エリート希望者の地球再生記

行倉宙華

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第三章-⑴ 昴と望と真由

拳を下ろすタイミングとは

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 俺達が十三歳、中学生になって最初の秋のことだった。
 その頃から望は身長や顔付きとかが成長し、部活でも新人ながら優秀な成績を納めるようになってた。
 きっと、目立ちすぎてしまったのだ。
 それを良く思わない上級生が望に因縁をつけて、廃工場に連れ去った。
 真由からそれを聞いた俺は、出せる限りのスピードで自転車を漕いで廃工場に向かった。


「望! 望! どこにいる!」


 町外れの無駄に広い廃工場は、望のことを見つけるのに時間がかかった。
 薄暗く、カビ臭い廊下を走りながら必死に俺は片割れを捜した。
 そして、ようやく俺が駆け付けた時には、望はまるでボロ雑巾のように地べたに転がっていた。
 全身ボロボロで、血を流して。


「……にを……何をしたあああああ!!」


 その望を見た瞬間に、俺は頭に血が上って、その上級生を殴り殴られ、そこは地獄だった。
 そんなまるっきり冷静さを欠いてしまっていた俺は、後ろから振り下ろされるナイフに気付かなかった。


「すば……る? 昴ッ……!!!!」


 あの時の、望の俺を呼ぶ声と泣き顔は忘れたことなんかなかった。
 左腕に走る激痛に俺は気を失った。
 そして、目が覚めると俺の左腕は肩より上がらなくなり、望は俺に笑わなくなって、名前を呼ばなくなった。


 ***


「こんなの大したことないんだ、普段の生活には何の問題もないんだぞ?」
「そうよ。そりゃ、残念だけど……昴は望の無事が何より大切なのよ?」


 俺と真由の問いかけに、望は俺達に目を合わせることも、ましてや返事をすることもしてはくれなかった。


「……望? このぬいぐるみを持ってるってことは、俺のことを嫌ってないって自惚れていいのか?」


 どうにか話してほしくて、こんな状況じゃなかったら殴られそうなことを、俺は望に問いかけた。
 すると、望は観念したようにため息と共に話し始めてくれた。


「……お前、俺のこと恨んでないのか」
「何で、望を恨むんだよ」
「普通恨むだろ! 左腕のこともそうだけど、双子ってだけで比べられて貧乏くじ引くのは、いつもお前だろ!」
「それをお前が言うのか……」


 望は優秀だ、中学に入ってからは特に差がついて、勉強、スポーツ、その他のことも、全てにセンスがあり、本当に優秀だった。
 そんな望と俺はいつも比べられて、劣等感や怒りがないわけじゃなかった。
 けど、そんなこと以上に……


「恨まないし、嫌わないよ。お前と俺はこの世にたった二人の双子で、澤木望は俺の弟だ。ずっと誇りだったよ」
「……は? お前、何言って……」
「本当のことよ。昴は、望のことをこれっぽっちも嫌ってないし、ずっと私に自慢しまくりよ? 望がどうした、今日は望と話せたとかさ」
「ま、真由! どこが自慢だよ!」


 俺の答えに、心底信じられないというような顔を望は向ける。
 そこになぜか畳みかけるように真由が暴露をしてきた。
 待て待て、そんなこと言えば瞬く間に望はドン引きだろが!
 けど、悲しく情けないことに、真由の言ったことは事実だ。
 望との喧嘩が絶えなくなってしばらく俺は、望の気持ちがわからなくなったことに罪悪感と焦燥で、真由に会う度に望のことを報告していた。
 隣にいたはずだったのに、前触れもなく望が俺から離れて行ったことに、ショックを隠しきれなかったんだ。
 けど、俺達の関係が悪化の一途をたどっても望が何か成し遂げれば嬉しいことはずっと変わらなかった。
 ナサニエルへ合格した時も、不安と期待がごちゃごちゃになっていた。
 環境が変われば、昔みたいな関係に戻れるかもしれないと期待していたのだ。


「……つまり、どこまでも俺の方がガキってことかよ」
「え?」
「一度しか言わねえから、聞いとけよ」
「う、うん!」


 望は面白くない、逃げ出したいという態度をまったく隠さない。
 しかし、俺と真由を睨みながらまるで釘を刺すような言い方をすると、ぽつりぽつりと話し始めたのだ。


「ガキの頃、お前だけは死なないって意味わからねえけど、思ってた。けど、お前が左腕に後遺症残して、勝手にずっと信じていたものが砕けたみたいに怒りと焦りと恐怖が一気に襲ってきた。当たり前なのにな……お前も人間で、いつかは死ぬし、怪我したら血が出るのにな」


 望は、無表情なのにとても悲しそうにそう話す。


「ガキの頃はチビで、女みたいだった俺をいつもお前は庇って怪我して……お前の隣に立ちたいってガキなりに本気で思ってた。けど、そんなことしたら、あと何回お前は俺のせいで血を流すのかって考えたら、自然とお前を避けた。けど、完全に離れるのも気に入らなくて、そのボロボロなカンガルーを持ってた」
「望……じゃあ、何で今まで……」
「それは! 一度振り上げた拳を下ろすタイミングっていうのが、いつの間にかわからなくなったんだ……」
「……タイミングか」
「お前を見ると、何だか自分の弱さを突きつけられてるようで……」
「望、双子に戻ろう」
「は?」


 十分だよ、望? お前なりに、ずっと葛藤して、答えを出そうとしてた。
 無視されたり、暴言を吐かれたり、理不尽に殴られたり、本当にいろんなことされたけど……
 その度に、お前が後悔してるような泣きそうな顔をしてた理由が、今日ようやくわかったよ。
 それに一番ひどいのは、どんなことをされても絶対嫌いになれない俺自身だ。


「今がそのタイミングだ。望、俺とお前は双子に戻るぞ」
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