119 / 184
第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ05
しおりを挟む晴天の元、魔王城の庭園では魔族には珍しくなく、人間には珍しい花々が咲き誇っていた。
その庭園に、トピアリーの中に二人、足を踏み入れる。
イェンはリーベを抱えて青年は片手に大きな袋を抱えて。
先日エルが現れた際は慌ただしさのため花なんて見る余裕もなかったが、改めてその広く丁寧に整備された庭園をぐるっと見渡し、青年は感銘の声を漏らす。
「ここの庭師はいい仕事をするな」
「そりゃどうも。今度本人に伝えておくよ」
ため息混じりにイェンがそう言ってリーベを抱え直す。
「おぶい紐でもあればな」
青年の言葉にイェンは「何それ?」と言いながら再度リーベを抱え直す。
リーベはリーベで外の景色にテンションが上がっているのかその亜麻色の瞳をキラキラと輝かせ、きょろきょろと辺りを見回し落ち着かない。
「コラおてんばお嬢ちゃん、良い子だからちょっと大人しくしてくれよ落としちゃうだろう」
この愛らしくほっぺをピンクに染めたぷくぷくむにむにお嬢さまはここ数日すっかり元気だ。
青年が初めてこの小さなお姫さまを抱き上げた時の赤ん坊特有の心地良い重さを思い出す。今でもそうだがけれど違う、綿のような軽さと、痩せこけた細さはどこへやら、このむちむち体型がそれを現している。
(食欲旺盛だもんなぁ。て言ってもいくらなんでも回復早過ぎないか?)
最初の頃はミルクを戻してしまうリーベにどうしたものかと心配したが、今ではすっかりお気に入りの味となっており、こっちが心配するほど飲み続けるようになっていた。
おそらくこのちっこい体も生きようと必死なのだろう。
(まぁなにはともあれ元気なのが一番だよな)
「まいったどうしよ、このお姫さま」
持て余すイェンの姿に青年はくすっと笑って「おぶい紐でもあればいいんだけどな」とリーベへ手を伸ばして抱っこを代わる。
「おぶい紐?」
リーベと交換で袋を受け取りながら聞きなれないその単語にイェンは首を傾げた。
「赤ん坊を紐で背中とか前でこう抱っこしたりおんぶしたり出来るようにするんだよ。紐で支えれば手が空くから疲れないし、赤ん坊も落ちないから安心だろう?」
「あぁそういうこと、あー待ってもしかしたら何か代わりになりそうなもん入れて」
イェンは袋の中をあさって何かないかと探しながら
「そうださっきの部屋に関する事だけど」
「んー?」
リーベを空高く抱き上げ、きゃっきゃっと笑うリーベに青年の頬もゆるむ。
「さっきはハクイ様がいる手前引き受けちゃったけどさ、あの部屋ってあくまでその子の部屋であって、アンタって一応その子のお世話係みたいなもんだよね?」
「んー? それが?」
「お世話係の都合の良い部屋にするのってなんかおかしくない?」
青年はリーベを空高く抱き上げたまま、イェンの方を見て固まった。
「…………確かに」
「その子があの部屋気に入ってるぽいのにさ、アンタの好きなように変えるのってどうなの? その子の部屋なのに」
「……確かに」
畳み掛けるように投げかけられた言葉にぐうの根も出ない。
ブリキの玩具のようにぎこちない動きでリーベへ向き直り、青年はしまったと。
そのままゆっくりとリーベを胸に抱きかかえ、己の身勝手さ、立場を分かっていない言動に。
(あぁつい、この浮かれ頭!)
「確かにその通りだわ……駄目だなこういうところがホント、俺の悪いとこだわ」
「まぁでもその世話役にとって使い勝手が悪いってならそれはそれで問題だし、僕はあそこで寝起きしてないけど、アンタは寝起きもしてる訳だし、どうする?」
「そこまで言っておいてどうするも何もあのままでいいよもう。考えてみたらお姫さまが気に入っているのに変えちゃうなんて可哀想だ」
「寝台は?」
「しばらくお伽噺気分を味わうのも悪くないよな」
「良かったじゃあ全部あのままってことで」
気分良く鼻歌をうたいだすイェン。
「あぁないわ、おぶい紐に出来そうなの無い」
そして止まる鼻歌。諦めて袋を締め紐を持って肩に担ぐ。
「しょうがない。次に出掛ける時はなんか用意しとくよ」
「そっかそうだな。ありがとう」
「いえいえ」
二人は気を取り直して歩き出す。
ぽかぽかの陽気はまさにお散歩日和。庭園のその整備された見事なまでのトピアリーの中をゆっくりと歩いて、リーベが瞳を輝かす姿に青年まで嬉しくなる。と、リーベが自身の首に下げられているそれに気付いた。
「あ、まずい」
案の定、首から下げた魔晶石を口の中へ入れようと
「まてまてまてまてまて‼︎」
2
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる