【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

文字の大きさ
246 / 310
番外編

おまけ 兄の寵愛弟の思惑69 (ボナクララ視点)

しおりを挟む
「ボナクララ様」

 黙り込んでしまったお兄様と並び歩き、エマニュエラの部屋にやって来た。
 焼き菓子を持っているため両手が塞がっている侍女に代わり扉を叩き始めると、扉を開いたエマニュエラのメイドが私の顔を見て驚きの声を上げ、怯えた様に部屋の奥へ視線を向けた。

「入っても?」
「は、はい。どうぞ」

 戸惑いと怯えが見えるメイドは、私と隣に立つお兄様を交互に見た後でもう一度部屋の奥に視線を向けた後で小さく頷く。それを見てお兄様が小さく息を吐いた。
 お兄様はメイドの様子から、エマニュエラの荒れようを察したのかもしれない。

「私が先に入ろう」
「ドナトス様!」

 部屋に入りかけた時、少し離れた場所からお兄様を呼ぶ執事の声がした。

「どうした」
「お兄様、私の事は気になさらず」

 私を気にしているお兄様に笑顔を向けると、お兄様は足早にやって来た執事と小声で話を始めた。
 
「エマニュエラ食事は終わった? お父様から焼き菓子を渡す様に頼まれたのだけど」
「お食事はすでにお済ですが……」

 メイドは部屋の入口を遮る様に立ったまま話し続ける、まるで私が中には入るのを止めたいと言わんばかりのメイドに苦笑して「私は大丈夫よ、中に入れて頂戴」と囁くと、泣きそうな顔でメイドは小さな声で「申し訳ありません」と謝罪しながら体を横に移動した。

「エマニュエラ、お邪魔するわね」

 部屋の中にいるであろうエマニュエラに声をかけてからメイドの案内で部屋の中に入ると、窓際に置かれた一人掛けのソファーに座っていたエマニュエラが勢いよく立ち上がるなり、私に向かい何かを投げつけた。

「ひっ」
「お嬢様! 危ないっ」

 ガシャン!! 咄嗟に私の前に庇う様に立った侍女の前に、何かが落ちて割れる音が部屋の中に響いた。

「何をするのエマニュエラ」
「私は気分が悪いの。あなたの声を聞いたせいで余計に気分が悪くなったわ。出て行って!」

 エマニュエラの機嫌が悪いのは、声だけでも分かる。
 扉のところで私とメイドがしていたやり取りが聞こえていただろうに、その時は何も言わず私が中に入ってきてからこういうことをするのがエマニュエラという人だ。
 入室時にエマニュエラの許可をメイドが確認しなかったのは、確認すると「駄目ならそう言うわ、良いか悪いか位私付きなら察しなさい」とエマニュエラが怒ると知っているから、先程メイドエマニュエラの様子を伺うしかしなかったのだ。

「あなたの顔なんて見たくもないわっ!」

 エマニュエラの大声に、部屋の中にいた数人のメイドがおろおろとしている。
 御者達に声を荒げていたのをお父様に叱られたのだから、機嫌がいいわけがないけれどそれにしても怖い顔をしている。これではメイド達が怯えても仕方がない。
 
「そうでしょうね、でもお父様からあなたに焼き菓子を持って行くように頼まれたの。だからわざわざ来たのよ」

 私を庇うため動いた侍女が持つ盆の上には、焼き菓子盛った皿が載っている。
 勢いよく動いていたけれど、菓子が皿から落ちることなく無事な様子に内心ホッとしながら、侍女にテーブルに置くように視線で指示を出す。

「そんなものいらないわ。お父様、私に一人で夕食を取れなんて酷いことを言うのよ。私が何をしたっていうのよ」

 ダンダンと床をふみならしながら、エマニュエラは床に向かって砂糖壺を投げつける。
 私の直ぐ側で、割れて破片が床に散乱しているのはエマニュエラお気に入りの茶器だ。
 怒りに任せてお気に入りをこんな風に壊してしまうなんて、後々もっと荒れそうだと内心ため息をつく。こうなることを見越してお兄様は一緒に来てくれたのだから、話が終わるまで部屋の前で待っているべきだったと後悔するが、すでに遅い。

