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サフィニアのメモ
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「使用した魔法の痕跡を残さず、発動。この部屋の中。悪しき物、悪き物の場所の他、隠されている物を我の前に現せ」
心の中で詠唱して、鑑定魔法を使う。
今度は部屋の二か所に矢印が現れた。
執務室の棚の後ろの隠し棚:傀儡の秘薬
執務室の書棚下段の左端の本の裏:サフィニアのメモの一部
先程の結果と同じ、棚のところと書棚の下段の左側に矢印が来ている。
不思議すぎる鑑定魔法に関心しながら、一応引き出しの中を見てみると、手紙の束が入っていた。
「手紙。これは侯爵夫人の実家? いや、あそこはエバーソンか。この紋章はペカルルド公爵家だ。あれ、これって兄上の婚約者候補になる筈だったアンナマリー嬢の家だよな」
ゲームでは婚約者候補だったアンナマリーは、先日のお茶会の前に婚約が決まり候補から外れた。あの家の紋章だけれど、なぜその紋章で封蝋された手紙がティナの引き出しに入っているのだろう。
「そうか、侯爵夫人の母親の実家だ」
確か、現ぺカルルド公爵は侯爵夫人の母親の兄だった筈だ。
現ペカルルド公爵はちょっと野心家で、俺はあまり好きじゃない。会うたび独り言の様に嫌味を言うところも苦手な理由の一つだ。
「あそこは次の代で王家の人間と結婚しなければ侯爵に落ちるんだったな」
アンナマリーの婚約者の家は公爵家ではない。
公爵から侯爵に落ちるのがほぼ確定している場合、嫁ぎ先も公爵家ではないことが多いようだ。
侯爵に落ちた段階で、領地も一部返領となるから大変だ。
「呑気にしている場合じゃないな。手紙は一応侯爵に渡しておこう」
机の上に手紙を置いて、本命の本棚へ向かう。
まだ寝室からも応接室からも声が掛からないから、何も見つけていないんだろう。
急がなければ。
「ええと、左下の本の裏」
本を五冊まとめて抜き取り、奥へと手を伸ばす。
「なにもないな」
書棚の奥に張り付けるように紙の束があった。
それに触れたまま、さらに書棚の奥を探すふりをしながら鑑定魔法を掛ける。
サフィニアのメモの一部
サフィニアが記していたメモの一部を抜き取ったもの。
娘エバーナの事が記されているが、まだエバーナは生まれていない。
サフィニアのメモはエバーナへの手紙と共に離れの書庫に隠されている。
衝撃の事実だった。
どうやってティタがサフィニアのメモを見つけたのかも謎だけれど、メモに生まれてもいないエバーナの事が書かれているってどういう事だ。
戸惑いながらメモをアイテムボックスに収納し、下段の本をすべて出してしまう。
「可能性としては一番ありそうだったんだが」
困ったなと演技をしながら、部屋の中を見渡す。
残っているのはもう一つの矢印、でも書棚はあと三段残っている。
一応全部出してみるか、どうしよう。
無いのは分かっているけれど、さっきの手紙みたいなのもあるしなあ。
「上の二段はないか。埃もついていないし、使っている形跡がある」
確認すると、上二段は帳簿と何かの記録、使用人の身上書などの様だった。
下から二番目の段は、古い帳簿の様だ。その中に一冊気になる物があった。
「サフィニア・オレックスの学業成績書か。へえ、優秀だったんだな」
貴族学校の学業成績を収めた物だ。
これを見ると、座学だけでなく魔法もそれなりに使えていたことが分かる。
おまけに料理も得意だったようだ。
貴族の令嬢としては珍しい気がするけれど、サフィニアは子爵家の令嬢として育てられているから、下貴族の令嬢の場合はそういう事もするのかもしれない。
「他にめぼしい物はないか」
パラパラと流し読みで全部を確認しつつ、書棚に戻し終えてさてと考える。
残り二段も確認するか。
サフィニアの記録は一応さっきの手紙と共に机に置く。
「殿下応接室は特に気になるものはありませんでした」
「早かったな」
