9 / 12
第一章 悠久老師──改め、悠久少女
第九話 花峰刺史・華露明
しおりを挟む
「蒼炎殿! お帰りなさい! いやー大変でしたね。あの雪! 時々あるんですよ、一晩で天花山が真っ白になってしまうという事が! さぞ驚かれたでしょう。しかし、ご覧なさい。白き天花山というのもこれまた一際美しいとは思いませんか? いや、私としてはね、春の天花山が一番好きなのですが、それでもやはりどんな色でも風貌でも天花山の美しさは決して損なわれる事はなく──」
花峰州刺史の邸・華邸の門を潜った瞬間、一人の男が勢いよく飛び出してきて、これまた勢いよく捲し立ててきた。
男は何故か途中からは天花山を讃える言葉しか口にせず、そのあまりの勢いに竜胆は怯えたのか、或いは引いたのか──表情からして後者の可能性が高い──さっと蒼炎の背後に隠れた。
男──花峰刺史・華露明はそんな竜胆を見て、蒼炎の脇を通り、ひょこりと竜胆の前に顔を覗かせた。
「ん? 彼女は? 蒼炎殿はあの悠久老師に会いに天花山に登られたのでは?」
「だから、彼女がその悠久老師だ」
「初めまして。私は竜胆」
竜胆はおずおずと名乗った。蒼炎の時とは大分違う。どうやら露明のテンションに怖じ気づいているようだ。
露明はというと、目を丸くして数秒固まっていたが、次の瞬間──
「悠久老師────っ!!!??」
そう叫び、ふら~っと背後へ仰け反る。しかし、直ぐに前のめりになって竜胆に先程の倍の速度で話し始めた。
「悠久老師! 貴女がかの不老不死の! まさかこの目で拝める日がくるとは! ああ、この気持ちはまさに感無量! いやはやまさか悠久老師がこんなに美しく可憐なお嬢さんだったとは──いやいや、早計はよくないぞ、露明。悠久老師は不老不死。見た目通りの年齢の筈がない。しかし、伝承ばかりでその存在の実在は不確かで最近はただのお伽噺だという輩まで出てきたというのに──そうだ! 今日を花峰州の記念日にしよう! 悠久老師が再び俗世へと舞い降りた日! 祝わずして何とする! よし、宴だ! 今すぐに酒と馳走を用意しろ──あだっ」
すっかり自分の世界に浸り、延々と喋り続ける露明の脳天に一撃を食らわしたのは蒼炎──後五秒遅かったら蒼炎がやっていたが──ではなく、鈴珠国の人間にしてはやけに色素の薄い少年だった。
「露明様。女人相手に何捲し立ててるんですか。申し訳ありません。この人は刺史としては優秀なのですが、人としては少し残念なんです」
「こら! 李明! 主に向かって残念とは何事だ!」
少年は露明を軽く無視して礼儀正しく、蒼炎と竜胆に会釈をした。
「僕は李明と申します。昨日はお使いでお邸にいなかったので蒼炎様にはご挨拶できませんでした。ところで、昨夜は露明様が失礼な事をしなかったでしょうか?」
「無視か!? 泣くぞ!」
「いや、特には」
「天花山や悠久老師について延々と語ったり、蒼炎様の話もお訊きせずに町を案内しようとしたりは?」
「……いや」
少しの間が、昨夜の事を雄弁に語っていた。
「そうですか」
李明はすぐに察したらしく、すみませんと頭を下げた。
蒼炎は花峰州に着いてすぐに華家に馬や荷物を預けに来たのだが、顔を会わせた途端に露明にあの調子で語られた。
こちらが口を挟む間もない饒舌っぷりにほとほと困り果て、見るに見かねた使用人が己の世界に浸かって周りの見えていない露明の隙をついて逃げ出す手引きをしてくれたのだ。
蒼炎は花峰州の刺史に会ったことはなかったが、典翔から話は訊いていた。
曰く、少々変わり者だが、優秀な人だと。
が、蒼炎は露明に会って典翔をぶん殴りたくなった。と言っても、目の前に典翔はいないので、心の中で典翔を殴った。そして、帝都に戻ったら本物の典翔をぶん殴ると心に決めた。
(あいつ……適当言いやがって! 何が少々変わり者だっ!)
露明は少々どころか、かなりの変わり者だった。
変人と言ってもいい。奇人でも間違っていない。
この男はとにかく、天花山を愛していた。
花峰州の刺史の家柄に生まれたのだから、花峰州の象徴的な存在である天花山を愛するのは自然だろう。それは郷土愛と似たようなものだ。しかし、露明の愛はかなり度を越していた。
口を開けば天花山。二言目にも天花山。三言目には花峰州。生まれ育った地に対する愛情が深すぎる。まぁ、刺史としてはいい事かもしれないが、話が通じないというのは問題だろう。正直、ここに戻ってくるのは憂鬱だった蒼炎には李明の存在が有り難かった。
李明はぺらぺら喋る露明を押し退け、二人を部屋へと応接間へと案内した。
「今お茶を淹れるので、少々お待ち下さい。露明様もそこに座って。いいですか? ちゃんとお話を聞くんですよ。自分の話したい事だけ話して、人の話を訊かないなんて立派な大人のする事ではありません。途中で飽きて逃げ出したりもです。そんな事したら露明様はこれから一生甘味を食べられない人生を歩む事になりますよ」
「な……っ! 私のおやつに何をする気だ!?」
「何もしませんとも。ただ、言いつけを守らないときっと竜神様がお怒りになって棚の中の団子を食べてしまうかもしれません」
「それは嫌だ!」
「なら、僕の言った通りにしてくださいね」
「……分かった」
渋々首肯する露明を見て、李明は部屋を出ていった。
(……子供か)
蒼炎は半眼で突っ込んだ。心の中で。
露明はいじけたのか、むすっとしている。
しん、とした空気を破ったのは以外にも竜胆だった。
「あの子……李明っていうの? 変わった色してるのね」
人の事は言えないけど、と付け足す。
確かに、李明は鈴珠国では珍しい色彩の子供だった。白髪紫眼の竜胆ほどではないが、李明は髪は亜麻色、瞳は青みがかった黒をしていた。あの色は西大陸の血を引いているのではないかと蒼炎は思った。
「ええ、あの子の母親は西大陸の人間です。どういう訳でこちらの東大陸に流れ着いたのかは不明ですが、運が良かったのでしょう。もし、隣の雷神国に流れ着いてたら殺されていたでしょうから。こちらの言葉は話せませんでしたが働き者でね、いつの間にかうちの使用人と恋仲になってたんですよ。それで生まれたのが、あの子。李明です。李明の明は私の名前から取ったんですよ。亡くなった先代があの夫婦を可愛がっていたのでね。しかし、先代もあの子の両親も三年前の流行り病で死んでしまいました。それからは私があの子の世話を──世話を──まぁ、見てもらっているのは私なんですが、親代わりを勤めています」
露明はまたしても長々しく話したが、先程のように勢いのある話し方ではなく、ゆったりと落ち着いた口調だったためか、そこまで鬱陶しいとは感じなかった。
「三年前の流行り病……私に頼ろうとは思わなかった?」
竜胆が感情の読めない声で言った。
その瞳は何かを求めるように澄んでいた。いや、空虚だった。
竜胆が言いたい事はあの万能薬の事だろう。悠久老師の伝承は当然、花峰州に一番深く根付いている。
ならば、その薬を求めなかったのか。竜胆はそう訊きたいのだ。
露明は答えた。
「思いませんでした」
花峰州刺史の邸・華邸の門を潜った瞬間、一人の男が勢いよく飛び出してきて、これまた勢いよく捲し立ててきた。
男は何故か途中からは天花山を讃える言葉しか口にせず、そのあまりの勢いに竜胆は怯えたのか、或いは引いたのか──表情からして後者の可能性が高い──さっと蒼炎の背後に隠れた。
男──花峰刺史・華露明はそんな竜胆を見て、蒼炎の脇を通り、ひょこりと竜胆の前に顔を覗かせた。
「ん? 彼女は? 蒼炎殿はあの悠久老師に会いに天花山に登られたのでは?」
「だから、彼女がその悠久老師だ」
「初めまして。私は竜胆」
竜胆はおずおずと名乗った。蒼炎の時とは大分違う。どうやら露明のテンションに怖じ気づいているようだ。
露明はというと、目を丸くして数秒固まっていたが、次の瞬間──
「悠久老師────っ!!!??」
そう叫び、ふら~っと背後へ仰け反る。しかし、直ぐに前のめりになって竜胆に先程の倍の速度で話し始めた。
「悠久老師! 貴女がかの不老不死の! まさかこの目で拝める日がくるとは! ああ、この気持ちはまさに感無量! いやはやまさか悠久老師がこんなに美しく可憐なお嬢さんだったとは──いやいや、早計はよくないぞ、露明。悠久老師は不老不死。見た目通りの年齢の筈がない。しかし、伝承ばかりでその存在の実在は不確かで最近はただのお伽噺だという輩まで出てきたというのに──そうだ! 今日を花峰州の記念日にしよう! 悠久老師が再び俗世へと舞い降りた日! 祝わずして何とする! よし、宴だ! 今すぐに酒と馳走を用意しろ──あだっ」
すっかり自分の世界に浸り、延々と喋り続ける露明の脳天に一撃を食らわしたのは蒼炎──後五秒遅かったら蒼炎がやっていたが──ではなく、鈴珠国の人間にしてはやけに色素の薄い少年だった。
「露明様。女人相手に何捲し立ててるんですか。申し訳ありません。この人は刺史としては優秀なのですが、人としては少し残念なんです」
「こら! 李明! 主に向かって残念とは何事だ!」
少年は露明を軽く無視して礼儀正しく、蒼炎と竜胆に会釈をした。
「僕は李明と申します。昨日はお使いでお邸にいなかったので蒼炎様にはご挨拶できませんでした。ところで、昨夜は露明様が失礼な事をしなかったでしょうか?」
「無視か!? 泣くぞ!」
「いや、特には」
「天花山や悠久老師について延々と語ったり、蒼炎様の話もお訊きせずに町を案内しようとしたりは?」
「……いや」
少しの間が、昨夜の事を雄弁に語っていた。
「そうですか」
李明はすぐに察したらしく、すみませんと頭を下げた。
蒼炎は花峰州に着いてすぐに華家に馬や荷物を預けに来たのだが、顔を会わせた途端に露明にあの調子で語られた。
こちらが口を挟む間もない饒舌っぷりにほとほと困り果て、見るに見かねた使用人が己の世界に浸かって周りの見えていない露明の隙をついて逃げ出す手引きをしてくれたのだ。
蒼炎は花峰州の刺史に会ったことはなかったが、典翔から話は訊いていた。
曰く、少々変わり者だが、優秀な人だと。
が、蒼炎は露明に会って典翔をぶん殴りたくなった。と言っても、目の前に典翔はいないので、心の中で典翔を殴った。そして、帝都に戻ったら本物の典翔をぶん殴ると心に決めた。
(あいつ……適当言いやがって! 何が少々変わり者だっ!)
