた何者かに訊ねた。
「………………」
しかし、返事はない。
ここは狭い洞窟だ。蒼炎の獲物では分が悪い。蒼炎は勿論拳法も使えるが、相手が飛び道具を使う以上、この状況で近づくのは難しい。
飛び道具。
蒼炎は嫌な思い出を振り払うように頭を振ると、どのみち先手を譲ってしまった時点で不利なのだと逆転の手を考える。
考えていると、袖が突っ張り、見ると竜胆が蒼炎の服の袖を引っ張っていた。
「蒼炎、武器それだけ?」
「ああ」
蒼炎が腰に差した刀を大事そうに撫でる。蒼炎はどんな修羅場もこの刀と身一つで乗り越えてきた。
「でも、ここで振ったら壁に刺さっちゃう」
その通りだ。そもそも抜くのすら面倒だろう。
「クナイさえ、何とか出来ればな。この刀がもう少し短ければ」
「折る?」
「いやいやいや」
何を言い出すのだ。この少女は。
第一、蒼炎の相棒は簡単に折れるほどナマクラではない。
蒼炎はぶんぶんと首を横に振った。
「それより、竜胆。お前、気配が分かるのか?」
「分かるわよ」
攻撃を受け、何者かが潜んでいると分かっても蒼炎はその気配を感じる事が出来なかった。クナイのお陰で辛うじて相手が潜んでいる方角が分かるぐらいだ。
「一人か?」
「ううん。四人か、五人いる」
「五人か」
飛んできたクナイの量から一人でない予想はできたが、存外数が多かった。
「普通、こういう狭い場所はもっと少人数で入るものだけどな」
「蒼炎! また来る!」
竜胆が言うや否や、再びクナイが飛んできた。クナイが岩を削っていく。
「威力、おかしくないか……?」
手動で投げているとは思えないクナイの速さに蒼炎は乾いた笑みを洩らした。
「くそ、一か八かで攻めるか……?」
「蒼炎、これ使って」
「これって……小刀?」
「ないよりまし」
確かにこの状況に置いては長刀よりは攻撃力があった。
「何でこんなの持ってんだ」
「木の実とか取るのに便利だから。持ち歩いているの」
蒼炎はああ、と納得した。確かに山の中で自給自足の生活をするのに小刀は何かと便利だろう。
「じゃあ、少し借りる」
蒼炎は小刀を受け取ると、クナイの雨の止んだ一瞬の隙を狙い、飛び出した。
矢継ぎ早に放たれるクナイを蒼炎は身を捩って避けるか、小刀で弾くかして、素早く岩裏へ回ると、そこには複数人の黒い装束に身を包んだ者達がいた。体格から全員男だろう。
蒼炎は次の攻撃を仕掛けられる前に一番手前の敵に掌底を叩き込み、仰け反ったところを腹部へ二撃目。次いで背後にいた二人を持っていたクナイを弾き、足払いをかけて引き倒して一発ずつ。そして、四人目にかかろうとした蒼炎は、一歩退いた。
四人目が腕に仕込んでいた大きな剃刀のような刃を取り出したからだ。
振り上げられた腕を蒼炎は間一髪で避けた。
「お前達、何者だ?」
「…………」
黒い装束の男は答えない。蒼炎が仕込み武器を気にして、攻撃しあぐねていると、不意に火薬の臭いが鼻を掠めた。
見ると、男の背後でもう一人が白い包みから伸びる紐に火をつけていた。
(爆薬っ!)
蒼炎は敵の思惑を理解したのと同時に身を翻し、竜胆の下へ駆け寄る。次の瞬間、強い衝撃が二人を襲った。
耳をつんざく轟音と目が眩むような光に一瞬、意識が飛びかける。
目を開くと、蒼炎は雪の上に転がっていた。
「ってぇ……おい! 竜胆、無事か!?」
蒼炎が周囲を確認すると少し離れた処で竜胆がむくりと起き上がった。頭をぶんぶん揺らして雪を払っている。
「平気。岩が直撃を防いでくれたみたい。まぁ、外に吹っ飛ばされちゃったみたいだけど」
竜胆が爆風で会いたい穴を指差す。穴からは黒い煙が上がっていた。
蒼炎はすぐさま中を確認したが、そこには何もなかった。
「このまま洞窟に戻るのは危険だな」
「じゃあ、雪道降りる?」
蒼炎は何処までも続く銀世界を見て、そっとため息を吐いた。
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