「お父様気にされていたわ」
「どうでもいいわ、お父様なんて。どうせお父様もお母様もあなたの味方なのよ」
「味方だなんて、二人共私達を同じく愛してくださっているじゃない」

 私がそう言ってもエマニュエラは納得せずに「うるさいっ!」と大声をあげる。
 両親もお兄様もエマニュエラを気遣っているし、大切にしてくれているというのに、どうしてこんなことを言うのか分からない。

「あなたの顔を見ていると余計に気分が悪くなるから、早く出て行って!!」
「分かったわ、これはお父様の気持ちだから置いていくわね」

 テーブルの上の焼き菓子を見下ろしそう言った途端、エマニュエラは足早にテーブルに近付き皿ごと菓子を床に払い落とした。

「何をするの、エマニュエラ!」
「うるさいのよ、その口を閉じなさいボナクララ」

 驚き声を上げた私を睨みつけながら、エマニュエラは床に落ちていた茶器の破片を取り、私にずいと近づいた。
 
「エマニュエラ?」
「うるさいの、未来の王妃たる私に、お前は無礼すぎるのよ」
「未来の王妃でも、あなたはまだ……ひっ!」
 
 恐ろしい顔で私を睨むエマニュエラに、まだ立場は同じなのだからと口を開いた途端、左の頬に衝撃が走った。

「お、お嬢様!!」
「エマニュエラお嬢様、おやめください! 誰か、誰か来て!」

 
「ボナクララお嬢様!」

 急に騒がしくなったメイド達を止める余裕は無かった。頬に触れるとぬるりとした感触が指先に触れて、疑問を覚えながら指先を見ると赤色が見えた。

「ふっ! 良いわ、私と違い地味な顔立ちのお前にぴったりの装飾がついたわね、ボナクララ」
「エマニュエラ、なんてこと」
「もう一つ付けて上げる! 泣いて感謝するといいわボナクララ!」

 破片を掴んだ手を振り上げたエマニュエラを、メイドの声で駆けつけたお兄様と執事が抑え込む。
 あの破片で私の頬が切られたのだ、そう理解した途端私の意識は遠くなってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。

iBuKi
恋愛
サフィリーン・ル・オルペウスである私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた既定路線。 クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子といずれ婚約が結ばれること。 皇妃で将来の皇后でなんて、めっちゃくちゃ荷が重い。 こういう幼い頃に結ばれた物語にありがちなトラブル……ありそう。 私のこと気に入らないとか……ありそう? ところが、完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど―― 絆されていたのに。 ミイラ取りはミイラなの? 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。 ――魅了魔法ですか…。 国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね? いろいろ探ってましたけど、どうなったのでしょう。 ――考えることに、何だか疲れちゃったサフィリーン。 第一皇子とその方が相思相愛なら、魅了でも何でもいいんじゃないんですか? サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。 ✂---------------------------- 不定期更新です。 他サイトさまでも投稿しています。 10/09 あらすじを書き直し、付け足し?しました。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

転生皇女はフライパンで生き延びる

渡里あずま
恋愛
平民の母から生まれた皇女・クララベル。 使用人として生きてきた彼女だったが、蛮族との戦に勝利した辺境伯・ウィラードに下賜されることになった。 ……だが、クララベルは五歳の時に思い出していた。 自分は家族に恵まれずに死んだ日本人で、ここはウィラードを主人公にした小説の世界だと。 そして自分は、父である皇帝の差し金でウィラードの弱みを握る為に殺され、小説冒頭で死体として登場するのだと。 「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ!」 ※※※ 死にかけて、辛い前世と殺されることを思い出した主人公が、生き延びて幸せになろうとする話。 ※重複投稿作品※

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...