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EP 4
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悪魔の憑依(イメチェン)
数時間後。
第15軍司令部の会議室には、作戦参謀だけでなく、後方支援を担う輜重(しちょう)兵連隊の将校や工兵隊の指揮官たちが急遽集められていた。
彼らの顔には一様に、困惑と恐怖が浮かんでいる。
「……集まったな」
上座にどっかりと腰を下ろした坂上(牟田口)が、低く凄みのある声で唸った。
かつての甲高くヒステリックな声ではない。腹の底から響く、歴戦の艦長特有の「号令」の響きだ。
「貴様らに集まってもらったのは他でもない。ウ号(インパール)作戦における、兵站計画の全面的な再構築についてだ」
輜重兵の将校たちがビクッと肩を揺らす。
これまでの牟田口司令官といえば、「弾がなければ銃剣で戦え」「食料は現地で調達せよ」と、彼ら兵站部門を最も軽視してきた張本人である。それが突然「全面再構築」と言い出したのだから、明日は槍が降るのではないかと本気で疑っていた。
「よいか。これまで本軍は、現地での徴発――いや、ハッキリ言おう。略奪を前提として作戦を立ててきた。だが、本日からこれを一切禁ずる」
「き、禁ずる、でありますか!?」
兵站参謀の一人が悲鳴のように声を上げた。
「閣下! 我々にはインパールまでの数百キロを踏破するだけのトラックも、駄馬も足りておりません! 現地調達を禁じられれば、将兵は餓死してしまいます!」
その言葉に、坂上はゆっくりと立ち上がった。
そして、白板の代わりに壁に掛けられた巨大な黒板の前に立ち、チョークを握りしめた。
「だから、発想を変えるのだ。兵士に『歩きながら運ばせる』から無理が生じる」
カツ、カツ、とチョークが小気味よい音を立てる。
坂上が黒板に描き出したのは、ジャングルの進軍ルートと、等間隔に配置された複数の「点」だった。
「現代の……いや、これからの戦の基本は『ハブ・アンド・スポーク』だ。部隊の進撃に先んじて、夜間のうちにチンドウィン川の水運と、少数精鋭の工兵隊を使い、ルート上に極秘の『事前集積所(キャッシュ)』を構築する」
「じ、事前集積所……?」
「そうだ。一人が一度に運べる量は知れている。だが、部隊が到達する予定のポイントに、あらかじめ数日分の弾薬と糧食が埋めてあればどうなる?」
将校たちは息を呑んだ。
「……兵は、最小限の装備で、最速の進軍が可能になります」
「その通りだ」
坂上はチョークをへし折るほどの力で黒板を叩いた。
「牛に荷車を引かせてチンタラ歩くのではない。荷物は先に置いておく。兵は手ぶらで走り、拠点で補給を受け、また走る。これを繰り返してインパールまで駆け抜けるのだ」
それは、現代の物流システムや、特殊部隊の作戦では常識とされる手法だった。
だが、この時代の、しかも「精神論」が蔓延る日本陸軍においては、異星人の技術を聞かされているに等しい衝撃があった。
「しかし閣下、それらの拠点まで物資を運ぶ手段が……」
「壊れて放置されているトラックをすべて解体しろ。エンジンが死んでいても、車軸とサスペンションが生きているなら、それを荷車に移植しろ。木の車輪より何倍もマシだ。工兵隊の総力を結集して、悪路に耐える『最強のリヤカー』をでっち上げろ」
坂上の脳内には、自衛隊の災害派遣で培われた「ありあわせの機材で泥海を突破するノウハウ」が渦巻いていた。
「さらに、ジャングルの植生を分析し、食べられる植物と毒草のリストを全部隊に徹底させろ。マニュアル化だ。勘で食わせるな。病原菌対策として、生水は絶対に飲ませるな。必ず煮沸しろ。違反した者は、その上官ごと私が直接殴り飛ばす」
矢継ぎ早に放たれる、極めて合理的で、冷徹なまでの生存戦略。
将校たちは、目の前の男が本当にあの「牟田口廉也」なのか疑い始めていた。
以前の彼なら、「日本兵は草食動物だからジャングルでも生きていける」などと狂気じみた発言を平気でしていたのだ。
それが今、誰よりも兵の生存確率と補給の計算に執着している。
まるで――合理主義という名の悪魔に憑依(イメチェン)されたかのように。
(……よし、なんとか形にはなりそうだ)
周囲の圧倒された空気を読み取り、坂上は内心で安堵の息をついた。
冷や汗で軍服の背中がベタベタと張り付く。背中の仁王が、汗疹(あせも)になりそうで気持ち悪い。
猛烈にコーヒーキャンディを噛み砕きたかったが、今は我慢するしかない。この「理にかなった恐怖の独裁者」というキャラクターを崩すわけにはいかないのだ。
