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王子は裏設定の酷さに泣く

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「おや、知らなかったのか。エバーナの母親はゴレロフ侯爵夫人の異母姉だよ。不義の子の為、子爵家に養女に出されているけれどね。だから先代ゴレロフ侯爵に婚約を許されなかった。不義の子だとは知らなかったかもしれないが、子爵家の娘では家格が低すぎるからね」

兄上の話は、予想もしていなかった内容だった。

「異母姉って、姉妹という事ですか?」

そんな設定、知らなかったよっ!
姉ちゃん、何それっ。
心の中で叫ぶ。
それくらい許される筈だよ、だって、姉妹とか、それで姉の恋人を横取りとか。
なんだよ、それ。

「熱を出してからのお前は、表情が出すぎるね。少し気を付けた方がいいな」
「申し訳ありません。ですが、こんな重大なことを聞いて冷静でいられません」

驚きと怒りで頭の中がぐるぐるして、叫ばないのが精一杯なのだから表情など取り繕えるわけがない。ここが、人払いされた兄上の私室で良かった。
ゴレロフ侯爵を姉妹で取り合ったとか、兄妹の母親が姉妹とか、ゲームを元にした同人誌だってそこまで酷いネタは書いていないと思う。あまりにも酷すぎる。

「ゴレロフ侯爵夫人、名前はダミュエラだったかな。彼女の父親は、すでに亡くなっているがエバーソン公爵だ。エバーナの母はサフィニアという名で、サフィニアの母親とエバーソン公爵(当時はまだ公爵は継いでいないが)は恋人だった。ダミュエラの母はエバーソン公爵へ一目惚れし無理矢理に政略結婚を結んだ。その為、サフィニアは不義の子として生まれるしかなかった。どこかで聞いた様な話だね」
「そうですね」

母と娘、二人で同じ事をしているのか。

「サフィニアの母親は結婚せずに、彼女を産んだ。彼女はある公爵家の末娘だったが、不義の子を産んだ為に籍を抜かれ子爵家に平民として嫁がされ、サフィニアはその子爵家の養女になった」

話を聞いているだけで頭の中が大混乱している。

「養女とはなったものの、エバーソン公爵はサフィニアを愛していた。そばにいる娘よりも、息子よりも。サフィニアの母親が亡くなると彼女を行儀見習いとしてゴレロフ侯爵家に預ける程、彼女を愛していた。子爵家に居たままでは飼い殺しと同じだったからね」
「ゴレロフ侯爵家にエバーナの母親が住んでいたのですか」

子爵家の娘と侯爵家の息子がどうやって知り合ったのか、まさかそんな出会いとは。

「サフィニアの母は、恋人であるエバーソン公爵と引き離され狂った末衰弱死した。エバーソン公爵は自分と恋人を引き裂いた両親を恨み、添い遂げられなかった力のない自分を恨み、その原因となった妻を恨み、竜の血を継ぐのを止めた。
ダミュエラの母は竜の血を継いでいるとはいえ、その家の血はすでに薄くなっていて、ダミュエラもその弟も魔力は殆ど無く、髪の色も受け継がなかった。一方サフィニアは金と赤の髪を受け継いでいた。子爵家の娘としておくのが難しい程にはっきりと竜の血を継いでいると分かる人だった」

 あれ? 金と赤の髪は魔力が強い証という意味じゃなかったっけ?
 俺誤解していたのか?
 それよりも、兄上は今ダミュエラと弟と言ったよな。今家を継いでいるのは兄だった筈だ。

「ダミュエラの実家を継いだのは兄ではないのですか」

 疑問に思って聞いて見る。
 俺がゲームの設定として知っている知識と、現実は異なるのかもしれない。

「兄として公表されているが本当は弟だ。ダミュエラは当初男子だと偽られていた。その後男子が生まれ二人は入れ替わった。跡継ぎを産んでもなお子供を作る程仲がいいのだと、サフィニアの母親と世間に思わせる為だけに。サフィニアの命を人質として、そう公爵に偽らせた。くだらない誤魔化しに見えたそれは、サフィニアの母親の精神を狂わせるには十分だった」

