【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

おまけ 兄の寵愛弟の思惑7(デルロイ視点)

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「あなたの気持ちは理解した。立ちなさい、生徒会長として立派に入学式を執り行って欲しい」

 いつまで手を握っているのだろう。
 この男を兄上は優秀だと言っていたが、それは本当なのだろうか。
 ぼんやりとしているし、頼りない感じを受けるのだが。

「は、はい。畏まりました。第二王子殿下、本日は新入生代表のご挨拶を賜りたく。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「ああ、それは聞いているから大丈夫だ」
「それではお名残り惜しくはありますが、失礼致します」

 それは手を握りながらでないと言えないことなのか? それに、この男は何度自分の額を私の手の甲に付けるつもりだ。
 何度もこちらを見ながら去っていく男に呆れていると、私の隣から小さく笑う声が聞こえてきた。
「……なんとも情熱的な方ですわね」
「ボナクララ、その言い方はどうなのだろう。レモ君も座りなさい」

 クスクスと笑っているボナクララと、無表情なレモを交互に見ながらため息を付く。
 レモのこの顔は何か不愉快に感じている時の顔だ。

「殿下、私はあちらで控えております」
「私の隣を守っていなさい。ボナクララの侍女も彼女の隣に」
「畏まりました。それでは失礼致します。さああなたはあちらです」

 いつの間にかそばに来ていたボナクララの侍女にも指示を出す。
 レモ達が自分の意思で座るのは問題だが、私が指示するなら別だ。
 さっきから私の近くに座りたくてウロウロしている者達を拒絶する為に、レモの存在が役に立つ。

「殿下、お手を失礼致します」
「レモ」

 私の右手をハンカチで拭き始めたレモに、何と言えばいいのか分からないが、まあ気持ちは分からなくもない。
 レモは、家族とボナクララ以外が私に触れるのを極端に嫌がるのだ。

「跪くのを禁止致しますか」
「大袈裟だな。禁止にする程ではないだろう」
「あの者だけだとでも?」
「今まで王子宮から殆ど出なかった私を前に緊張して、礼儀作法を間違えたのだろう」

 この国の礼儀作法で相手に跪くのは、騎士が己の主人向け行う最敬礼くらいのものだ。それも式典等で行う稀なもので、普通は立礼で右手を胸に当て深く頭を下げる。
 騎士ではない一般貴族が跪くなど、普通はありえない。
 ただ、私は度々その姿を目にする。
 父上と兄上が選んだ私の友人達が王子宮に来る度に、なぜかそうするのは、彼らが私にふざけているのだと思っていたが、まさか学校に来てまで親しくもない者からされるとは思ってもいなかった。

「私は気軽に学校で過ごしたかったのだが」
「それは難しいでしょう。第二王子殿下に近付きたいものは大勢おります。あの者の様に身の程をわきまえずに殿下のお手に触れたいと願う者は害虫と同じ、即刻護衛に排除させましょう」
「害虫とは酷い例えだが、校内で仰々しいのは困る。レモ穏便に止めて欲しい。いいか、私は穏便にと言ったぞ」

 穏便にと言わねば本当に護衛に排除させかねない。

「害虫にかける情けなど持ち合わせておりませんが、殿下のご命令であれば」

 なぜこうもレモは頑なに嫌がるのだろう。
 確かに私に近付きたがる者は多いが、害虫と人を例えるのは駄目だと思う。

「命令だ。安易に排除ばかりしていては護衛達が悪く言われるかもしれない。そうなるのは悲しい。皆職務に忠実で誠実な者達なのだから。レモも昼夜私を守る者達も私の大事な配下なのだから、私を守るだけでなく自分の名誉も守って欲しいと思う」

 私の周囲にいるのは、すぐに過剰に反応する。
 その筆頭が兄上だ。
 私は日々穏やかに過ごしたいのだから、少し位不愉快に感じても我慢すればいいだけだというのに、すぐに大騒ぎになってしまう。

「大事な配下、大事な……」
「そんな恐れ多い、私達などをその様な……」
「なんという誉れだ、私達を大事な配下なんて」

 レモの呟きに重なって、護衛達の声が聞こえてきた。
 ちょっと待て、護衛増えていないか? こんなに近くにいたら式の邪魔になるだろう。
 内心焦りながら周囲に視線を走らせると、不思議な事にすぐ側にいる護衛は一人だけで、残りの者は壁際に並んで立っていた。
 確かに声は近くに聞こえたというのに、どういう事だ。
 まさか、影の者を含み『昼夜私を守る者達』と言ったから影まで反応したのか。
 だとしたら、あやつは今どこにいるというのだ。

「……レモ、頼むぞ」
「畏まりました」

 レモが嬉しそうに返事をするのを見ながら、ため息を飲み込む。
 これが私の当たり前だとしても、時々息苦しさを感じてしまう。
 私はこの守りの中で生きているだけでいいのだろうか、学生の間に私は自分が望む成長が出来るのだろうか。
 学校で習うことなど既に学び終えている。そもそも学校は学びの場というより未成年者の社交の場だ。
 学びも剣術や魔法も、学校より王宮内の教育の方が優れている。騎士団も魔法師団も私が望めばいくらでも協力してくれるだろうし、学びたいと言えば優れた教師が手配されるだろう。
 だけど王宮の中で学ぶだけでは駄目だと思うから、兄上が嫌がると知って入学しようと決意した。
 もっと多くの者達と語らい、与えられる学び以上の事を知り自分の力にする。
 何も出来ない姫の様に守られた第二王子ではなく、将来臣籍降下し王宮の外に出てもやっていける様になる。
 兄上を補佐し、賜る領地を守れる様になる。
 そんなこと、本当に出来る様になるのだろうか。
 そんな不安を胸に私は入学式に望んだのだった。
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