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第一章 悠久老師──改め、悠久少女
第十話 三年前
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「勿論、万能薬を欲した者はいましたよ。その為に天花山に挑んだ者も」
露明はゆっくりと話し始めた。
「何人も亡くなって、何人も泣きました。父が亡くなった時、私も泣きました。李明は両親を失った時、涙が枯れるまで泣きました。大切な人を失って、喪いました。大切な人を助けようとした人も何人もいました」
「そう。だけど……誰も私の下へは来なかったわ」
竜胆がぽつりと呟いた。
「その人達は帰って来た?」
竜胆が訊くと、露明は首を振った。そして言う。
「誰も。山に入った者は誰一人として帰っては来ませんでした」
「どういうことだ?」
蒼炎は話を飲み込めないまま、説明を促した。
「言葉通りです。山に入ったきり誰も帰って来なかった。天花山は広くて険しい山です。迷えば生きては出られないでしょう。三年前は土砂崩れが会って、蒼炎殿が使った中腹までの道は塞がれていましたから、獣道を進むしかありませんでした」
露明が悲しそうに俯いた。自分の州の人間がいなくなった。花峰州を愛する露明はそこで生きる人々も愛しているのだろう。だから、こんなに辛そうな顔をするのだ。
掛ける言葉を見つけられず、蒼炎は黙った。その隣で未だ空虚な瞳の竜胆が言った。
「二年前……私は一度山を下りたの」
「そういえば、そんな事を言ってたな。それがどうした?」
「その時、北の樹海へ寄った」
天花山の北の樹海。それは最も危険な場所だ。冥界に繋がる道とも呼ばれている。その名に相応しく、そこに足を踏み入れて帰って来たものは皆無だ。
「よく戻って来られましたね」
「私は慣れてたから。貴方達にとって樹海でも私にとってはよく知っている場所。それに例え迷ってもよく探せば結構木の実が多いから、死ぬ事はない」
「それは流石は悠久老師! 天花山は庭も同然という事ですね」
淡々と話す竜胆に元の調子を取り戻してきた露明。しかし、竜胆の次の台詞でまた空気は死人のように冷たいものへと戻る。
「そこで骸を見つけた。人の骸。まだ新しかったわ。死んで一年くらいしか経ってないと分かるほど」
それは──三年前の失踪者か?
蒼炎の脳裏に白骨が過り、ぞっとした。聞いていて気分のいい話ではない。
露明は顔を片手で覆い、天井を仰いだ。
「何て事だ……」
弱々しい声がした。
「よりにもよって、北の樹海に迷い混んでしまうとは」
露明が失踪者達の不幸を嘆く、その姿を見る程に竜胆の顔から生気が抜けていくような気がした。竜胆は青白い顔で更に言葉を紡ぐ。
「餓死じゃないわ」
「は?」
「……?」
露明と蒼炎が竜胆を見た。竜胆の顔は真っ白だった。髪色も相まってますます幽鬼のようだ。
竜胆は何が言いたいのか。露明も蒼炎もどこかで察していた。けれど、それを知ってしまうのがとても恐ろしい気がした。
「餓死じゃない筈。ねぇ、露明。教えて。三年前、天花山に入ったのは何人。皆一緒に入ったの?」
「入ったのは──十四人です。最初に四人、半月後に三人、一月後に五人、二月後に二人で山に。名前は、秀花、青蘭、光琳、悟扇──」
「名前はいいわ。聞きたくない」
自分に救いを求めに来て、結局辿り着けずに命尽きてしまった自分が見つけた骸の名前。竜胆はそんなもの知りたくなかった。
露明の言葉を遮った竜胆はやっぱり、と小さく呟いて言った。
「北の樹海にあった骸は一人や二人じゃない。十四人よ」
違う日に山に入った人間の骸が、同じ場所に纏まっていた。それは偶然として片付けるにはあまりにも出来すぎていた。
三人は理解した。三年前、天花山に入った者が帰って来ず、竜胆の下に辿り着けなかった訳。そこに何者かの作為的な何かがあったという事に。
「蒼炎」
「何だ」