 ダミュエラの母親の悪意に背筋が寒くなる。
 それほど人は残酷になれるのか。
 恋人同士を引き裂いて、自分の思いを成就させる為に。
 引き裂いて尚、追い詰める。そんな残酷な事が出来るのか。

「公爵が亡くなったのは」
「恋人を亡くした公爵から、完全に拒絶された夫人が心中を図ったのだ。その結果公爵だけが死に、夫人は半身不随で生き残った。ダミュエラは寝たきりになった母の言葉を呪いのように聞いて育ったのさ。母親が亡くなってもその呪いの言葉はダミュエラを蝕んだままだった。そして、成長して同じ事を繰り返した。自分の姉とね」

竜の血とか、こんな大事になるくらいの設定だなんて思ってなかった。
ただファンタジーっぽい感じになるように、そうしているものだと。
あれ、じゃあ。

「エバーナの血はかなり濃いのですか?」

 エバーナの母親は身分が低いと知っていたから、当然王家の血筋にあたるなんて考えてもいなかった。けれど、どこの家か分らないが公爵家の娘だったとしたら王家の血筋で間違いない。しかも父親も公爵家だ。

「その通り」
「でも、私とエバーナよりも、フロレシアの方が優先されるのですか?」

 王家の血を守るというのなら、俺とエバーナの婚約は反対される理由がない。
 それでもフロレシアが優先されるのは何故なんだろう。

「女性の方が伴侶を見つけた後、その相手と添い遂げられぬ場合に狂いやすいらしい。だから、あの発言が、フロレシアが伴侶を見つけてのことなら、母上はそう決断されただろう」
「でも、事実はそうではありません」

 あの発言はゲームの強制力。だってフォルードと面識がなかったのだから。
 伴侶だと分りようがない。

「そうだな。エルネクト、お前はどうなんだ」
「伴侶という意味ですか」
「ああ」
「惹かれるというのが伴侶を見つけたという意味なら、まさしく私は伴侶を見つけました。エバーナが大切です。だから守りたい。側にいるのは私でありたい」

恥ずかしいとか言っていられない。
ここではっきりと言っておかなければ、後悔する。
そう、何故か感じていた。

「わかった。母上にはそう伝えよう」
「兄上。フォルードと打ち合ったのは何故ですか。それに、何故ゴレロフ家の事情をこんなに詳しくご存知なのですか」

 不思議だった。
 俺がエバーナと婚約したいと言ったから調べたにしても詳しすぎる。

「打ち合った理由は、フロレシアがどう感じているかあの場では確認出来なかったから。後々接触しやすい様に私との接点を作っただけだよ」

接点を作る為に鍛錬に誘ったのか、成程。
瞬時にそこまで考える兄上はやっぱり凄いな。

「でも、彼の剣はなかなかのものだった。たった十歳であれだけの腕なら見込みはある。さすがゴレロフ侯爵の血筋、性格は難があるがそんなものこれからどうとでも矯正できる。家と離す必要はあるだろうけれどね」
「家と離すとは」

 母親であるダミュエラは薄くなったといっても竜の血を受け継ぐ女性だ。
 ゴレロフ侯爵と上手くいっていない可能性が強いなら、精神を病んでいるのかもしれない。そんな場所にエバーナもフォルードもいない方がいい。

「まあ、何度か鍛練をしてみてかな。それよりもエルネクト達の方が、優先度が高い。エバーナ嬢と婚約するなら彼女は早急に学ぶ必要があるからね」
「学ぶとは、私の妃としての教育でしょうか」

 それならば、急いで何かを学ぶ必要は無いはずだ。
 侯爵家ではそれなりの教育を受けているであろう事は、エバーナの話し方でも分る。
 かなり厳しく礼儀作法を躾られているし、あの年齢で俺やフロレシアと同等の会話が出来るのだから、一般的な教養もしっかり学んでいる筈だ。

「その教育ではない。お前が貴族学校に入学する際に一緒に入学して貰う。来年、二人で試験を受けなさい」

 俺は今学校の初等科に通っている。その上の貴族学校に通い始めるのは十三歳になってからの筈、何故来年になるのだろう。

「私は来年十一歳ですし、エバーナは更に一つ下ですが」
「卒業の年は十八と決められているが、入学の年は決められていない。試験に受かる実力があれば問題ない。試験は筆記の他、魔法操作もあるからそのつもりで」

