3 / 46
EP 3
しおりを挟む
ポポロ村の少女と、甘いイチゴ飴
小鳥のさえずりと、温かな朝日で目が覚めた。
硬い地面の感触はない。背中には柔らかい布の感覚がある。
「うっ……」
重いまぶたを持ち上げると、そこは見知らぬ木造の天井だった。
昨日、トラックに押し潰されたアパートの天井ではない。森の木々でもない。
「あ、気が付かれましたか?」
枕元から、鈴を転がしたような可愛らしい声が聞こえた。
太郎が驚いて視線を向けると、そこには一人の少女が座っていた。
栗色の髪を二つに結び、素朴だが清潔感のある服を着ている。大きな瞳が心配そうに太郎を覗き込んでいた。
「え? ここは? ……君は誰?」
「私はサリー。ここはポポロ村で、私の家です。村の前で貴方が倒れていて、お父さんに運んでもらったんです」
少女――サリーは、安心させるように微笑んだ。
「そうか……助けてくれて、ありがとう。僕は佐藤太郎」
太郎は身体を起こしながら、まじまじと彼女を見た。
(可愛い……。歳は16歳くらいかな? アイドルみたいだけど、もっと自然で素直な感じだ)
「太郎さん、ですか。……太郎さんは不思議な格好をしているんですね。どこから来たんですか?」
サリーは太郎のパーカーとジーンズを珍しそうに見つめている。
この世界――アナステシアの住人から見れば、ジーンズの生地も、パーカーのファスナーも未知のオーパーツだろう。
太郎は少し迷ったが、嘘をつくのも気が引けて、正直に話すことにした。
「えっと……信じてもらえないかもしれないけど、僕は『日本』っていう別の世界にある国から来て、女神によってこの世界に来たんだ。スキルを貰ってね」
「まあ! 別の世界……女神様……」
サリーは目を丸くしたが、疑う様子はなく、むしろ感心したように手を合わせた。
「珍しいですねぇ。スキルだなんて、どんなスキルなんですか?」
「えっと、そうだな……」
言葉で説明するより見せた方が早いだろう。
太郎は空中にウィンドウを呼び出した。サリーにはウィンドウ自体は見えていないようだが、太郎が空中の何かを操作しているのは分かったようだ。
『食品』カテゴリから、『駄菓子・飴』を選択する。
【 昔ながらのイチゴ飴(袋入り):100P 】
[購入しますか? YES]
太郎の手のひらに、ピンク色の個包装された飴の袋が現れた。
袋を開け、一粒取り出してサリーに差し出す。
「はい。これ、イチゴ飴っていうんだ。美味しいよ」
「これは……宝石みたい」
サリーは恐る恐る、そのピンク色の玉を受け取ると、口に運んだ。
コロコロと口の中で転がす。次の瞬間、彼女の表情が花が咲いたように輝いた。
「んんっ! 美味しいぃ……! 甘いぃ……!」
砂糖が貴重なこの世界において、現代の精製された砂糖と香料を使った飴の味は、衝撃的な甘美さだったのだろう。サリーは頬を紅潮させて喜んでいる。
「良かった。口に合ったみたいで」
太郎もつられて笑顔になった。
と、その時。サリーが太郎の腕を見て「あ」と声を上げた。
「太郎さん、擦り傷がありますね。森で怪我をしたんですか?」
昨夜、夢中で逃げ回った時に枝で切った無数の傷跡が、腕や顔に残っていた。
「じっとしていてくださいね」
サリーは太郎の腕にそっと手をかざした。
「――癒やしの光よ、傷を塞ぎたまえ。『ヒール』」
彼女の手のひらが淡い緑色の光に包まれる。
じんわりとした温かさが太郎の腕に染み渡り、みるみるうちに切り傷が塞がっていった。痛みも消えていく。
「す、凄い……! これって魔法?」
「えへへ、簡単な傷くらいなら治せちゃいます。私、これでも教会で少し勉強したんですよ」
サリーは少し照れくさそうにはにかんだ。
「ありがとう、サリーさん。助かったよ」
「……『さん』は止めて下さい、太郎さん」
サリーは少し唇を尖らせて、上目遣いに太郎を見た。
「命の恩人とかじゃなくて、私、太郎さんとお友達になりたいですから。だから、サリーでいいです」
その真っ直ぐな視線に、太郎はドキリとした。
恋愛経験ゼロの彼にとって、こんなに可愛い女の子に至近距離で見つめられるのは刺激が強すぎる。
「う、うん。分かった。……ありがとう、サリー」
「はい! どういたしまして、太郎さん!」
二人が微笑み合っていると、部屋の外からドカドカと重い足音が近づいてくるのが聞こえた。
「おーい、サリー! 拾った男は目を覚ましたか!?」
野太い声と共に扉が開かれようとしていた。サリーの父親だろうか。
太郎の異世界生活二日目は、穏やかに、しかし賑やかに始まりそうだった。
小鳥のさえずりと、温かな朝日で目が覚めた。
硬い地面の感触はない。背中には柔らかい布の感覚がある。
「うっ……」
重いまぶたを持ち上げると、そこは見知らぬ木造の天井だった。
昨日、トラックに押し潰されたアパートの天井ではない。森の木々でもない。
「あ、気が付かれましたか?」
枕元から、鈴を転がしたような可愛らしい声が聞こえた。
太郎が驚いて視線を向けると、そこには一人の少女が座っていた。
栗色の髪を二つに結び、素朴だが清潔感のある服を着ている。大きな瞳が心配そうに太郎を覗き込んでいた。
「え? ここは? ……君は誰?」
「私はサリー。ここはポポロ村で、私の家です。村の前で貴方が倒れていて、お父さんに運んでもらったんです」
少女――サリーは、安心させるように微笑んだ。
「そうか……助けてくれて、ありがとう。僕は佐藤太郎」
太郎は身体を起こしながら、まじまじと彼女を見た。
(可愛い……。歳は16歳くらいかな? アイドルみたいだけど、もっと自然で素直な感じだ)
「太郎さん、ですか。……太郎さんは不思議な格好をしているんですね。どこから来たんですか?」
サリーは太郎のパーカーとジーンズを珍しそうに見つめている。
この世界――アナステシアの住人から見れば、ジーンズの生地も、パーカーのファスナーも未知のオーパーツだろう。
太郎は少し迷ったが、嘘をつくのも気が引けて、正直に話すことにした。
「えっと……信じてもらえないかもしれないけど、僕は『日本』っていう別の世界にある国から来て、女神によってこの世界に来たんだ。スキルを貰ってね」
「まあ! 別の世界……女神様……」
サリーは目を丸くしたが、疑う様子はなく、むしろ感心したように手を合わせた。
「珍しいですねぇ。スキルだなんて、どんなスキルなんですか?」
「えっと、そうだな……」
言葉で説明するより見せた方が早いだろう。
太郎は空中にウィンドウを呼び出した。サリーにはウィンドウ自体は見えていないようだが、太郎が空中の何かを操作しているのは分かったようだ。
『食品』カテゴリから、『駄菓子・飴』を選択する。
【 昔ながらのイチゴ飴(袋入り):100P 】
[購入しますか? YES]
太郎の手のひらに、ピンク色の個包装された飴の袋が現れた。
袋を開け、一粒取り出してサリーに差し出す。
「はい。これ、イチゴ飴っていうんだ。美味しいよ」
「これは……宝石みたい」
サリーは恐る恐る、そのピンク色の玉を受け取ると、口に運んだ。
コロコロと口の中で転がす。次の瞬間、彼女の表情が花が咲いたように輝いた。
「んんっ! 美味しいぃ……! 甘いぃ……!」
砂糖が貴重なこの世界において、現代の精製された砂糖と香料を使った飴の味は、衝撃的な甘美さだったのだろう。サリーは頬を紅潮させて喜んでいる。
「良かった。口に合ったみたいで」
太郎もつられて笑顔になった。
と、その時。サリーが太郎の腕を見て「あ」と声を上げた。
「太郎さん、擦り傷がありますね。森で怪我をしたんですか?」
昨夜、夢中で逃げ回った時に枝で切った無数の傷跡が、腕や顔に残っていた。
「じっとしていてくださいね」
サリーは太郎の腕にそっと手をかざした。
「――癒やしの光よ、傷を塞ぎたまえ。『ヒール』」
彼女の手のひらが淡い緑色の光に包まれる。
じんわりとした温かさが太郎の腕に染み渡り、みるみるうちに切り傷が塞がっていった。痛みも消えていく。
「す、凄い……! これって魔法?」
「えへへ、簡単な傷くらいなら治せちゃいます。私、これでも教会で少し勉強したんですよ」
サリーは少し照れくさそうにはにかんだ。
「ありがとう、サリーさん。助かったよ」
「……『さん』は止めて下さい、太郎さん」
サリーは少し唇を尖らせて、上目遣いに太郎を見た。
「命の恩人とかじゃなくて、私、太郎さんとお友達になりたいですから。だから、サリーでいいです」
その真っ直ぐな視線に、太郎はドキリとした。
恋愛経験ゼロの彼にとって、こんなに可愛い女の子に至近距離で見つめられるのは刺激が強すぎる。
「う、うん。分かった。……ありがとう、サリー」
「はい! どういたしまして、太郎さん!」
二人が微笑み合っていると、部屋の外からドカドカと重い足音が近づいてくるのが聞こえた。
「おーい、サリー! 拾った男は目を覚ましたか!?」
野太い声と共に扉が開かれようとしていた。サリーの父親だろうか。
太郎の異世界生活二日目は、穏やかに、しかし賑やかに始まりそうだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる