転生したらドラゴンに拾われた

hiro

文字の大きさ
48 / 115
最果ての森編

46. ヴァーテマリーナ

しおりを挟む
「ふふ、これは楽しくなってくるね」

 嬉々として壁を融解させるライ。もはや、無事な壁はどこにもない。···ライは、ストレスでもたまっていたのだろうか。

「···そろそろ昼飯にするか」

 そんなライに若干引きながら、ジルが言う。

「あ、もうそんな時間なんだね。ふふ、夢中になってしまったよ」

 爽やかな笑顔でライが振り返る。ファイアショットを撃ちまくっていたのに、汗ひとつかいていない。爽やかイケメンの辞書には、汗という文字はないのか。
 昨日から冷や汗がものすごい僕は、なんだか納得のいかない気持ちになる。···僕だって、ライがくれたこの服があれば、いつも爽やかでクールな一歳児なのだ。
 そんなどうでもいいことを気にしながら、家の中へと戻る。

「ジル、何か手伝えることはあるかい?」

 ライはこの間、料理を手伝いたいって言ってたからね。早速お手伝いをするようだ。

「ああ、助かる」

 ジルがそう言い、二人でキッチンへ入っていく。僕も行きたいけど、まだ何もできないからリビングで待つことにする。
 ···身長って、どうやったら早く伸びるのだろうか。リイン様がくれた成長力促進のスキルは、身体的な成長にも適応されるのかな?よく分からないから、とりあえず今できることをしよう。僕は、大きくなあれ、大きくなあれと自分に念じながら二人を待った。


「ふふ、ウィル君、お待たせ」

 スラリとした長身で、爽やかでクールな大人になっている僕を妄想してむふふ、と笑っていると、ライがニコニコしながらやって来た。お手伝いできて、嬉しかったのかな?

「今日のお昼はお魚だよ。昨日、リーナさんが来たんだってね?」

 目の前に置かれたお皿に、妄想が瞬時にかき消されるほど注意を引かれる。なにこれ、めちゃくちゃいい匂いがする···!これはあれだよね、バターと醤油という、最高コンビの香りだよね!このコンビによって味付けされたら、食材の美味しさが一段も二段も増すんだ!

「ふふ、リーナさんの話はご飯の後が良さそうだね」

 完全に香りに捕らわれてしまった僕を見て、ライが笑う。だって、これは仕方ないと思うんだ。バター醤油を目の前にして、他のことを気にするなんて、僕にはできない。
 あ、そうだ。香りに慣れたら平気になるのだろうか。···そういえば、自分の体臭は、自分には分からないんだっけ。だったら、僕がバター醤油の体臭になればいい。それには、僕がバター醤油を身にまとう必要があるな。···うーん、それだとバター醤油がもったいない。

 バター醤油の香りを放つ、爽やかでクールな大人になるのは諦めて、目の前の料理を食べることにする。うんうん、やっぱり美味しいね!魚本来の味ももちろん美味しいけど、それをバター醤油が引き立てている。味も香りも、本当に最高だ。これは食が進む。特に、炭水化物が食べたくなる。僕は、魚を食べ、パンをもぐもぐ食べ、また魚を食べるというのを繰り返した。

 気がついたら、魚もパンも、あと少しだった。危うく、勢いづいて一気に食べてしまうところだった。危なかったあ、とよく分からない安堵感を抱きながら、スープをいただく。野菜たっぷりのスープだ。あっさり目の味付けで、それぞれの野菜の味わいを楽しみながら食べる。