 魔力操作と聞いて、青くなる。
 筆記試験はなんとかなっても、魔力操作は、エバーナには無理だ。

「魔法! エバーナは、魔法が」

 エバーナは魔力が強くても、魔法が使えない。
 だからゲームのエルネクトは、エバーナに失望していくのだ。
 エバーナが魔法と使える様になるのは、エルネクトから処刑を言い渡され失望した後、魔力を暴走させ自ら出した炎で死のうとする時だけだ。

「あの髪色を受け継いで魔法が使えないなら、王家の血筋は保てない。それはお前とエバーナの婚約が無くなるということだ。それが嫌なら試験までに何か一つでも使える様に、エルネクトお前が導きなさい」

 兄上は簡単に酷い事を言う。
 兄上の豪華な部屋で、豪華過ぎるソファーにゆったり座って長い足を組んだまま、なんでも無い事の様にそんな無茶苦茶な命令を出す。

「私が」
「これは陛下の提案だ。ゴレロフ侯爵夫人の母親の実家を黙らせるには、エバーナがフォルードよりも優秀だと示さなければならない。エバーナは籍の上ではゴレロフ侯爵夫人の娘だが、本当は平民が子爵に嫁ぐ時に連れていた父親が分からない娘が産んだ子供が結婚せずに産んだ不義の子でしかない」
「それはエバーナの罪ではありません」

 誰が悪いというなら、悪いのはフォルードの母ダミュエラだ。

「それは陛下も理解されている。だがいくら陛下が許可したとしても、出自の問題を出されれば強くは言えない。私と婚約させたがる家が多いように、お前に娘をと考える家も多い。粗探しと足の引っ張りあいは当たり前の話だ」
「分かりました。試験までにエバーナが、魔法を使える様になればいいのですね」

 自棄になって叫ぶ。
 何か方法を考えなければ。
 エバーナが魔法を使えない理由は見当がついているけれど、その原因を上手く解決出来るかどうかは自信がない。

「低年齢での試験だ、卒業試験の様な難易度ではない。最下級の魔法ひとつでもいい、勿論上位ならそれに越したことはないけれどね」

そんな無茶振り、とは言えない。

「先程話した内容、何故詳しいのかだが。王家では知っていて当たり前の秘密だからだよ。だからエバーナ嬢が優秀だと示す必要がある。爵位も不義の子としての生まれも、竜の血の強さを示せられるならどうにでもなるものだからね」
「エバーナは竜の血としてはどの程度なのですか」
「エバーソン公爵はさほど、サフィニアの母親は濃いね。王家を除けば一番の家だから。その分血の影響も、それだけ強い。だから、恋人の心を失ったと誤解して心を病んで亡くなってしまった。エバーナ嬢を望むなら、すべてを受け入れ、彼女を愛し続ける。その覚悟がないのなら、今すぐに手を引いた方がいい。そうでなければお前がエバーナ嬢以外を愛した瞬間、彼女は狂う」

ゲームで、エバーナは泣き叫ぶ。
エルネクトルートで、二人を前にして。

何故私ではないのか。
なぜ、心を変えたのか。
泣き叫び、今のエバーナからは考えられない程の残虐さでヒロインを追い詰める。

「あれが裏切られた結果」
「エルネクト?」
「私は裏切ったりしません。エバーナだけを思い続けます」

 あんな結末は絶対にさせない。
 そう心に誓って、兄上に願い出た。

「兄上、俺の願いを二つ叶えて頂けませんか」


☆☆☆☆☆

ゴレロフ侯爵家の使用人達は、昔からいる使用人はエバーナの味方で、エバーナと侯爵夫人達に気がつかれない様に影から助けています。
エバーナに嫌がらせをしているのは、侯爵夫人が実家から連れてきた使用人と新しく雇った使用人達ですが、エバーナは昔からいる使用人達が自分の味方だと気がついていないので、エバーナが心から信用出来るのは、今のところ乳母といつも傍にいる侍女一人だけです。
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