「北の樹海は本当に魔境よ。私でも運が悪ければ迷うほど。方向感覚を完全に失って同じ場所をぐるぐるしてしまう。骸達は多分、北の樹海に運ばれた。態々あんな危険な場所に運び込んだ。逆に言えば運び込んだ人達は私くらい天花山に精通している事になる。あの洞窟を知っていた人達と何か関わりがあるかもしれない」
「確かに可能性はなくはないが……決めつけるには早計だな。奴等の正体に関する情報が少な過ぎる」
「一体何の話ですか?」
襲撃の件を知らない露明が置いてきぼりを食らわないよう訊ねた。
「ああ、この件も相談しようと思ってたんだ。露明殿、俺と竜胆は下山する際に天花山にある洞窟を使ったんだが、そこで襲撃された」
「何と! それは、災難でしたね」
露明が目を細める。その表情は真剣で正に刺史としての面構えだった。
「そいつらは天花山について詳しかった。あんな隠し通路のような場所を知っていたからな。雪で竜胆があの洞窟を使うと知っていて、待ち伏せしていた。狙いは恐らく──」
「悠久老師──竜胆殿でしょうね」
露明の言葉に蒼炎は頷く。竜胆は僅かに身を固くしたが、こちらも予想はしていたのだろう。それ以外の反応は特になかった。
「ああ。もし俺が狙いなら天花山に登る前──いや、山中で殺した方が死体の処分が楽だな。だとしても竜胆に会う前に仕掛けて来ただろう。竜胆の動きを読まれていたし、まず間違いないと思う」
「そうですね。しかし、この場合の狙いは何でしょう? 悠久老師の命──などではないでしょうし──皇太子殿下を助けたくない誰か、というのも考えにくい」
蒼炎はふむ、と顎に手を当てて考えた。
後者の場合なら、蒼炎を始末すれば済む事だ。竜胆に皇太子殿下を助ける気があろうとなかろうと、話が伝わらなければ意味がない。
前者は言わずもがなだ。不老不死の悠久老師を殺すなんて──そこで蒼炎は竜胆を見た。そこまで考えて一つの疑問が浮かぶ。
「竜胆、ちょっと訊いていいか?」
「何?」
「お前は本当に不死なのか?」
露明はゆっくりと話し始めた。
「何人も亡くなって、何人も泣きました。父が亡くなった時、私も泣きました。李明は両親を失った時、涙が枯れるまで泣きました。大切な人を失って、喪いました。大切な人を助けようとした人も何人もいました」
「そう。だけど……誰も私の下へは来なかったわ」
竜胆がぽつりと呟いた。
「その人達は帰って来た?」
竜胆が訊くと、露明は首を振った。そして言う。
「誰も。山に入った者は誰一人として帰っては来ませんでした」
「どういうことだ?」
蒼炎は話を飲み込めないまま、説明を促した。
「言葉通りです。山に入ったきり誰も帰って来なかった。天花山は広くて険しい山です。迷えば生きては出られないでしょう。三年前は土砂崩れが会って、蒼炎殿が使った中腹までの道は塞がれていましたから、獣道を進むしかありませんでした」
露明が悲しそうに俯いた。自分の州の人間がいなくなった。花峰州を愛する露明はそこで生きる人々も愛しているのだろう。だから、こんなに辛そうな顔をするのだ。
掛ける言葉を見つけられず、蒼炎は黙った。その隣で未だ空虚な瞳の竜胆が言った。
「二年前……私は一度山を下りたの」
「そういえば、そんな事を言ってたな。それがどうした?」
「その時、北の樹海へ寄った」
天花山の北の樹海。それは最も危険な場所だ。冥界に繋がる道とも呼ばれている。その名に相応しく、そこに足を踏み入れて帰って来たものは皆無だ。
「よく戻って来られましたね」
「私は慣れてたから。貴方達にとって樹海でも私にとってはよく知っている場所。それに例え迷ってもよく探せば結構木の実が多いから、死ぬ事はない」
「それは流石は悠久老師! 天花山は庭も同然という事ですね」
淡々と話す竜胆に元の調子を取り戻してきた露明。しかし、竜胆の次の台詞でまた空気は死人のように冷たいものへと戻る。
「そこで骸を見つけた。人の骸。まだ新しかったわ。死んで一年くらいしか経ってないと分かるほど」
それは──三年前の失踪者か?
蒼炎の脳裏に白骨が過り、ぞっとした。聞いていて気分のいい話ではない。
露明は顔を片手で覆い、天井を仰いだ。
「何て事だ……」
弱々しい声がした。
「よりにもよって、北の樹海に迷い混んでしまうとは」
露明が失踪者達の不幸を嘆く、その姿を見る程に竜胆の顔から生気が抜けていくような気がした。竜胆は青白い顔で更に言葉を紡ぐ。
「餓死じゃないわ」
「は?」
「……?」
露明と蒼炎が竜胆を見た。竜胆の顔は真っ白だった。髪色も相まってますます幽鬼のようだ。
竜胆は何が言いたいのか。露明も蒼炎もどこかで察していた。けれど、それを知ってしまうのがとても恐ろしい気がした。
「餓死じゃない筈。ねぇ、露明。教えて。三年前、天花山に入ったのは何人。皆一緒に入ったの?」
「入ったのは──十四人です。最初に四人、半月後に三人、一月後に五人、二月後に二人で山に。名前は、秀花、青蘭、光琳、悟扇──」
「名前はいいわ。聞きたくない」
自分に救いを求めに来て、結局辿り着けずに命尽きてしまった自分が見つけた骸の名前。竜胆はそんなもの知りたくなかった。
露明の言葉を遮った竜胆はやっぱり、と小さく呟いて言った。
「北の樹海にあった骸は一人や二人じゃない。十四人よ」
違う日に山に入った人間の骸が、同じ場所に纏まっていた。それは偶然として片付けるにはあまりにも出来すぎていた。
三人は理解した。三年前、天花山に入った者が帰って来ず、竜胆の下に辿り着けなかった訳。そこに何者かの作為的な何かがあったという事に。
「蒼炎」
「何だ」
「北の樹海は本当に魔境よ。私でも運が悪ければ迷うほど。方向感覚を完全に失って同じ場所をぐるぐるしてしまう。骸達は多分、北の樹海に運ばれた。態々あんな危険な場所に運び込んだ。逆に言えば運び込んだ人達は私くらい天花山に精通している事になる。あの洞窟を知っていた人達と何か関わりがあるかもしれない」
「確かに可能性はなくはないが……決めつけるには早計だな。奴等の正体に関する情報が少な過ぎる」
「一体何の話ですか?」
襲撃の件を知らない露明が置いてきぼりを食らわないよう訊ねた。
「ああ、この件も相談しようと思ってたんだ。露明殿、俺と竜胆は下山する際に天花山にある洞窟を使ったんだが、そこで襲撃された」
「何と! それは、災難でしたね」
露明が目を細める。その表情は真剣で正に刺史としての面構えだった。
「そいつらは天花山について詳しかった。あんな隠し通路のような場所を知っていたからな。雪で竜胆があの洞窟を使うと知っていて、待ち伏せしていた。狙いは恐らく──」
「悠久老師──竜胆殿でしょうね」
露明の言葉に蒼炎は頷く。竜胆は僅かに身を固くしたが、こちらも予想はしていたのだろう。それ以外の反応は特になかった。
「ああ。もし俺が狙いなら天花山に登る前──いや、山中で殺した方が死体の処分が楽だな。だとしても竜胆に会う前に仕掛けて来ただろう。竜胆の動きを読まれていたし、まず間違いないと思う」
「そうですね。しかし、この場合の狙いは何でしょう? 悠久老師の命──などではないでしょうし──皇太子殿下を助けたくない誰か、というのも考えにくい」
蒼炎はふむ、と顎に手を当てて考えた。
後者の場合なら、蒼炎を始末すれば済む事だ。竜胆に皇太子殿下を助ける気があろうとなかろうと、話が伝わらなければ意味がない。
前者は言わずもがなだ。不老不死の悠久老師を殺すなんて──そこで蒼炎は竜胆を見た。そこまで考えて一つの疑問が浮かぶ。
「竜胆、ちょっと訊いていいか?」
「何?」
「お前は本当に不死なのか?」
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