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ティタの部屋の中

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「ティタの部屋はこの階段を上がった階にございます」

 屋敷の北側にあったメイドの部屋から階段を上がり、三階にやってきた。
 装飾の無い手すりがついた狭い階段から廊下に出ると、壁に絵が掛かり、床には絨毯がひいてある廊下に続いているようだった。
 廊下の装飾から使用人用の階段と廊下から、屋敷の主要部分に出たらしいことが分かる。
 侯爵夫人付きだから、夫人の部屋の近くにティタの部屋があるのかもしれない。

「先ほどの小瓶。ほかのメイドが所持していないかも念の為に調べた方がいいな。オベイ出来るか」

 あの鑑定結果を考えると、常用している人間が侯爵夫人とあのメイドだけとは考えにくい。エバーナの近くにいるウルク達がまともそうなのは安心だけれど、でも一応確認はしておきたい。

「畏まりました。主人に報告後、すぐに確認いたします」
「そうだな。宮殿に帰り鑑定するが、良くないものだと思う。断定はできないが」

 侯爵夫人のあの姿は異様だった。
 あれだけ見ても、あの小瓶の中身はヤバいものだと予想が付いたのだ。侯爵だって調べるのを否とは言わないだろう。

「あの部屋です。旦那様」
「殿下、お手数をお掛し申し訳ございません」

 廊下を曲がってすぐオベイが指さす部屋を見ると、ドアの前にゴレロフ侯爵が立っていた。

「尋問はどうした」
「はい。メイドの方は終わり、ティタの方はこれからです。今は殿下の護衛の方々に見張りをお願いしております」
「そうか。メイドは何か吐いたか」
「ティタの指示だったとは言っています。あれの主人はティタの様です。何を聞いてもティタ様が正しく導いたとしか言わないのです」

 自嘲気味に侯爵が話す。
ティタ様か。そう言えば、エバーナもティタだけは、さんを付けて呼んでいるな。

「その呼び方はこの家の方針か。あれは侯爵家の侍女頭とも言って差し支えない者ではあっても、実際そうではないのだろう?」

 使用人でも、執事や侍女頭や侍女は上級使用人となるから下働きなら様付けで呼ぶ場合もあるのかもしれないが、ティタはその地位にいないのだから主人の前でそうは言うのは少し違う気がする。

「オベイ、侍女頭は別にいるのだろう? 違うのか」
「はい。別におりますが、その権限はティタに移行しています」
「それは、あれが許しているのか。イシュケは母上の頃から仕えていたというのに」
「イシュケは今、ハウスメイドをしております。奥様の侍女は奥様がご実家から連れてこられたティタを始め五人で足りておりますので」

 侯爵はオベイの返事に少し考え込む様なしぐさを見せた後頭を振ってから俺の方を見た。

「殿下が仰る通り、するべき事を何一つしていなかった。父としての役割もこのゴレロフ侯爵家の主人としての役割も。死んだ父が浮かばれませんね」
「今その反省を聞いてやる暇はない。そんな後悔はあとで一人部屋でやってくれ」

 エバーナの気持ちとか、立場とか、状況とか。
 言いたいことは山程あるけれど、それを言い始めたら叱責どころで止まらなくなる。
 なんでエバーナを放っておいたとか、大切なのは死んだ恋人だけだったのかとか。今聞いても仕方ないことを聞いて責めて、自分だけが満足して終わるではきっと意味がない。
 侯爵が自分で考えて現状を理解して、現実を見なければ何も変わらない。

「エバーナとフォルードの父として、どうするのが良いのかよく考えて欲しい」
「殿下のお言葉、しかと胸に刻みます」
「では、ティタの部屋を調べよう」

 部屋に入る前に、鑑定魔法を使うか。
 さっきと同じ、いや条件を変えよう。

「使用した魔法の痕跡を残さず、発動。目の前の部屋の中。悪しき物、悪き物の場所の他、隠されている物を我の前に現せ」

 今度は頭の中で詠唱してみると、ドアを開く前に頭の中にリストが出た。
 あれ、矢印じゃない。

ティタの部屋。
寝室のベッドの下の箱:傀儡の秘薬の材料
執務室の棚の後ろの隠し棚:傀儡の秘薬
寝室の衣装棚:エバーナのドレス、エバーナの靴、悪神の像の祭壇
執務室の書棚下段の左端の本の裏:サフィニアのメモの一部
寝室の薬棚:痺れ薬、毒薬

 なんだ、これ。
 色々突っ込みどころが満載だけど。
 なんだろ、悪神の像って。
 それにサフィニアのメモの一部?

「殿下、どうかなさいましたか」
「いえ、ティタの部屋はここだけなのか、それとも他にも?」
「この部屋だけを使っています。この部屋は三室に中が別れております。執務室と応接室と寝室です」

 鑑定の結果が気になるけど、サフィニアのメモが気になる。それだけ、皆に気付かせることなく俺の腕輪の中にしまえないだろうか。
 どうしてティタがサフィニアのメモを保存してるんだ?
 何かがあるんだ、でもそれ皆に見せて大丈夫なのか?
 場所は分かるんだ。直接触らなくても、本をどかせて『サフィニアのメモの一部』を右腕に付けているアイテムボックスになった腕輪に保存』と念じたら、アイテムボックスに収納できる筈。よしそれでいこう。

「太陽の灯り、その尊い光で部屋を満たせ、点灯」

 メイドの部屋程ではないけれど、ティタの部屋も少し暗い気がする。
 応接室は十分な明かりがついていたから、一応使用人の部屋ということで灯りの魔道具の数が少ないのかもしれない。

「殿下、本当に魔力は問題ありませんか。こんなに何度も灯りの魔法を使う等、お体に負担をかけてしまいますよ。殿下はまだご経験がないやもしれませんが、魔力切れは体に負担をかけるのです。今お体はお辛くありませんか」

 リリーナ先生が心配そうに言うけれど、体は全く問題ないし疲れてもいない。
 最近魔力が増えた気がするし、イメージを強く持って魔法を使う様になってから一つ魔法を使う時に消費する魔力量が減った気がするんだよな。

「疲れた感じもしませんし、そう魔力も消費していません。もしかすると灯りの魔法と私は相性がいいのかもしれませんね」
「相性が良くても三室全部灯りの魔法で照らすなど、聞いたことがありません。まあ、今はそんな話をしている時ではありませんね。疲れたらすぐに仰ってくださいね」
「分かりました。では、手分けして部屋を確認しましょう。寝室と執務室と応接室だったな」
「はい」

 どうしようかな。俺は執務室なのは決定として、寝室と応接室。
 出来れば一人になりたいけど、難しいだろうな。

「では、部屋毎に担当を分けましょう。人の出入りがありそうな、執務室と応接室は可能性が低そうですから、寝室に三人。残り二つでを二人で。そうですね、寝室は侯爵とリリーナ先生とオベイで、君はまず応接室を急いで確認して、私がその間執務室を見ているから終わったらこちらに」
「ですが」
「五人しかいないんだ。私も動くべきだろう。それとも、私は探し物すら出来ない様に見えるのか」
「とんでもございません」

 ちょっと強引だけれど、これが一番安全だ。
 
「では、始めましょう。探す候補は、誰かが見てもすぐには分からなそうな場所、他の人が手を触れたりしそうにないところ」
「はい」

 それぞれに部屋へ移動していく。
 俺も急いで執務室へ移動する。
 時間は限られている。応接室を確認した従者がこちらに来る前に片づけなければ。
 サフィニアのメモって何なんだ。
 ドキドキしながら俺は、まず机の引き出しを確認するふりをしながら鑑定魔法を放つのだった。
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