「いいか、貴様ら」
坂上はダメ押しとばかりに、作戦室の全員を睨みつけた。
北辰一刀流の達人が放つ、本物の「殺気」。
空気が凍り、数人の将校が思わず後ずさる。
「……俺は、一兵たりとも無駄死にはさせん。餓死などという無能の極みで部下を殺した指揮官は、俺が軍法会議にかける前に腹を切らせる。補給を繋げ。命を繋げ。それが、貴様ら後方部隊の『最大の戦い』だと思え」
「は、ハッ!!」
ビリビリと空気が震えるほどの、一斉の敬礼。
彼らの目には、もはや侮蔑の色はなかった。恐怖と、そしてわずかながらの「希望」の光が宿っていた。
作戦は過酷極まる。しかし、この狂気の沙汰を「理詰め」で突破しようとする司令官がいれば、あるいは――。
その時だった。
作戦室の重い木の扉が、乱暴に蹴り開けられた。
バンッ!! と凄まじい音が響く。
「司令官閣下はおられるかッ!!」
怒声と共に現れたのは、土埃にまみれた軍服を着た、鋭い目つきの男だった。
その顔を見るなり、久野村参謀長が顔を引き攣らせる。
「さ、佐藤中将……! 何故ここに!?」
第31師団長、佐藤賢了(さとう けんりょう)。
史実において、牟田口の狂気の作戦に最後まで反対し、インパール戦線で「補給なき軍は戦うべからず」として、日本陸軍史上初となる「独断撤退」を決行した男。
いわば、牟田口にとって最大の政敵であり、最も扱いづらい猛将である。
佐藤は、周囲の空気に構うことなく、大股で坂上(牟田口)の前にズカズカと歩み寄った。
その手は、腰の軍刀の柄にかけられている。一触即発。
「牟田口閣下。こんなふざけた作戦(インパールへの進軍)、我が第31師団は絶対に承服できん。兵を犬死にさせるつもりか。今すぐ大本営に中止の電報を打たれよ!」
作戦室が、水を打ったように静まり返った。
史実通りの牟田口であれば、ここで顔を真っ赤にして「抗命か!」と怒鳴り散らし、決定的な亀裂が入る場面だ。
だが。
坂上真一は、ゆっくりと腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。
(来たか、一番の『常識人』が。……この男なら、話が通じる)
「……待っていたぞ、佐藤」
静かな、しかし確かな威圧感を込めた坂上の声が、佐藤の怒声をピタリと止めた。
現代最強のロジスティクスと、帝国陸軍随一の反逆児。
二人の運命の歯車が、今、完全に噛み合おうとしていた。
数時間後。
第15軍司令部の会議室には、作戦参謀だけでなく、後方支援を担う輜重(しちょう)兵連隊の将校や工兵隊の指揮官たちが急遽集められていた。
彼らの顔には一様に、困惑と恐怖が浮かんでいる。
「……集まったな」
上座にどっかりと腰を下ろした坂上(牟田口)が、低く凄みのある声で唸った。
かつての甲高くヒステリックな声ではない。腹の底から響く、歴戦の艦長特有の「号令」の響きだ。
「貴様らに集まってもらったのは他でもない。ウ号(インパール)作戦における、兵站計画の全面的な再構築についてだ」
輜重兵の将校たちがビクッと肩を揺らす。
これまでの牟田口司令官といえば、「弾がなければ銃剣で戦え」「食料は現地で調達せよ」と、彼ら兵站部門を最も軽視してきた張本人である。それが突然「全面再構築」と言い出したのだから、明日は槍が降るのではないかと本気で疑っていた。
「よいか。これまで本軍は、現地での徴発――いや、ハッキリ言おう。略奪を前提として作戦を立ててきた。だが、本日からこれを一切禁ずる」
「き、禁ずる、でありますか!?」
兵站参謀の一人が悲鳴のように声を上げた。
「閣下! 我々にはインパールまでの数百キロを踏破するだけのトラックも、駄馬も足りておりません! 現地調達を禁じられれば、将兵は餓死してしまいます!」
その言葉に、坂上はゆっくりと立ち上がった。
そして、白板の代わりに壁に掛けられた巨大な黒板の前に立ち、チョークを握りしめた。
「だから、発想を変えるのだ。兵士に『歩きながら運ばせる』から無理が生じる」
カツ、カツ、とチョークが小気味よい音を立てる。
坂上が黒板に描き出したのは、ジャングルの進軍ルートと、等間隔に配置された複数の「点」だった。
「現代の……いや、これからの戦の基本は『ハブ・アンド・スポーク』だ。部隊の進撃に先んじて、夜間のうちにチンドウィン川の水運と、少数精鋭の工兵隊を使い、ルート上に極秘の『事前集積所(キャッシュ)』を構築する」
「じ、事前集積所……?」
「そうだ。一人が一度に運べる量は知れている。だが、部隊が到達する予定のポイントに、あらかじめ数日分の弾薬と糧食が埋めてあればどうなる?」
将校たちは息を呑んだ。
「……兵は、最小限の装備で、最速の進軍が可能になります」
「その通りだ」
坂上はチョークをへし折るほどの力で黒板を叩いた。
「牛に荷車を引かせてチンタラ歩くのではない。荷物は先に置いておく。兵は手ぶらで走り、拠点で補給を受け、また走る。これを繰り返してインパールまで駆け抜けるのだ」
それは、現代の物流システムや、特殊部隊の作戦では常識とされる手法だった。
だが、この時代の、しかも「精神論」が蔓延る日本陸軍においては、異星人の技術を聞かされているに等しい衝撃があった。
「しかし閣下、それらの拠点まで物資を運ぶ手段が……」
「壊れて放置されているトラックをすべて解体しろ。エンジンが死んでいても、車軸とサスペンションが生きているなら、それを荷車に移植しろ。木の車輪より何倍もマシだ。工兵隊の総力を結集して、悪路に耐える『最強のリヤカー』をでっち上げろ」
坂上の脳内には、自衛隊の災害派遣で培われた「ありあわせの機材で泥海を突破するノウハウ」が渦巻いていた。
「さらに、ジャングルの植生を分析し、食べられる植物と毒草のリストを全部隊に徹底させろ。マニュアル化だ。勘で食わせるな。病原菌対策として、生水は絶対に飲ませるな。必ず煮沸しろ。違反した者は、その上官ごと私が直接殴り飛ばす」
矢継ぎ早に放たれる、極めて合理的で、冷徹なまでの生存戦略。
将校たちは、目の前の男が本当にあの「牟田口廉也」なのか疑い始めていた。
以前の彼なら、「日本兵は草食動物だからジャングルでも生きていける」などと狂気じみた発言を平気でしていたのだ。
それが今、誰よりも兵の生存確率と補給の計算に執着している。
まるで――合理主義という名の悪魔に憑依(イメチェン)されたかのように。
(……よし、なんとか形にはなりそうだ)
周囲の圧倒された空気を読み取り、坂上は内心で安堵の息をついた。
冷や汗で軍服の背中がベタベタと張り付く。背中の仁王が、汗疹(あせも)になりそうで気持ち悪い。
猛烈にコーヒーキャンディを噛み砕きたかったが、今は我慢するしかない。この「理にかなった恐怖の独裁者」というキャラクターを崩すわけにはいかないのだ。
「いいか、貴様ら」
坂上はダメ押しとばかりに、作戦室の全員を睨みつけた。
北辰一刀流の達人が放つ、本物の「殺気」。
空気が凍り、数人の将校が思わず後ずさる。
「……俺は、一兵たりとも無駄死にはさせん。餓死などという無能の極みで部下を殺した指揮官は、俺が軍法会議にかける前に腹を切らせる。補給を繋げ。命を繋げ。それが、貴様ら後方部隊の『最大の戦い』だと思え」
「は、ハッ!!」
ビリビリと空気が震えるほどの、一斉の敬礼。
彼らの目には、もはや侮蔑の色はなかった。恐怖と、そしてわずかながらの「希望」の光が宿っていた。
作戦は過酷極まる。しかし、この狂気の沙汰を「理詰め」で突破しようとする司令官がいれば、あるいは――。
その時だった。
作戦室の重い木の扉が、乱暴に蹴り開けられた。
バンッ!! と凄まじい音が響く。
「司令官閣下はおられるかッ!!」
怒声と共に現れたのは、土埃にまみれた軍服を着た、鋭い目つきの男だった。
その顔を見るなり、久野村参謀長が顔を引き攣らせる。
「さ、佐藤中将……! 何故ここに!?」
第31師団長、佐藤賢了(さとう けんりょう)。
史実において、牟田口の狂気の作戦に最後まで反対し、インパール戦線で「補給なき軍は戦うべからず」として、日本陸軍史上初となる「独断撤退」を決行した男。
いわば、牟田口にとって最大の政敵であり、最も扱いづらい猛将である。
佐藤は、周囲の空気に構うことなく、大股で坂上(牟田口)の前にズカズカと歩み寄った。
その手は、腰の軍刀の柄にかけられている。一触即発。
「牟田口閣下。こんなふざけた作戦(インパールへの進軍)、我が第31師団は絶対に承服できん。兵を犬死にさせるつもりか。今すぐ大本営に中止の電報を打たれよ!」
作戦室が、水を打ったように静まり返った。
史実通りの牟田口であれば、ここで顔を真っ赤にして「抗命か!」と怒鳴り散らし、決定的な亀裂が入る場面だ。
だが。
坂上真一は、ゆっくりと腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。
(来たか、一番の『常識人』が。……この男なら、話が通じる)
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