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EP 29

英雄誕生、空の王者を堕とす光
『キシャアアアア！！』
空気を切り裂くような金切り声と共に、グリフィンが急降下を開始した。
その鉤爪（かぎづめ）は、岩をも砕く凶器だ。
「弓兵隊！ 迎え討て！ 奴を降ろさせるな！」
冒険者のリーダーが叫ぶ。
残った弓兵たちが一斉に矢を放つが、グリフィンの鋼のような羽根と筋肉の前では、爪楊枝ほどの効果もなかった。矢は虚しく弾かれ、折れる。
「ハァァァァッ！！」
ライザが瓦礫を足場に跳躍し、空中のグリフィンに斬りかかる。
だが、空の王者は翼をひと羽ばたきさせ、軽々と上昇して剣撃をかわした。
「くっ……！」
ライザが地面に着地する。地上の剣士にとって、空を飛ぶ敵ほど厄介なものはない。
「どうする！？ 上空だと動きが読めない！ 必殺の矢を放っても避けられる！」
太郎は弓を構えたまま歯噛みした。
あの矢は強力だが、誘導機能はない。外せば次はないし、村に被害が出る可能性もある。
その時、ライザが太郎の元へ駆け寄った。
「太郎さん！ あの『赤い光』を貸して下さい！」
「えっ？ 赤い光？」
「あの時、魔狼を苛立たせたあの道具です！」
太郎はハッとした。
「ライザ！？ それでどうするつもりなんだ？」
「信じてください！」
太郎はポーチからレーザーポインターを取り出し、ライザに投げ渡した。
ライザはそれを受け取ると、上空で旋回し次の獲物を探しているグリフィンに向け、スイッチを押した。
チカッ。
赤いレーザー光が、グリフィンの鋭い瞳を執拗に照射する。
『ギャッ！？』
グリフィンが不快そうに顔を振る。だが、光はしつこく目にまとわりつく。
本能的な不快感。高潔な空の王者は、自分を愚弄するその小さな光の源――地上に立つ女剣士に激しい怒りを覚えた。
『キシャアアア！！』
グリフィンは理性を失い、単調な軌道でライザに狙いを定めた。
一直線の急降下攻撃。
「来ました……！」
ライザは逃げない。ギリギリまで引きつける。
巨大な鉤爪がライザの体を捉えようとした、その刹那。
「ハッ！！」
ライザは紙一重で身を捻り、回避と同時に回転の遠心力を乗せた一撃を放った。狙うは胴体ではなく、飛翔の要。
ザンッ！！
「ギャギャッ！？」
鋼の翼が断ち切られ、鮮血が舞う。
バランスを失ったグリフィンは、きりもみ回転しながら地面に激突した。
土煙を上げてのたうち回るが、片翼を失った王者はもう飛べない。
「今よ！ 合わせるわ！」
救護所から戻ってきていたサリーが、杖を突き出す。
「雷よ、かの者に天の裁きを！ 『サンダー・シュート』！！」
バチバチバチッ！！
青白い電撃が一直線に走り、グリフィンの身体を貫いた。
『ギギギギッ……！』
感電による麻痺で、グリフィンの動きが完全に止まった。
翼を失い、動きを封じられた今、それはただの「的」だった。

必殺の時が来た……

太郎は弓を構え、漆黒の矢――安全ピンを抜いた「必殺の矢」をつがえた。
風が止まる。
ライザが、サリーが、そして固唾を呑んで見守る冒険者たちが、太郎の背中を見ている。
「この一撃に……かける！」
弦が指から離れた。
シュッ！！
矢は吸い込まれるように、動けないグリフィンの胸板へと突き刺さった。
一瞬の静寂。
そして――。
カッ！
ドゴォォォォォォォォンッッ！！！
本日二度目の、そして最大級の爆発がルルカ村を揺るがした。
グリフィンの上半身が消し飛び、紅蓮の炎が空高く舞い上がる。
圧倒的な暴力。絶対的な破壊。
爆風が収まると、そこには黒焦げになったグリフィンの下半身だけが残されていた。
「…………」
呆然とする静寂の中、誰かが呟いた。
「やった……」
その声は波紋のように広がった。
「やった！ グリフィンを倒したぞぉぉぉ！」
「すげぇぇぇ！ あの兄ちゃん、何者だ！？」
「やったあああ！」
サリーが太郎に抱きつく。ライザも剣を掲げて勝利を祝った。
「お見事です、太郎さん！」
「あ、あぁ……勝ったんだね」
歓声の中心で、太郎は弓を下ろした。
ただの大学生、コンビニバイトの佐藤太郎。
彼が、異世界の人々を守り、その名を轟かせる「英雄」への第一歩を踏み出した瞬間だった。