方向音痴の姫様を拾ったら、俺のクレジットカードで勝手に和牛を買われた件 〜植物執事が特攻服で内閣府へ迎えに来る、胃痛MAXの同居生活〜

月神世一

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第二章 春太マグロ漁船に乗せられる

EP 3

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限界ダイビング
 インド洋の真っ只中。
 空は突き抜けるように青く、海はどこまでも深い碧色を湛えていた。
 それは本来、リゾートで眺めるべき美しい景色だった。
「……マグロ……マグロ……マグロ……」
 しかし、甲板に立つ春太の目には、その美しさは映っていなかった。
 彼の瞳は光を失い、焦点が合っていない。
 乗船から三週間。
 朝4時に叩き起こされ、延縄(はえなわ)を引き上げ、暴れるマグロを締め、血抜きをし、冷凍庫へ運ぶ。
 食事は5分。睡眠は細切れの4時間。
 そのループが、公務員として生きてきた春太の軟弱な精神を、ヤスリで削るように磨り減らしていた。
「おい新入り! 次だ! 次の網が来るぞ!」
「あ、はい……マグロ……はい……」
 春太は機械のように動いた。
 手袋をしていても、指先はボロボロだ。体中から魚の生臭さが消えない。
 ふと、海面を見下ろす。
 キラキラと光る波間。
 そこを、イルカの群れが気持ちよさそうに泳いでいくのが見えた。
(……いいなぁ)
 春太の脳内で、プツンと何かが切れる音がした。
(あいつらは自由だ。始末書も書かなくていい。借金もない。マグロを運ばなくてもいい)
(俺も……魚になりたい)
 春太は、ロープを握っていた手を離した。
 そして、ふらふらと手すりに近づく。
「おい! 何やってんだ新入り! 危ねえぞ!」
 船長の怒号が遠くに聞こえる。
 春太は空を見上げ、満面の(壊れた)笑みを浮かべた。
「もう嫌だァァァァァ!! 俺は人間をやめるぞォォォォォ!!」
 ザッ!!
 春太は手すりを乗り越え、何のためらいもなくインド洋へと身を投げた。
 
 ドッパァァァン!!
 水しぶきが高く上がる。
 冷たい海水が全身を包み込む。ああ、自由だ。これで明日から働かなくていい――。
「まあっ!」
 その瞬間、後部甲板で優雅に紅茶を飲んでいたルナが、カップを置いた。
「ハルタ様ったら! お仕事が終わったのね! 待ちきれずに海水浴だなんて、大胆ですわ!」
 彼女の目には、春太の決死のダイブが「リゾート満喫の飛び込み」にしか見えていなかった。
「私も行きますわ! 待っていてください、ハルタ様!」
 ルナはパラソルを放り投げ、白いワンピースのまま、優雅なフォームで飛び込んだ。
 
 ザブゥゥゥン!!
 春太を追って、水中に消える金髪の美女。
「おいおいおい! 嬢ちゃんまで飛び込みやがったぞ!?」
「止める間もなかった……!」
 漁師たちが騒然とする中、一人残されたネギオは、深いため息をついた。
「はぁ……。私の主は、なぜこうも『後先』という概念がないのか」
 ネギオは呆れ顔で、懐から数種類の植物の種を取り出した。
 そして、それを海面にパラパラと撒く。
「仕方ありません。……回収(サルベージ)しますか」
 ネギオが指を鳴らす。
 海面に落ちた種が、瞬時に発芽し、爆発的に成長した。
 ボコッ! ボコボコッ!
 現れたのは、直径5メートルはある巨大な**オオオニバス(蓮の葉)**だ。それは天然のゴムボートのように海面に浮かんだ。
「船長。我々はここで下船します。これまでのマグロ(肥料)に感謝を」
 ネギオは船長に一礼すると、躊躇なく船から飛び降り、巨大な蓮の葉の上にスタッと着地した。
 ブオオォォォン……
 『第十八根性丸』は、急には止まれない。
 呆気にとられる船員たちを残し、船はどんどん遠ざかっていく。
 海面にプカプカと浮かぶ春太とルナ。
 そして、それを見下ろす蓮の葉の上のネギオ。
「……あ、あれ?」
 春太が正気に戻り、顔を上げた。
 目の前には、見渡す限りの大海原。そして遠ざかる船。
「ふ、船……? 行っちゃった……?」
「ハルタ様! 気持ちいいですね! 次はどこへ泳いで行きますか?」
「お待たせしました、遭難者の皆様。この葉っぱにお乗りください」
 春太の顔色が、青から白へ、そして土気色へと変わっていく。
「う、嘘だろ……。ここインド洋のど真ん中だぞ……?」
「自由になりたいと仰ったではありませんか。望み通りですよ」
 ネギオの手によって、春太は水浸しのまま葉っぱの上に引き上げられた。
 絶海の孤島ならぬ、絶海の葉っぱ。
 太陽がジリジリと肌を焼く。
「……詰んだ」
 春太は空を仰いだ。
 マグロ漁船からの脱出は成功した。しかし、その代償は「住所:太平洋(漂流中)」への変更だった。
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