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第十一話 馬鹿みたいだ
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家に帰ると、既に夕飯は用意されていて、僕以外の家族は食べ終えていた。遅くなるときは連絡をしろと軽く叱られたものの、それ以上の追及はなかった。
冷えた夕飯をレンジで温め直し、制服から部屋着に着替えてからそれらを食べた。
引きこもっていた間も、僕には常に家族がいた。三食の心配をしてくれる母と、ときたま外に連れ出してくれる父がいた。外部との接触を絶たれなかったことで、僕の復学が早まったのは確かだと思う。
一ノ瀬には、今まで誰かいたのだろうか。少なくともこの二週間は両親ともに家を空けていると、彼女は言っていた。
きっと彼女は、孤独に慣れてしまっている。
だって、受け入れなければ自分が壊れてしまうから。
あの扉の細工から見ても、一ノ瀬の現状に理解がないわけじゃないだろう。愛、というか親としての恩情は、少なからず注がれていると言えるかもしれない。
けれど、一ノ瀬に必要なのは多分、そんなに小難しいことではないのだと思う。ただ話を聞いているだけで感謝をされている僕には、なんとなくわかる。
食事と入浴を終えて自室に戻った頃、ずっと開きっぱなしだったノアの配信が終わっているのに気がついた。
最近、まともに配信を観れていない。いくら本人と親しくなっているとはいえ、これでは本末転倒だ。
そんなふうに自省しながら、僕は一ノ瀬とのチャット画面を開く。緊張が脳に追いつく前に親指を動かした。
『一ノ瀬、訊きたいことがある』
数秒と間をおかず、メッセージに既読の表記がついた。
『どうしたの?』
『電話、できるかな』
『え? 全然、いいよ』
『かける』
僕は考えるより先に通話ボタンを押し、耳にあてた。
呼び出し音が鳴る中、どういうアプローチを取るべきなのか思案する。
配信のことをストレートに訊ねられる状況ではないし、そもそも僕は、自分が世紀末05という名前で箱舟ノアの配信を観ていることを、たとえ死んでも知られたくない。
であるならば、話の方向性はなんとなく定まってくる。
「もしもし」
電話越しの一ノ瀬の声は、電波に乗っているからか、より一層、配信でのノアの声そのままに感じた。
「もしもし、ごめん急に」
「全然いいよ。それで、訊きたいことって?」
「ああ、えっと。……一ノ瀬って、配信とか興味ある?」
「え?」
「いや、なんて言うんだろ。外部とのコミュニケーションの練習、みたいな。実は、僕も前にやってたことがあって」
これは一種の賭けだった。
こっちから配信について肯定的な意見を出すことで、一ノ瀬が便乗してきてくれることを期待していた。もちろん、一ノ瀬が配信活動に対して後ろめたさを感じているなら、全て流される可能性だってある。
「……もしかして、あんまり配信とかそういうの、好きじゃないかな」
一ノ瀬も、どう返事をしようか迷っているのだろう。しかし、ここで考える隙を与えない方がいい気がした。
「いや、そんなことない」
「え?」
「……私も、ちょっとだけやってるの。そういう、配信みたいなやつ」
「そうだったんだ」
自分でも白々しい演技だ。にわかに湧く罪悪感を抑えるのに必死だった。これは、一ノ瀬のためだ。そうやって自分を正当化しないと、すぐに全て白状してしまいそうだった。
「それでね、そう。ちょっとこういう話を人にするの初めてで、声、震えちゃうんだけど」
平静を保っていられないのは僕も同じだった。
一ノ瀬本人の口から、箱舟ノアの名前が出るかもしれない。そう思っただけで、胸が強く締め付けられる。
けれど、ここで僕が取り乱すわけにはいかない。電話口に聞こえないよう、静かに呼吸を整えた。
「大丈夫、ゆっくりでいいよ」
「私、そこでの自分が大好きなの」
「そこでの自分……って?」
「なんて言うんだろ、配信してる間の自分は、すごく自由に感じる。毎日観に来てくれる人もいて、元気をもらってるって言ってくれて、その……暗い部屋に籠って、誰とも会えない現実の私なんかより、よっぽどちゃんとした人間だなって……」
一ノ瀬が、嗚咽を殺しながら喋っているのがわかった。聞いている自分まで目頭が熱くなる。
言いたい。それでも、仮にそれがつくられたものでも、君に救われた人間がここにいるってことを。
絶望から救ってくれたのは君だ。希望を与えてくれたのも君で、今こうして、生きる意味を与えてくれているのだって、箱舟ノアであり、一ノ瀬踏穂であるということを。
「それで、何が悪いのか僕にはわからない」
「……」
「配信での一ノ瀬だって、一ノ瀬の一部分であることに変わりはないよ。君には、そこで必要としてくれる人間がいるんでしょ? それって、とんでもなくすごいことだよ」
「……ねえ」
「何?」
「ちょっと、泣くかもしれない」
今にも崩れそうな声で、一ノ瀬が言う。と同時に、僕の右目からも、勝手に涙が一滴溢れ落ちていった。
急に通話口から何も聞こえなくなり、画面を見ると一ノ瀬はミュートボタンを押しているらしかった。泣いているところを聞かれたくないのだろう。
携帯の向こう、あの部屋で涙を流している一ノ瀬を想像して、僕も少しだけ泣いた。自分でも、馬鹿みたいだと思った。
冷えた夕飯をレンジで温め直し、制服から部屋着に着替えてからそれらを食べた。
引きこもっていた間も、僕には常に家族がいた。三食の心配をしてくれる母と、ときたま外に連れ出してくれる父がいた。外部との接触を絶たれなかったことで、僕の復学が早まったのは確かだと思う。
一ノ瀬には、今まで誰かいたのだろうか。少なくともこの二週間は両親ともに家を空けていると、彼女は言っていた。
きっと彼女は、孤独に慣れてしまっている。
だって、受け入れなければ自分が壊れてしまうから。
あの扉の細工から見ても、一ノ瀬の現状に理解がないわけじゃないだろう。愛、というか親としての恩情は、少なからず注がれていると言えるかもしれない。
けれど、一ノ瀬に必要なのは多分、そんなに小難しいことではないのだと思う。ただ話を聞いているだけで感謝をされている僕には、なんとなくわかる。
食事と入浴を終えて自室に戻った頃、ずっと開きっぱなしだったノアの配信が終わっているのに気がついた。
最近、まともに配信を観れていない。いくら本人と親しくなっているとはいえ、これでは本末転倒だ。
そんなふうに自省しながら、僕は一ノ瀬とのチャット画面を開く。緊張が脳に追いつく前に親指を動かした。
『一ノ瀬、訊きたいことがある』
数秒と間をおかず、メッセージに既読の表記がついた。
『どうしたの?』
『電話、できるかな』
『え? 全然、いいよ』
『かける』
僕は考えるより先に通話ボタンを押し、耳にあてた。
呼び出し音が鳴る中、どういうアプローチを取るべきなのか思案する。
配信のことをストレートに訊ねられる状況ではないし、そもそも僕は、自分が世紀末05という名前で箱舟ノアの配信を観ていることを、たとえ死んでも知られたくない。
であるならば、話の方向性はなんとなく定まってくる。
「もしもし」
電話越しの一ノ瀬の声は、電波に乗っているからか、より一層、配信でのノアの声そのままに感じた。
「もしもし、ごめん急に」
「全然いいよ。それで、訊きたいことって?」
「ああ、えっと。……一ノ瀬って、配信とか興味ある?」
「え?」
「いや、なんて言うんだろ。外部とのコミュニケーションの練習、みたいな。実は、僕も前にやってたことがあって」
これは一種の賭けだった。
こっちから配信について肯定的な意見を出すことで、一ノ瀬が便乗してきてくれることを期待していた。もちろん、一ノ瀬が配信活動に対して後ろめたさを感じているなら、全て流される可能性だってある。
「……もしかして、あんまり配信とかそういうの、好きじゃないかな」
一ノ瀬も、どう返事をしようか迷っているのだろう。しかし、ここで考える隙を与えない方がいい気がした。
「いや、そんなことない」
「え?」
「……私も、ちょっとだけやってるの。そういう、配信みたいなやつ」
「そうだったんだ」
自分でも白々しい演技だ。にわかに湧く罪悪感を抑えるのに必死だった。これは、一ノ瀬のためだ。そうやって自分を正当化しないと、すぐに全て白状してしまいそうだった。
「それでね、そう。ちょっとこういう話を人にするの初めてで、声、震えちゃうんだけど」
平静を保っていられないのは僕も同じだった。
一ノ瀬本人の口から、箱舟ノアの名前が出るかもしれない。そう思っただけで、胸が強く締め付けられる。
けれど、ここで僕が取り乱すわけにはいかない。電話口に聞こえないよう、静かに呼吸を整えた。
「大丈夫、ゆっくりでいいよ」
「私、そこでの自分が大好きなの」
「そこでの自分……って?」
「なんて言うんだろ、配信してる間の自分は、すごく自由に感じる。毎日観に来てくれる人もいて、元気をもらってるって言ってくれて、その……暗い部屋に籠って、誰とも会えない現実の私なんかより、よっぽどちゃんとした人間だなって……」
一ノ瀬が、嗚咽を殺しながら喋っているのがわかった。聞いている自分まで目頭が熱くなる。
言いたい。それでも、仮にそれがつくられたものでも、君に救われた人間がここにいるってことを。
絶望から救ってくれたのは君だ。希望を与えてくれたのも君で、今こうして、生きる意味を与えてくれているのだって、箱舟ノアであり、一ノ瀬踏穂であるということを。
「それで、何が悪いのか僕にはわからない」
「……」
「配信での一ノ瀬だって、一ノ瀬の一部分であることに変わりはないよ。君には、そこで必要としてくれる人間がいるんでしょ? それって、とんでもなくすごいことだよ」
「……ねえ」
「何?」
「ちょっと、泣くかもしれない」
今にも崩れそうな声で、一ノ瀬が言う。と同時に、僕の右目からも、勝手に涙が一滴溢れ落ちていった。
急に通話口から何も聞こえなくなり、画面を見ると一ノ瀬はミュートボタンを押しているらしかった。泣いているところを聞かれたくないのだろう。
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