 最後は、名残惜しい気持ちになりながら、魚とパンを食べきった。
 
「ふふ、ウィル君、一生懸命食べていたね。美味しかったかい?」

「あう!」

 身に着けたいくらい、美味しかったです。

「魚の味付けをしたのは、ライだ」

 ジルの言葉に驚く。あの素晴らしいコンビネーションは、ライによるものだったのだ。

「おいちい!」

 ライにぱちぱちと拍手をする。

「ふふ、ありがとう。ジルが分量を教えてくれたからできたんだ」

 ライが照れくさそうに笑った。ライらしい、謙虚なセリフだ。僕も、こんなふうに驕らない人になりたい。

 
 昼食の後は、リビングでまったりする。そういえば、リーナさんの話がなんとかってライが言っていた気がする。

「あ、そんなに重要な話というわけではないんだけどね」

 もう香りには惑わされないぞ、とキリッとした顔で聞く姿勢になっている僕に、ライが言う。

「ただ、この間はこの森の周辺の国についてだけ話をしたからね。この機会に、リーナさんの国について軽く触れておこうと思ったんだ」

 そういうことか。僕は普通の顔に戻す。

「ふふ、リーナさんのいる国は、ここから一番遠い場所、つまり大陸の最西端にあるんだ」

 僕の顔を見てちょっと笑ったライが話し出す。

「国名は、ソルツァンテというんだ。数十年前までは他国の従属国だったんだけどね、地理的に難しいこともあって、実質的にはその国の主権の実効力はほとんどなかったんだ」

 ライが世界地図を開く。大陸の一番西の地域は、山が多いようだ。

「ここは険しい山脈が連なる場所でね、管理しようにも大変で、ほとんど自治区域のようなものだったんだ。そんな地域で収益となっていたのは、入り組んだ入り江での漁だったんだよ」

 入り組んだ···?つまり、リアス式海岸のような感じだろうか。

「だけど、入り江にも当然魔物はやって来る。漁師というのも、命懸けの職業だったんだ」

 おお···海の魔物と戦うお仕事なのか。

「そんな場所にふらりとやって来たのが、リーナさんなんだ。彼女はお人好しだからね、魔物に苦戦している漁師が安全に漁に出られるように、協力したんだよ」

 そうだったのか。リーナさん、いい人そうだったもんな。

「リーナさんは養殖場を造ったんだ。魔物が入って来れないような、しっかりとした養殖場をね」

 ほえー!すごいな。今までは、造ろうにも魔物がいて出来なかったとか?そもそも、そんな発想すらなかった可能性もある。

「そしたら、あっという間に大陸でも随一の養殖業生産量を誇るようになってね、経済が発展し、人口が大幅に増えたんだ」

 ほうほう。好景気って感じだ。

「でも人が増えても、養殖場の数には限りがあるからね。そのうち、人手が余り始めたんだ」

 なんと。人が多くて仕事が足りなくなったのか。

「そこでリーナさんが目をつけたのが、お米なんだよ。昔から細々と栽培されていたようなんだけどね、なにしろ山が多くて平地は少ないから、生産量は多くはなかったんだ」

 田んぼは平らじゃないといけないからね。平地が少ないなら、どうしたのだろうか。

「リーナさんは、山を切り開いて田んぼにすることにしたんだよ。余った人手を開墾事業にまわしてね」

 山で田んぼ?つまり、棚田か!

「幸い、山からの湧き水や気候が良かったみたいでね。山での稲作は大成功したんだ。そしてお米の生産量は、今では大陸一だよ」

 す、すごい···!リーナさん、すごすぎない?ドラゴンのトップともなると、チートを地で行くのだろうか。

「そんな経緯もあって、独立国家として認められるようになったのが数十年前。リーナさんは政治には関与していないものの、ソルツァンテ建国の母として英雄視されていて、今でも色々と忙しくしているみたいだよ」

 ···ん?ということは、昨日、一国の母が、僕の母親になりそうだったってこと?僕が、国と同列に並んじゃうところだったってこと?あ、危なかったあ···!
 ジルがリーナさんに、「無理をするな」と言って断っていた。僕は冷や汗を拭いながら、ジルの優しさに心の底から感謝した。
しおりを挟む
感想 380

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。 享年は25歳。 周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。 25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...