「ソファーの他は、茶器等を置いてある棚があるだけでしたから。こちらはいかがですか」
まあ、応接室はリストになかったからな。
さて、じゃあもう一つの棚にどうやって誘導しよう。
「書棚のところ、下二段は確認した。気になったのは、エバーナの母サフィニアの記録があった事。上二段は今使われている帳簿等の様だから確認はいらないかなと考えていたところ」
「さようですか、この手紙はなぜ」
「それは、侯爵夫人の母親の実家ぺカルルド公爵家の封蝋が付いていたから、ちょっと気になっただけ」
「ぺカルルド公爵ですか。なぜその手紙が使用人のティタのところに」
「まだ中身は見ていない。一応侯爵に見せてからと思ってね」
執務室の棚の後ろの隠し棚:傀儡の秘薬へどうやって従者を誘導しようと考えて、隠し棚の開け方について、鑑定してみた。
執務室の棚の後ろの隠し棚
執務室の棚の後ろ、棚を横へずらして開くと出てくる。
なんてなんとも簡単な説明が出てきた。
基本はずらすのか、でもどうやってずらそう。
「主だった家具は書棚とそちらの棚と机か。書棚の後ろとかあるのかもしれないが、動かすのは重いな。まあ、一人で動かせそうにない場所には隠しようもないか」
「そうですね」
「念の為侯爵達が戻ってきたら、動かしてみよう。後は壁に掛かっている絵画の後ろとか、そちらの棚だな。こっちは棚の中身が少ないから、二人でも動かせそうだ。こちらから見てみるか」
棚の中身を一旦外に出そうと手に掛けたら「で、殿下それは私がいたしますっ」という悲鳴の様な声が上がった。
「では、棚の上段の方を頼む、私は下をやろう」
「そうではなく。私が致しますので殿下はお休みください」
「二人でやった方が早いだろう」
棚の後ろにあの薬があると分かっていて座って指図とか、なんかじれったくて待っていられない。
「ですが、私がおりますのに殿下にそのような」
「単純作業で力もいらない。ならば私がやってもいいのではないのか? 二人でした方が効率がいいのに、私でも出来そうな事をせずに見ているだけ等時間の無駄だ」
「それはそうですが」
「この程度私が動いた程度で、陛下達も何も仰らない。だから気にするな」
躊躇する従者をなだめながら、どんどん棚の中身を外へ出していく。
こういう作業は割と得意だ。
さっきのメイドの部屋で居心地悪い思いをしていた時よりも、よっぽどいい。
やっぱり俺は王の器じゃないんだな。てっぺんにいて考えながら指示するよりも、一緒に働きながら考えていく方が向いてる気がする。
「では、今回だけは」
「そうそう。今回だけ。次があっても同じように今回だけ、それを繰り返していけばその内になれるさ」
「繰り返すおつもりですか」
「どうだろうな。それは今後のお楽しみだ」
今後どうするか、どうなるか。
それは俺の考え次第だろうからなあ。
誰が俺の下で働くのか、誰が俺に付いてくれるのか。
それは俺の今後の行動で決まるんだ。気は抜けない。
あ、それよりも。
「それよりも、申し訳なかったな」
「え、あの」
「私の失言の尻ぬぐいをさせて。君がリリーナ先生に話をしてくれたお陰で助かった」
頭に血が上っていたというより、ただ考えなしに出入りの商人を変えればいいと考えていた俺の浅はかな言葉を、従者は心配してリリーナ先生に言ってくれたのだ。
そして、ちゃんとフォローしてくれた。
それが従者の仕事とは言え、それで助かったのだからちゃんとお礼は言うべきだ。
「私の考えが足りなかった。それを気付かぬままでいたら、同じ様な間違いを何度でも繰り返しただろう。だから、ありがとう」
作業の手を止め、従者の顔を見ながら話す。
こうやってちゃんと顔を見ながら話すのは、初めてかもしれない。
俺の背が低いから視線が合わないというのもあるけれど、俺が今までちゃんと見ようとしていなかったのだ。
「いえ、とんでもございません。私はただ、メルバ前公爵夫人のご指示に従ったまでにございます」
「それでもだよ」
恐縮する従者に礼を言いながら、俺は色々足りないことがあったんだなと改めで気が付いた。
