エリート希望者の地球再生記

行倉宙華

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第四章-⑵ ナサニエル墜落事件の真相

大根役者と名女優の怖さ

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「……な、何があったんだ?」


 無理矢理に闇から開かれた視界と、鼻をつんざく血の臭いと、不気味なほどに静まり返った空間。
 そんな中で、ローレンさんに一番に震えながら声を絞り出したのは、まるで幽霊でも見たかのような真っ青の顔に染まったサトルだった。


「この人が……!! 急に私に襲いかかって来たの! それで抵抗して……!!」


 サトルの質問に対し、ローレンさんは大きく取り乱しながら答えた。
 そんなローレンさんの答えを、俺もサトルと同じように……いや、違うな。
 おそらく、その時の俺達は、ほとんど全員が今にも倒れそうな真っ青な顔で、そのローレンさんの話を聞いていたのではないだろうか。


「わた、し、怖くて……それで、必死で仕方なくて……!! ああ、けど、私は何てことをしてしまったの……!!」


 ローレンさんは顔を、血で真っ赤に染まった両手で覆いながら、悲痛な叫びを上げた。
 その光景を前に、誰もが足がすくんで動けなかったことだろう。
 何なんだ、これ……? 俺は今、何か悪い夢でも見ているのだろうか。
 そして、君は、どこまで未来を操れてしまうの……?


「あー、それじゃ、シャノンの話をまとめるとよ? シャノンがこの空き部屋に来た時には、すでにこいつが中で待ち構えていて、襲われた。それで、とっさに抵抗をしたと……」


 動くことも、喋ることさえも、何もできずにいた俺達……そんな俺達の輪を抜け出したのは、ゾーイだった。
 ゾーイは座り込むローレンさんと視線を合わせるようにその場にしゃがみ、ローレンさんの話の内容をまとめていく。


「え、ええ……そうよ!」
「この大量の血は?」
「ごめんなさ……!! 何度も……護身用に持っていたナイフで、何度も刺してしまって……それで、気付いたら……!!」
「大丈夫。大丈夫よ? シャノンは今のこの状況では、何一つ責められることはしていないから」


 ローレンさんは何度もゾーイの言葉に頷きながら、必死に訴えたが……すぐに我に返ったように絶望の叫びを上げる。
 そんなローレンさんにゾーイはこれ以上ないほどの穏やかな声で話しかけ、そして背中を、何度も優しく摩る。


「ああ……!! ゾオオオオオイ! 私は本当に取り返しのつかないことを……!!」
「大丈夫だから、落ち着いて?」


 ローレンさんは目に涙を浮かべ、見たこともないほど優しいゾーイの顔を安心したように、縋るように見つめる。
 ――俺には、その目の前の光景が恐ろしくてたまらなかった。


「ねえ、ところでさ……あんたの、その下手な芝居はいつ終わるの?」


 だって、君は……ゾーイは平気で人の心を奈落の底に突き落とすから。


「……は?」


 さっきまでの、まるで聖母のような声とは打って変わって、ゾーイはひどく冷淡な声をその場に響かせた。
 あまりの変わりようと、その言葉の意味に理解が追いつかないのか、とても間の抜けたローレンさんのその言葉は零れ落ちていた。
 

「ねえ、教えて? あんたを襲った相手ってのはさ、後ろに倒れてるスタイル抜群なそいつのこと?」
「は、え……? スタイルなんか、見る余裕なんて……」
「あー! そうだわ! 真っ暗で何も見えなかったんだもんね? じゃあさ、今思う存分、見なよ。あんたが滅多刺しにしたって言う、相手のこと」


 ゾーイはいつもと同じような、淡々とした態度と、少し……いや、ものすごく相手の神経を逆撫でするような口調でローレンさんに問いただす。
 すると、ローレンさんはゾーイからの質問に対し、わけがわからないと言いたげな戸惑った様子で答えたが……
 すぐにゾーイは、その言葉を遮ったかと思うと、立ち上がって、とある場所に歩く。


「キャッ!! ゾーイ、何を……!!」


 そして、今のこの鼻をつんざく匂いの大量の出血のもととなったモノを、ローレンさんの前に蹴り飛ばした。
 急な奇行ともとれるそのゾーイの行動に、ローレンさんは非難するような声を上げるが……


「よく見なよ。それが息してるように見えるの?」
「え……何のこと……?」


 それ以上にゾーイは、ローレンさんに対し、温度がなく、まるで感情の消えた言葉を浴びせた。
 それを受けたローレンさんは、若干の怯えを見せながらも、自分のハンカチで血を拭い取り、目の前のそれを見た。


「こ、これは……!?」


 そして、今までとはまるで違う、本当の絶望に染まった顔を、ローレンさんは浮かび上がらせた。


「知っているわよね? 空島にも普通にあるし……それ、マネキンよ?」


 俺はやっぱりだと悟った……ゾーイはローレンさんのことを嵌めたのだと。
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