逆デスゲーム

母の言葉

　俺はサトシさんとドローンの方へ走った。
　恐怖に立ち向かう方が気が楽だった。
　俯いたまま、俺以外の誰かが死んでからでは遅いと思った。

　『誰かが困っているときは迷わずに手を差し伸べてね
　そうしないで傷つくよりも、そうして傷つく方が
　貴方を強くするから』
　母の言葉が脳裏に浮かんだ。
　自己犠牲が過ぎる母だと思う。
　でも、父親の居ない俺の目標になるには十分な強い母だ。
　
　「怖くないのか？」
　走りながらサトシさんが俺に問いかける。
　「怖いに決まっています。でも、母をがっかりさせたくないんです」
　「お母さんか、偉いなトーゴくんは」
　「サトシさんの方が凄いですよ、みんな逃げ出したのに立ち向かった」
　「逃げるのは無駄だと思ったからね、それに僕は……いや何でもない」
　サトシさんは言葉を濁し顔を曇らせた。
　償った罪と関係があるのだろうか……。

　「モニターの奴が言ってたよな、これは助け合いのゲームだって」
　サトシさんは覚悟を決めた表情で話始める。
　「ですね。俺もサトシさんがドローンと対峙しているのを見て気が付きました」
　きっと逃げ回っているだけじゃダメだと思う。
　「ああ、こっちには8人も居るんだ。あんなおもちゃ1体に負けるわけがない」
　「はい、捕まる前に壊しちゃえばいいんですよね」
　「ちょっと骨が折れそうだけど、みんなで協力すればなんとかなる」
　「ですね、散り散りに逃げるが一番危険だと思います」
　「このままドローンを追いかけながら皆を集めよう」
　サトシさんの言う通り、たぶん皆で１か所に留まる方が安全だ。

　「ホンマさん、こっちに来てください」
　ドローンから逃げ惑うホンマに、サトシさんが叫んだ。

　「冗談じゃねぇ、どさくさに紛れて俺を殴り殺す気だろ、殺人犯め」
　ホンマのヤツ、この状況でよくそんな事が言えるな。
　あんな奴、放っておいても母は怒らないかもしれない。
　「これは生かし合いのゲームだって言われたじゃないですか、みんなで協力すれば大丈夫ですよ」
　しかたがないから俺も叫んだ。

　「……そう言えば、そうだったな、今そっち行くわ。トーゴは殺人犯の鉄パイプを奪っておいてくれ」
　ホンマはそう言うと、急停止して身を低くし頭上をドローンが通り過ぎた瞬間に切り替えし、こっちの方へ走ってきた。
　身軽な人だな、一人でも逃げ切れるんじゃないか？

　「お待たせ」
　ホンマはあっという間に俺達の隣に来た。
　「よし、このまま迎え撃つぞ」
　サトシさんは走るのを止めて鉄パイプを構えた。
　「はい」と俺も臨戦態勢を取る。
　「俺にも武器をくれよ」
　ホンマは物欲しそうにサトシさんを見ながら催促をした。
　「その辺に落ちている物を使ってください」
　俺がそう言い捨てるとホンマは
　「殺人犯の鉄パイプが一番強そうなんだけど」と言って鉄パイプに手を伸ばした。
　「いい加減にしてくださいよ」
　こんな時に、茶化してばかりのホンマに俺は叫んだ。
　サトシさんを殺人犯呼ばわりするのも頭にくる。

　「おうおう、血の気が多いなトーゴ。そんなんじゃ先に死ぬぜ」
　「はぁ？」
　「落ち着いてくださいトーゴくん。さぁホンマさんもこれを渡しますので協力してください」
　興奮した俺を落ち着かせるためか、サトシさんは持っていた鉄パイプをすんなりとホンマに渡した。
　「あんがと」
　そしてサトシさんは近くに落ちていた大き目の電子レンジのドアを引き千切り、盾の様に構えた。
　俺もパイプ椅子を構えて、3人でドローンを迎え撃つ体制を整える。

　どこからでも掛かってこい、捕まらなければどうってことない。

　……。

　だが、ドローンはホンマを追って来なかった。
　「マズいな、見失った」
　「そうみたいですね」
　サトシさんの声に俺はゆっくりと頷く。
　「誰かが捕まって爆死すれば、アレも壊れるんだろ？　それでクリアじゃん」
　ホンマは悪びれる様子もなくそう言った。
　「あんたなぁ」
　ちょっと前まで同じ考えだった自分を戒めるために、俺は強い口調でホンマに迫った。
　「あ、ダメだ。誰か死んだら賞金も減っちまう。それはダメだな、追うか。おしお前ら付いてこい」
　そう言ってホンマは俺を無視して走り出した。

　俺とサトシさんは呆れて顔を見合わせたが、ドローンを追う事には賛成だったから、仕方なくホンマに付いて行く。

　
　「きゃーーーー」
　しばらくして聞こえてきた女の人の悲鳴。
　俺達3人は、声の方へ急いで向かうと……。

　「ちょっと、待って……私、死ぬの？」

　立ち尽くし、涙声を漏らすアカネちゃんの背中には、
　カウントダウンを始めたドローンが乗っていた。