フォルードとの付き合い方を変えようとしたのと同じ、従者達への対応も変えていこうと反省したのだった。
心の中で詠唱して、鑑定魔法を使う。
今度は部屋の二か所に矢印が現れた。
執務室の棚の後ろの隠し棚:傀儡の秘薬
執務室の書棚下段の左端の本の裏:サフィニアのメモの一部
先程の結果と同じ、棚のところと書棚の下段の左側に矢印が来ている。
不思議すぎる鑑定魔法に関心しながら、一応引き出しの中を見てみると、手紙の束が入っていた。
「手紙。これは侯爵夫人の実家? いや、あそこはエバーソンか。この紋章はペカルルド公爵家だ。あれ、これって兄上の婚約者候補になる筈だったアンナマリー嬢の家だよな」
ゲームでは婚約者候補だったアンナマリーは、先日のお茶会の前に婚約が決まり候補から外れた。あの家の紋章だけれど、なぜその紋章で封蝋された手紙がティナの引き出しに入っているのだろう。
「そうか、侯爵夫人の母親の実家だ」
確か、現ぺカルルド公爵は侯爵夫人の母親の兄だった筈だ。
現ペカルルド公爵はちょっと野心家で、俺はあまり好きじゃない。会うたび独り言の様に嫌味を言うところも苦手な理由の一つだ。
「あそこは次の代で王家の人間と結婚しなければ侯爵に落ちるんだったな」
アンナマリーの婚約者の家は公爵家ではない。
公爵から侯爵に落ちるのがほぼ確定している場合、嫁ぎ先も公爵家ではないことが多いようだ。
侯爵に落ちた段階で、領地も一部返領となるから大変だ。
「呑気にしている場合じゃないな。手紙は一応侯爵に渡しておこう」
机の上に手紙を置いて、本命の本棚へ向かう。
まだ寝室からも応接室からも声が掛からないから、何も見つけていないんだろう。
急がなければ。
「ええと、左下の本の裏」
本を五冊まとめて抜き取り、奥へと手を伸ばす。
「なにもないな」
書棚の奥に張り付けるように紙の束があった。
それに触れたまま、さらに書棚の奥を探すふりをしながら鑑定魔法を掛ける。
サフィニアのメモの一部
サフィニアが記していたメモの一部を抜き取ったもの。
娘エバーナの事が記されているが、まだエバーナは生まれていない。
サフィニアのメモはエバーナへの手紙と共に離れの書庫に隠されている。
衝撃の事実だった。
どうやってティタがサフィニアのメモを見つけたのかも謎だけれど、メモに生まれてもいないエバーナの事が書かれているってどういう事だ。
戸惑いながらメモをアイテムボックスに収納し、下段の本をすべて出してしまう。
「可能性としては一番ありそうだったんだが」
困ったなと演技をしながら、部屋の中を見渡す。
残っているのはもう一つの矢印、でも書棚はあと三段残っている。
一応全部出してみるか、どうしよう。
無いのは分かっているけれど、さっきの手紙みたいなのもあるしなあ。
「上の二段はないか。埃もついていないし、使っている形跡がある」
確認すると、上二段は帳簿と何かの記録、使用人の身上書などの様だった。
下から二番目の段は、古い帳簿の様だ。その中に一冊気になる物があった。
「サフィニア・オレックスの学業成績書か。へえ、優秀だったんだな」
貴族学校の学業成績を収めた物だ。
これを見ると、座学だけでなく魔法もそれなりに使えていたことが分かる。
おまけに料理も得意だったようだ。
貴族の令嬢としては珍しい気がするけれど、サフィニアは子爵家の令嬢として育てられているから、下貴族の令嬢の場合はそういう事もするのかもしれない。
「他にめぼしい物はないか」
パラパラと流し読みで全部を確認しつつ、書棚に戻し終えてさてと考える。
残り二段も確認するか。
サフィニアの記録は一応さっきの手紙と共に机に置く。
「殿下応接室は特に気になるものはありませんでした」
「早かったな」
「ソファーの他は、茶器等を置いてある棚があるだけでしたから。こちらはいかがですか」
まあ、応接室はリストになかったからな。
さて、じゃあもう一つの棚にどうやって誘導しよう。
「書棚のところ、下二段は確認した。気になったのは、エバーナの母サフィニアの記録があった事。上二段は今使われている帳簿等の様だから確認はいらないかなと考えていたところ」
「さようですか、この手紙はなぜ」
「それは、侯爵夫人の母親の実家ぺカルルド公爵家の封蝋が付いていたから、ちょっと気になっただけ」
「ぺカルルド公爵ですか。なぜその手紙が使用人のティタのところに」
「まだ中身は見ていない。一応侯爵に見せてからと思ってね」
執務室の棚の後ろの隠し棚:傀儡の秘薬へどうやって従者を誘導しようと考えて、隠し棚の開け方について、鑑定してみた。
執務室の棚の後ろの隠し棚
執務室の棚の後ろ、棚を横へずらして開くと出てくる。
なんてなんとも簡単な説明が出てきた。
基本はずらすのか、でもどうやってずらそう。
「主だった家具は書棚とそちらの棚と机か。書棚の後ろとかあるのかもしれないが、動かすのは重いな。まあ、一人で動かせそうにない場所には隠しようもないか」
「そうですね」
「念の為侯爵達が戻ってきたら、動かしてみよう。後は壁に掛かっている絵画の後ろとか、そちらの棚だな。こっちは棚の中身が少ないから、二人でも動かせそうだ。こちらから見てみるか」
棚の中身を一旦外に出そうと手に掛けたら「で、殿下それは私がいたしますっ」という悲鳴の様な声が上がった。
「では、棚の上段の方を頼む、私は下をやろう」
「そうではなく。私が致しますので殿下はお休みください」
「二人でやった方が早いだろう」
棚の後ろにあの薬があると分かっていて座って指図とか、なんかじれったくて待っていられない。
「ですが、私がおりますのに殿下にそのような」
「単純作業で力もいらない。ならば私がやってもいいのではないのか? 二人でした方が効率がいいのに、私でも出来そうな事をせずに見ているだけ等時間の無駄だ」
「それはそうですが」
「この程度私が動いた程度で、陛下達も何も仰らない。だから気にするな」
躊躇する従者をなだめながら、どんどん棚の中身を外へ出していく。
こういう作業は割と得意だ。
さっきのメイドの部屋で居心地悪い思いをしていた時よりも、よっぽどいい。
やっぱり俺は王の器じゃないんだな。てっぺんにいて考えながら指示するよりも、一緒に働きながら考えていく方が向いてる気がする。
「では、今回だけは」
「そうそう。今回だけ。次があっても同じように今回だけ、それを繰り返していけばその内になれるさ」
「繰り返すおつもりですか」
「どうだろうな。それは今後のお楽しみだ」
今後どうするか、どうなるか。
それは俺の考え次第だろうからなあ。
誰が俺の下で働くのか、誰が俺に付いてくれるのか。
それは俺の今後の行動で決まるんだ。気は抜けない。
あ、それよりも。
「それよりも、申し訳なかったな」
「え、あの」
「私の失言の尻ぬぐいをさせて。君がリリーナ先生に話をしてくれたお陰で助かった」
頭に血が上っていたというより、ただ考えなしに出入りの商人を変えればいいと考えていた俺の浅はかな言葉を、従者は心配してリリーナ先生に言ってくれたのだ。
そして、ちゃんとフォローしてくれた。
それが従者の仕事とは言え、それで助かったのだからちゃんとお礼は言うべきだ。
「私の考えが足りなかった。それを気付かぬままでいたら、同じ様な間違いを何度でも繰り返しただろう。だから、ありがとう」
作業の手を止め、従者の顔を見ながら話す。
こうやってちゃんと顔を見ながら話すのは、初めてかもしれない。
俺の背が低いから視線が合わないというのもあるけれど、俺が今までちゃんと見ようとしていなかったのだ。
「いえ、とんでもございません。私はただ、メルバ前公爵夫人のご指示に従ったまでにございます」
「それでもだよ」
恐縮する従者に礼を言いながら、俺は色々足りないことがあったんだなと改めで気が付いた。
フォルードとの付き合い方を変えようとしたのと同じ、従者達への対応も変えていこうと反省したのだった。
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