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EP 4
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悪徳商法と、押されたハンコ
「行ってきます……。いいか、絶対に、絶っっっ対に、誰も家に入れるなよ……!」
翌朝。春太は玄関のドアノブを掴み、血を吐くような思いで警告した。
昨夜の「8万5千円すき焼き事件」のショックで、足取りは亡霊のように重い。
「はい、ハルタ様! いってらっしゃいませ!」
「……チッ。まだいたのか、社畜」
ルナの笑顔とネギオの舌打ちに見送られ、春太は出勤した。
彼がいなくなった部屋で、ルナは鼻歌交じりに掃除(という名の破壊活動)を始めようとしていた。
――ピンポーン。
午前10時。インターホンが鳴った。
「あら、お客様かしら?」
春太の「誰も入れるな」という遺言は、ルナの脳内で「おもてなししろ」に変換されていた。
彼女が迷いなくドアを開けると、そこには営業スマイルを張り付けたスーツの男が立っていた。
「こんにちは! この地域の通信環境の点検に参りました~。奥様、今なら最新の高性能パソコンがお安くなってまして……」
訪問販売員(悪徳)である。
ターゲットは情弱な老人か主婦。だが、目の前に現れたのは、世間知らずの異世界姫だった。
「ぱそこん? それは何ですの?」
「ええっ、ご存じない? これは『魔法の箱』ですよ! 世界中の知識が手に入り、生活がバラ色になるんです!」
男は言葉巧みに、在庫処分の型落ちゲーミングPCセット(定価50万円・ローン金利15%)のパンフレットを広げた。
「魔法の箱……! これがあれば、ハルタ様もお仕事が楽になるかしら?」
「もちろんですとも! 旦那様も大喜び間違いなし! ……で、契約にはハンコが必要なんですが」
男が契約書を差し出す。
ルナはポンと手を叩いた。
「ハンコならありますわ! さっき掃除していたら、タンスの奥から『実印』と書かれた立派なハンコが出てきたんです!」
「(実印!? ラッキー!!)あ、じゃあそれをここにポチッと……」
ポン。
朱肉の鮮やかな赤色が、契約書に刻まれた。
春太が車を買うために大切にしまっていた実印が、今、火を噴いたのである。
「契約成立です! 商品は車に積んであるので、すぐに設置しますね!」
男がガッツポーズをした、その時。
「……ほう。随分と大きな箱だな」
奥からネギオがぬらりと現れた。
男はギョッとしたが、ネギオは男を無視し、搬入されたPCのスペック表を鋭い目つきでスキャンした。
「CPUはCore i9、GPUはRTX4090……。ふむ、悪くない演算能力だ」
「え、あ、詳しいんですね……(なんだこのコスプレ男は)」
「おい、貴様。この箱で、世界中の人間に『映像』を送ることは可能か?」
「へ? あ、はい。配信とかできますけど……」
ネギオの目が怪しく光った。
(なるほど。この箱を使えば、姫様の尊いお姿を世界中に流し、愚民どもを洗脳(ファン化)できるわけか……。世界征服の第一歩として悪くない)
「採用だ。置いていけ」
「は、はい! まいどありー!」
男は逃げるように去っていった。
残されたのは、巨大なタワー型PCと、モニター3枚。そして、50万円のローン契約書。
「ネギオ、どうやって動かすの?」
「ご安心を。回線工事など待っていられません」
ネギオは指先をLANポートに突き刺した。
バチバチバチッ!
「私の根を街の光ファイバー網に直接侵入(ハッキング)させ、物理的に接続しました。通信速度は爆速です」
「まあ、すごーい!」
夜8時。
春太が帰宅すると、玄関が段ボールの山で埋め尽くされていた。
「……は?」
思考停止。
リビングに入ると、そこはNASAの指令室のようになっていた。
トリプルディスプレイが青白く光り、ゲーミングチェアにルナが優雅に座っている。
「おかえりなさい、ハルタ様! 見てください、魔法の箱です!」
「え、なにこれ。どういうこと……?」
春太の視線が、テーブルの上に置かれた一枚の紙に吸い寄せられる。
『売買契約書』。
金額:548,000円(税込・分割手数料込)。
そして、そこには見覚えのある、自分の実印がくっきりと押されていた。
「あ……あ……」
春太の膝から力が抜けた。
和牛(8万)が可愛く見える。桁が違う。これは、シャレにならないやつだ。
「ハルタ様?」
「ルナちゃん……これ、誰が買ったの……?」
「私がハルタ様のハンコを押しました! これでハルタ様も楽になりますよね?」
満面の笑み。一点の曇りもない善意。
春太は泡を吹いて倒れそうになったが、ネギオが肩を掴んで無理やり立たせた。
「喜べ、虫。この機材で、これから『世界征服』を始める」
「クーリングオフだああああああ!! 今すぐ電話してキャンセル……」
「無駄だ。すでに箱は開封し、私の体液で冷却システムを改造済みだ。返品などできん」
「改造するなアアアアア!!」
春太の絶叫が、夜の世田谷区に木霊(こだま)する。
「50万……俺のボーナスが……消えた……」
項垂(うなだ)れる春太をよそに、ネギオは慣れた手つきで配信ソフトを立ち上げた。
「さあ、姫様。カメラに向かって笑ってください。まずはこの狭い島国から、愚民どもを跪かせてやりましょう」
「よく分からないけど、わかったわ!」
地獄の借金生活と共に、伝説の天然Vtuber「ルナちゃん」の配信が、今まさに始まろうとしていた。
「行ってきます……。いいか、絶対に、絶っっっ対に、誰も家に入れるなよ……!」
翌朝。春太は玄関のドアノブを掴み、血を吐くような思いで警告した。
昨夜の「8万5千円すき焼き事件」のショックで、足取りは亡霊のように重い。
「はい、ハルタ様! いってらっしゃいませ!」
「……チッ。まだいたのか、社畜」
ルナの笑顔とネギオの舌打ちに見送られ、春太は出勤した。
彼がいなくなった部屋で、ルナは鼻歌交じりに掃除(という名の破壊活動)を始めようとしていた。
――ピンポーン。
午前10時。インターホンが鳴った。
「あら、お客様かしら?」
春太の「誰も入れるな」という遺言は、ルナの脳内で「おもてなししろ」に変換されていた。
彼女が迷いなくドアを開けると、そこには営業スマイルを張り付けたスーツの男が立っていた。
「こんにちは! この地域の通信環境の点検に参りました~。奥様、今なら最新の高性能パソコンがお安くなってまして……」
訪問販売員(悪徳)である。
ターゲットは情弱な老人か主婦。だが、目の前に現れたのは、世間知らずの異世界姫だった。
「ぱそこん? それは何ですの?」
「ええっ、ご存じない? これは『魔法の箱』ですよ! 世界中の知識が手に入り、生活がバラ色になるんです!」
男は言葉巧みに、在庫処分の型落ちゲーミングPCセット(定価50万円・ローン金利15%)のパンフレットを広げた。
「魔法の箱……! これがあれば、ハルタ様もお仕事が楽になるかしら?」
「もちろんですとも! 旦那様も大喜び間違いなし! ……で、契約にはハンコが必要なんですが」
男が契約書を差し出す。
ルナはポンと手を叩いた。
「ハンコならありますわ! さっき掃除していたら、タンスの奥から『実印』と書かれた立派なハンコが出てきたんです!」
「(実印!? ラッキー!!)あ、じゃあそれをここにポチッと……」
ポン。
朱肉の鮮やかな赤色が、契約書に刻まれた。
春太が車を買うために大切にしまっていた実印が、今、火を噴いたのである。
「契約成立です! 商品は車に積んであるので、すぐに設置しますね!」
男がガッツポーズをした、その時。
「……ほう。随分と大きな箱だな」
奥からネギオがぬらりと現れた。
男はギョッとしたが、ネギオは男を無視し、搬入されたPCのスペック表を鋭い目つきでスキャンした。
「CPUはCore i9、GPUはRTX4090……。ふむ、悪くない演算能力だ」
「え、あ、詳しいんですね……(なんだこのコスプレ男は)」
「おい、貴様。この箱で、世界中の人間に『映像』を送ることは可能か?」
「へ? あ、はい。配信とかできますけど……」
ネギオの目が怪しく光った。
(なるほど。この箱を使えば、姫様の尊いお姿を世界中に流し、愚民どもを洗脳(ファン化)できるわけか……。世界征服の第一歩として悪くない)
「採用だ。置いていけ」
「は、はい! まいどありー!」
男は逃げるように去っていった。
残されたのは、巨大なタワー型PCと、モニター3枚。そして、50万円のローン契約書。
「ネギオ、どうやって動かすの?」
「ご安心を。回線工事など待っていられません」
ネギオは指先をLANポートに突き刺した。
バチバチバチッ!
「私の根を街の光ファイバー網に直接侵入(ハッキング)させ、物理的に接続しました。通信速度は爆速です」
「まあ、すごーい!」
夜8時。
春太が帰宅すると、玄関が段ボールの山で埋め尽くされていた。
「……は?」
思考停止。
リビングに入ると、そこはNASAの指令室のようになっていた。
トリプルディスプレイが青白く光り、ゲーミングチェアにルナが優雅に座っている。
「おかえりなさい、ハルタ様! 見てください、魔法の箱です!」
「え、なにこれ。どういうこと……?」
春太の視線が、テーブルの上に置かれた一枚の紙に吸い寄せられる。
『売買契約書』。
金額:548,000円(税込・分割手数料込)。
そして、そこには見覚えのある、自分の実印がくっきりと押されていた。
「あ……あ……」
春太の膝から力が抜けた。
和牛(8万)が可愛く見える。桁が違う。これは、シャレにならないやつだ。
「ハルタ様?」
「ルナちゃん……これ、誰が買ったの……?」
「私がハルタ様のハンコを押しました! これでハルタ様も楽になりますよね?」
満面の笑み。一点の曇りもない善意。
春太は泡を吹いて倒れそうになったが、ネギオが肩を掴んで無理やり立たせた。
「喜べ、虫。この機材で、これから『世界征服』を始める」
「クーリングオフだああああああ!! 今すぐ電話してキャンセル……」
「無駄だ。すでに箱は開封し、私の体液で冷却システムを改造済みだ。返品などできん」
「改造するなアアアアア!!」
春太の絶叫が、夜の世田谷区に木霊(こだま)する。
「50万……俺のボーナスが……消えた……」
項垂(うなだ)れる春太をよそに、ネギオは慣れた手つきで配信ソフトを立ち上げた。
「さあ、姫様。カメラに向かって笑ってください。まずはこの狭い島国から、愚民どもを跪かせてやりましょう」
「よく分からないけど、わかったわ!」
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