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雪月花⑴

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「陛下。……申しわけございません。もしかしてお待たせしてしまったでしょうか」

 支度が遅くて、迎えに来させてしまったのかもしれないと思った。
 ドレスの裾を広げて持ちあげ、頭をさげる。

「仕事が早く終わったから迎えに来ただけだ。令嬢。俺にいちいち堅苦しいあいさつはしなくていい」
「……いえ、そういうわけには」
「必要ない」

 ミーシャはゆっくりと顔をあげた。目が合うと碧い瞳がやさしく弧を描いた。

「きれいだ。ドレスの色を黒にして正解だった。サファイアのネックレスとイヤリングもよく映えて、とても似合っている」
「ありがとうございます。陛下も、とてもすてきです」

 ――褒められた! 恥ずかしい……リアムの顔を見られない。

 リアムも着替えたらしい。朝の出迎えのときとは違う衣装だ。
 ミーシャが今着ているドレスと同じ、黒に近い紺色を基調とした礼服で、金色の糸で細かな刺繍がされている。威厳の中に気品があった。

「行こう」

 差し出されたリアムの手に、自分の手を重ねた。


 お披露目歓迎パーティーは、氷の宮殿内施設の一つ、『雪月花迎賓館』でおこなわれた。

 正面の重厚な扉を開ける。真紅の絨毯が敷かれている玄関ホールを進み、中央の階段をあがる。
 金箔で彩られた美しい天井画に目が奪われた。上ばかり見つめていると、この先が大ホールだとリアムが耳打ちした。

「天井画を鑑賞する余裕があるようだ」
「この美しさです。誰でも見とれてしまいます」
「緊張していないようでなにより」

 笑顔を返したが、本当はとても緊張していた。
 ミーシャとして生まれてからはずっと引きこもりで、社交の場に出ていない。
 失敗してリアムの足を引っ張らないようにしようと、気を引きしめる。

 管弦楽団が音楽を奏で、陛下が入場することを知らせる。

 両扉がゆっくりと押し開けられた。
 会場を満たす眩しい光と、想像以上の歓声と鳴りやまない拍手に出迎えられて驚いた。着飾った人々の笑顔と好奇な眼ざしが二人にそそがれる。

 ここにいる限りミーシャはリアムが選んだ妃として見られる。

 治療するために彼の傍にいると決めた。魔女は危険ではないと知ってもらうために、ミーシャは顔に笑みを貼りつけ、胸をはった。

 リアムのエスコートで、豪華な椅子がある上座へと進む。

「みんなに紹介する。彼女が我が妻となる、ミーシャ・ガーネットだ」
「みなさま、お初にお目にかかります。フルラ国から参りました。ガーネット女公爵の娘、ミーシャ・ガーネットです。よろしくお願いします」

 誰よりも早く、ジーンが大きく手を叩いた。すると列席した人からも拍手が起こる。

「雪降る中、我々のために集まってくれたことに感謝する。今日は心ゆくまで楽しんでいって欲しい」

 あいさつをすませるとリアムは「座って」とミーシャに声をかけた。

 椅子は一人掛けではなく、長椅子だった。腰かけると、ライリーとユナがドレスの袖を直していく。

「少し、あいさつをしてくる。きみはゆっくりしていて」

 返事をする前にリアムは、自分から人の輪に入っていった。
 立つタイミングを逃してしまい、しかたなく座ったまま彼を遠くから見守る。

 リアムは皇帝陛下だからとふんぞり返り、偉ぶるタイプではないようだ。
 次々と、自ら臣下に話しかけていく。あいさつしようとする人が彼のもとへと詰めかけるが、それをジーンが捌いているようだった。

 決して笑顔を振りまくわけではないが、ちゃんと一人ずつと言葉を交わしている。

 ――人見知りしていたあの子が、すっかり大人になってる。

 嬉しくて誇らしいような、少し寂しいような気持ちで胸がいっぱいになった。

「氷の皇帝は、みんなに慕われているのね」
「魔女クレアのためです。無理をなされているようですよ」

 誰も魔女には近づかないだろうと油断していた。声をかけられ、ミーシャの肩は跳ねあがった。

 振り向くと、そこにはすらりとした女の人が立っていた。
 目は大きく、少し釣り目。どこかで見たことがある気がした。

 彼女はミーシャに向かってにっこりとほほえむと、きれいなカーテシーであいさつをした。

「初めまして。わたくし、ジーン・アルベルト侯爵の妹、ナタリー・アルベルトと申します。突然話しかけた無礼をお許しください」

 彼女の美しい栗色の長い髪が、ふわりと揺れた。
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