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最果ての森編
幕間 マンティコアの最期
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ワレは強者だ。体力、瞬発力、攻撃力、そして知力といったあらゆる面において、魔物の中で上位に位置しているという自負がある。
だが、この森には、強者が多い。特にワレの縄張りがある森の深部には、その上位の奴等がわらわらいるのだ。相対的に、ワレは中位ほどの魔物となってしまう。縄張りが侵されないか、常に張り詰めた緊張感を身に纏い、隙あらば狙ってくる奴等を撃退する日々だ。無論、ワレも奴等の命とその縄張りを狙っている。
そのような中で、一際存在感を放つ者がいる。驚くべきことに、森の一部を切り開き、家を建て、畑を造り、そこに住んでいるのだ。その者はニンゲンの姿をしているが、ワレには分かる。アレは、生き物の頂点に立つ者だ。命を狙うなどおこがましい。アレは、絶対強者なのだ。バケモノなのだ。この森で、アレに敵う者などいない。
だが、ワレの自負が囁く。このままでよいのかと。このまま、アレには勝てないと諦め、中位の魔物として神経をすり減らす日々でよいのかと。ワレは考えるようになった。想像するようになった。倒すのは難しくとも、アレの鼻を明かせたら、どんなに気分が良いだろうと。
ワレはすぐに行動に移した。アレの隙がないか探した。弱点がないか観察した。だが決して不用意に近づくことはない。知力の高いワレは、いずれ来たるその時までは隠伏すべきと知っているのだ。
アレを観察するようになって、どれくらい経っただろうか。いつの間にかワレの縄張りがアレの拠点近くへと移り、それでもなお、アレの弱点は見つけられず、歯噛みする日々を送っていた。
変化は突然だった。
ある日、森の中で急に大きな力を感じた。すると、アレがいきなり飛んだ。大きな力の方へ向かったようだ。何が起きているのだろうか。気にはなったが、ワレは用心深いのだ。しばらく縄張りで様子を見ることにした。
緊張を滲ませ待つこと数分。アレが戻って来た。腕に何かを抱えている。ニンゲンの赤子か?アレには及ばないが、体に大きな力を秘めている。突然現れた力の正体は、アレが腕に抱える赤子だったようだ。
···美味そうだ。あの柔らかそうな肉、そして体には大きな力。あの赤子を喰らえば、ワレは強者として一段階上へと進化できるだろう。
それからワレは考えた。どうしたらあの赤子を手に入れられるだろうか。喰らいたい。あの柔らかそうな肉を味わいたい。生きたまま喰らえば、恐怖と痛みで泣き叫ぶ声が、極上のスパイスとなるだろう。ああ、どうしても喰らいたい。
だが、赤子のそばにはアレがいる。アレの目を盗んで、赤子を連れ去ることは出来ないだろうか。子守に注意が向いていたら、多少の隙が生まれるやもしれん。今まで以上に、注意深く観察するのだ。
どうやら、他の魔物も大きな力に気づいていたようだ。それもそうだ。あれだけの大きな力に気づけない者は、ここでは生きていけない。
奴等も、それぞれの動きに出た。これまで通りアレには近づかない者、赤子を気にしながらも静観する者、そして赤子を狙う者。狙っているのは、ワレだけではないのだ。
だが幸いなことに、ワレの縄張りはアレの拠点に近い。赤子を手にするのは、この強者たるワレなのだ。
どうやら、今日は家の外に出るようだ。ククッ、あちらの動きが丸見えではないか。
今日も赤子は美味そうだ。早く喰らいたい。だが今日はアレの他に、もう一人ニンゲンの姿をした白いバケモノがいる。時々見かける、アレの仲間だ。せっかく外に出ているが、バケモノが二人では分が悪い。今回はまだ様子を見るにとどめようか。
今日は赤子が外に出ているということもあってか、他の魔物がワレの縄張りに侵入して見に来ているようだ。蹴散らしたいが、赤子とバケモノ達から目を離せず、奴等を追い払えない。忌々しい。
赤子は、魔法を教わっているようだ。アレの仲間の白いバケモノが木に向かって魔法を放った。それを真似するのだろう。
赤子が手を前に出す。目を瞑っているのか?それでは相手が動けば当たらんだろう。まあ、ワレくらいの強者になれば、先程白いバケモノが放った魔法くらい簡単に避けられるがな。赤子の手が丁度こちらを向いているが、何の恐怖も感じない。殺気がカケラも無い赤子の魔法に、どこに恐怖することがあろうか。
魔法を放った後に、隙ができないだろうか。まあ、今はバケモノが二人いるからな。今日が無理でも、いつか必ず喰らってやる。ワレは強者だ。上位の魔物なのだ。あの赤子を糧にして、さらなる高みへと登るのだ。そう改めて決意し、赤子を見据える。
赤子が魔法を放つようだ。ククッ、奴等も見ているな。ここはワレが華麗に避けるのを見せつけてやろう。上位の魔物たる自負をもって、避けて···え?
ここで、マンティコアの意識は途切れる。
余談だが、マンティコアの動きは以前からジルに筒抜けだった。もちろん、ウィルを狙っていることも。そのため、遠からずジルに狩られる運命にあったが、過剰な自尊心がその命を縮めてしまった。
ウィルを狙っていた他の魔物達は、マンティコアが瞬殺されたことに驚く。しかもそれをジルではなく、まだ小さい赤ん坊であるウィルがやったのだ。このことは森の魔物達に大きな衝撃を与え、恐怖させた。
赤ん坊を狙えば、殺気すら感じさせず殺されるのではないか。それはまずい。赤ん坊も、近づいてはならない存在だったのだ!
全身を様々な色で光らせ始めた赤ん坊に、得体の知れない恐ろしさを感じる。こ、今度は一体何をする気なのだ。···今からなら、間に合うかもしれない。取り返しのつかなくなる前に、赤ん坊から離れるのだ···!
ウィルを狙っていた魔物達は、背後にビクビクしながら自分の縄張りへと戻って行った。
こうして、森は落ち着きを取り戻したのだった。
だが、この森には、強者が多い。特にワレの縄張りがある森の深部には、その上位の奴等がわらわらいるのだ。相対的に、ワレは中位ほどの魔物となってしまう。縄張りが侵されないか、常に張り詰めた緊張感を身に纏い、隙あらば狙ってくる奴等を撃退する日々だ。無論、ワレも奴等の命とその縄張りを狙っている。
そのような中で、一際存在感を放つ者がいる。驚くべきことに、森の一部を切り開き、家を建て、畑を造り、そこに住んでいるのだ。その者はニンゲンの姿をしているが、ワレには分かる。アレは、生き物の頂点に立つ者だ。命を狙うなどおこがましい。アレは、絶対強者なのだ。バケモノなのだ。この森で、アレに敵う者などいない。
だが、ワレの自負が囁く。このままでよいのかと。このまま、アレには勝てないと諦め、中位の魔物として神経をすり減らす日々でよいのかと。ワレは考えるようになった。想像するようになった。倒すのは難しくとも、アレの鼻を明かせたら、どんなに気分が良いだろうと。
ワレはすぐに行動に移した。アレの隙がないか探した。弱点がないか観察した。だが決して不用意に近づくことはない。知力の高いワレは、いずれ来たるその時までは隠伏すべきと知っているのだ。
アレを観察するようになって、どれくらい経っただろうか。いつの間にかワレの縄張りがアレの拠点近くへと移り、それでもなお、アレの弱点は見つけられず、歯噛みする日々を送っていた。
変化は突然だった。
ある日、森の中で急に大きな力を感じた。すると、アレがいきなり飛んだ。大きな力の方へ向かったようだ。何が起きているのだろうか。気にはなったが、ワレは用心深いのだ。しばらく縄張りで様子を見ることにした。
緊張を滲ませ待つこと数分。アレが戻って来た。腕に何かを抱えている。ニンゲンの赤子か?アレには及ばないが、体に大きな力を秘めている。突然現れた力の正体は、アレが腕に抱える赤子だったようだ。
···美味そうだ。あの柔らかそうな肉、そして体には大きな力。あの赤子を喰らえば、ワレは強者として一段階上へと進化できるだろう。
それからワレは考えた。どうしたらあの赤子を手に入れられるだろうか。喰らいたい。あの柔らかそうな肉を味わいたい。生きたまま喰らえば、恐怖と痛みで泣き叫ぶ声が、極上のスパイスとなるだろう。ああ、どうしても喰らいたい。
だが、赤子のそばにはアレがいる。アレの目を盗んで、赤子を連れ去ることは出来ないだろうか。子守に注意が向いていたら、多少の隙が生まれるやもしれん。今まで以上に、注意深く観察するのだ。
どうやら、他の魔物も大きな力に気づいていたようだ。それもそうだ。あれだけの大きな力に気づけない者は、ここでは生きていけない。
奴等も、それぞれの動きに出た。これまで通りアレには近づかない者、赤子を気にしながらも静観する者、そして赤子を狙う者。狙っているのは、ワレだけではないのだ。
だが幸いなことに、ワレの縄張りはアレの拠点に近い。赤子を手にするのは、この強者たるワレなのだ。
どうやら、今日は家の外に出るようだ。ククッ、あちらの動きが丸見えではないか。
今日も赤子は美味そうだ。早く喰らいたい。だが今日はアレの他に、もう一人ニンゲンの姿をした白いバケモノがいる。時々見かける、アレの仲間だ。せっかく外に出ているが、バケモノが二人では分が悪い。今回はまだ様子を見るにとどめようか。
今日は赤子が外に出ているということもあってか、他の魔物がワレの縄張りに侵入して見に来ているようだ。蹴散らしたいが、赤子とバケモノ達から目を離せず、奴等を追い払えない。忌々しい。
赤子は、魔法を教わっているようだ。アレの仲間の白いバケモノが木に向かって魔法を放った。それを真似するのだろう。
赤子が手を前に出す。目を瞑っているのか?それでは相手が動けば当たらんだろう。まあ、ワレくらいの強者になれば、先程白いバケモノが放った魔法くらい簡単に避けられるがな。赤子の手が丁度こちらを向いているが、何の恐怖も感じない。殺気がカケラも無い赤子の魔法に、どこに恐怖することがあろうか。
魔法を放った後に、隙ができないだろうか。まあ、今はバケモノが二人いるからな。今日が無理でも、いつか必ず喰らってやる。ワレは強者だ。上位の魔物なのだ。あの赤子を糧にして、さらなる高みへと登るのだ。そう改めて決意し、赤子を見据える。
赤子が魔法を放つようだ。ククッ、奴等も見ているな。ここはワレが華麗に避けるのを見せつけてやろう。上位の魔物たる自負をもって、避けて···え?
ここで、マンティコアの意識は途切れる。
余談だが、マンティコアの動きは以前からジルに筒抜けだった。もちろん、ウィルを狙っていることも。そのため、遠からずジルに狩られる運命にあったが、過剰な自尊心がその命を縮めてしまった。
ウィルを狙っていた他の魔物達は、マンティコアが瞬殺されたことに驚く。しかもそれをジルではなく、まだ小さい赤ん坊であるウィルがやったのだ。このことは森の魔物達に大きな衝撃を与え、恐怖させた。
赤ん坊を狙えば、殺気すら感じさせず殺されるのではないか。それはまずい。赤ん坊も、近づいてはならない存在だったのだ!
全身を様々な色で光らせ始めた赤ん坊に、得体の知れない恐ろしさを感じる。こ、今度は一体何をする気なのだ。···今からなら、間に合うかもしれない。取り返しのつかなくなる前に、赤ん坊から離れるのだ···!
ウィルを狙っていた魔物達は、背後にビクビクしながら自分の縄張りへと戻って行った。
こうして、森は落ち着きを取り戻したのだった。
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