露明は少々どころか、かなりの変わり者だった。
変人と言ってもいい。奇人でも間違っていない。
この男はとにかく、天花山を愛していた。
花峰州の刺史の家柄に生まれたのだから、花峰州の象徴的な存在である天花山を愛するのは自然だろう。それは郷土愛と似たようなものだ。しかし、露明の愛はかなり度を越していた。
口を開けば天花山。二言目にも天花山。三言目には花峰州。生まれ育った地に対する愛情が深すぎる。まぁ、刺史としてはいい事かもしれないが、話が通じないというのは問題だろう。正直、ここに戻ってくるのは憂鬱だった蒼炎には李明の存在が有り難かった。
李明はぺらぺら喋る露明を押し退け、二人を部屋へと応接間へと案内した。
「今お茶を淹れるので、少々お待ち下さい。露明様もそこに座って。いいですか? ちゃんとお話を聞くんですよ。自分の話したい事だけ話して、人の話を訊かないなんて立派な大人のする事ではありません。途中で飽きて逃げ出したりもです。そんな事したら露明様はこれから一生甘味を食べられない人生を歩む事になりますよ」
「な……っ! 私のおやつに何をする気だ!?」
「何もしませんとも。ただ、言いつけを守らないときっと竜神様がお怒りになって棚の中の団子を食べてしまうかもしれません」
「それは嫌だ!」
「なら、僕の言った通りにしてくださいね」
「……分かった」
渋々首肯する露明を見て、李明は部屋を出ていった。
(……子供か)
蒼炎は半眼で突っ込んだ。心の中で。
露明はいじけたのか、むすっとしている。
しん、とした空気を破ったのは以外にも竜胆だった。
「あの子……李明っていうの? 変わった色してるのね」
人の事は言えないけど、と付け足す。
確かに、李明は鈴珠国では珍しい色彩の子供だった。白髪紫眼の竜胆ほどではないが、李明は髪は亜麻色、瞳は青みがかった黒をしていた。あの色は西大陸の血を引いているのではないかと蒼炎は思った。
「ええ、あの子の母親は西大陸の人間です。どういう訳でこちらの東大陸に流れ着いたのかは不明ですが、運が良かったのでしょう。もし、隣の雷神国に流れ着いてたら殺されていたでしょうから。こちらの言葉は話せませんでしたが働き者でね、いつの間にかうちの使用人と恋仲になってたんですよ。それで生まれたのが、あの子。李明です。李明の明は私の名前から取ったんですよ。亡くなった先代があの夫婦を可愛がっていたのでね。しかし、先代もあの子の両親も三年前の流行り病で死んでしまいました。それからは私があの子の世話を──世話を──まぁ、見てもらっているのは私なんですが、親代わりを勤めています」
露明はまたしても長々しく話したが、先程のように勢いのある話し方ではなく、ゆったりと落ち着いた口調だったためか、そこまで鬱陶しいとは感じなかった。
「三年前の流行り病……私に頼ろうとは思わなかった?」
竜胆が感情の読めない声で言った。
その瞳は何かを求めるように澄んでいた。いや、空虚だった。
竜胆が言いたい事はあの万能薬の事だろう。悠久老師の伝承は当然、花峰州に一番深く根付いている。
ならば、その薬を求めなかったのか。竜胆はそう訊きたいのだ。
露明は答えた。
「思いませんでした」
0
あなたにおすすめの小説
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
義妹がピンク色の髪をしています
ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で
重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。
案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる