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最後のゲーム
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理解できなかった。
生きてきた時間、年月、それが死を選ぶ理由になるのだろうか。
大切な人、愛する人のために自らを犠牲にするのなら俺の拙く短い人生経験でも分かる。
だが、会って間もない他人で、疑惑にまみれ、反感を買い、誰もが見捨てようとした人を自分の命と引き換えに救う理由はなんだろう。
『おめでとうございます。ゲームクリアです。
いよいよ次で最後のゲームになります。
みんなで協力して乗り越えてください』
その顔を見ただけで吐き気さえ覚えるようになったアバターが笑いながら言った。
協力して……。
俺はここに居る誰かのために命を張れるのだろうか?
命を張る理由を見つけられるだろうか?
ない。
そんな理由はどこにもない。
ただ自分のためだけ、母に妹に会うために生きて帰るだけ。
俺はオオバさんのようにはなれない。
もうここに残っている人達とは協力なんてできない。
出来るわけがない。
『誰かが困っているときは迷わずに手を差し伸べてね
そうしないで傷つくよりも、そうして傷つく方が
貴方を強くするから』
その母の言葉が俺の中から消えていくのが分かった。
きっとみんなも同じ気持ちなのだろう。
アンジさんもツカサさんも口を開かない。
ホンマは枷が外れてなお椅子から立ち上がろうとせず、苦虫を噛んだように唇を痙攣させている。
アカネちゃんは膝を抱えて座り込んだまま。
誰も彼もこの理不尽なゲームに落胆しているようだった。次が最後だと言われても希望は見いだせない。
もしかしたら次の犠牲者は自分かもしれない。
もしも自分がホンマの立場になったら……誰か俺のために犠牲になってくれるのだろうか? 無理だろう、俺だってなりたくない。
たとえ互いの胸の内を語り合った相手だとしても、過ごした時間が圧倒的に足りていない、自分を犠牲にしてまで助ける相手にはなりえない。
大切だと思える人か、愛する人か、その基準が明確には言い表せないけれど、今この場所にそんな相手は居ない。
だから協力してとか、助け合ってとか、そんな倫理的な行動は最初っから無理だったんだ。誰もオオバさんのようには振る舞えない。振る舞う理由がない。
もう無理だ。どうやって自分が助かるか、どうやったら自分が不利な状況にならないか、次のゲームの内容がどうであれ自分のことだけ考えよう。
それが、きっと最後まで生き残る方法、ここを出るための突破口。
「トーゴ先輩……」
思考を巡らせ、呆然と立ち尽くす俺の横に、アカネちゃんが座った。
「わたし、将来のことなんて何にも考えていなかったんですよ」
アカネちゃんは何故か夢を語り始めた。
この状況で? どういう意図があってなのか勘ぐるばかりの俺に淡々と語り続ける。
母親と娘の二人暮らしで、進学はせずに高校を卒業したら働くつもりだと言った。
小学生の頃に片親を理由に苛められた経験があって転校したけど、その恐怖心から友達を作るのが億劫になっていつも一人だったらしい。
それでも今の時代は動画配信やらSNSやらで自己主張できるから乗り越えられてきたとアカネちゃんは笑って言った。
母親と離れて、見ず知らずの人と、こんなに長い時間を一緒に過ごして、自分を曝け出すなんて夢にも思わなかった。でもそれがとても心を晴れやかにしてくれて自信が付いた。だからやっぱり人のためになる仕事、介護でも看護師でも自分ができることを目標に生きていくんだって……オオバさんみたいになれるかなって……。
なんで?
なんで今、それを俺に話す?
思えばずっとそうだった気がする。
年齢が近いからかもしれないけれど、不自然じゃないか?
初対面の異性に対してこんなに心を開けるのか?
妹のような感覚だったけど、夜中に会ったばかりの知らない男のベッドに潜り込めるか?
保身のため?
俺が君を助ける側になると思っている?
そう仕向けている?
「ごめんアカネちゃん、ちょっと一人になりたいんだ」
「あっ……ご、ごめんなさい、わたし……」
俺はなにも間違っていない。
下唇を噛んで肩を震わせているアカネちゃんを自らの命を呈して助ける義理はない……ハズだ。
口を閉ざしたアカネちゃんをその場に残して、俺は逃げるように離れた。
『では、最後のゲームです』
大型モニターに映るアバターは、そうアナウンスした。
感傷に浸る暇も与えないのか。
『まず残った参加者でペアを組んでください
制限時間は5分です』
ペア? ここにきて強制的に協力させる気か。
でも、残った人数って……。
「トーゴ先輩、お願いします」
アカネちゃんの曇りの無い眼にくたびれた俺の顔が映っている。
さっきの会話からのペア作り、迷う理由は多いけれど、残った参加者は俺とアカネちゃん、ツカサさんとアンジさん、そしてホンマ。
見渡すと、ツカサさんとアンジさんが互いを見て頷いている。
残りは3人、誰かが絶対に取り残される。
助け合いを強調するこの状況下でそれは避けなければならない。
ホンマもそれに気付いて、こちらに近付いてくる。
「アカネちゃん……」
「はいっ」
俺はアカネちゃんの手を取るしかなかった。
生きてきた時間、年月、それが死を選ぶ理由になるのだろうか。
大切な人、愛する人のために自らを犠牲にするのなら俺の拙く短い人生経験でも分かる。
だが、会って間もない他人で、疑惑にまみれ、反感を買い、誰もが見捨てようとした人を自分の命と引き換えに救う理由はなんだろう。
『おめでとうございます。ゲームクリアです。
いよいよ次で最後のゲームになります。
みんなで協力して乗り越えてください』
その顔を見ただけで吐き気さえ覚えるようになったアバターが笑いながら言った。
協力して……。
俺はここに居る誰かのために命を張れるのだろうか?
命を張る理由を見つけられるだろうか?
ない。
そんな理由はどこにもない。
ただ自分のためだけ、母に妹に会うために生きて帰るだけ。
俺はオオバさんのようにはなれない。
もうここに残っている人達とは協力なんてできない。
出来るわけがない。
『誰かが困っているときは迷わずに手を差し伸べてね
そうしないで傷つくよりも、そうして傷つく方が
貴方を強くするから』
その母の言葉が俺の中から消えていくのが分かった。
きっとみんなも同じ気持ちなのだろう。
アンジさんもツカサさんも口を開かない。
ホンマは枷が外れてなお椅子から立ち上がろうとせず、苦虫を噛んだように唇を痙攣させている。
アカネちゃんは膝を抱えて座り込んだまま。
誰も彼もこの理不尽なゲームに落胆しているようだった。次が最後だと言われても希望は見いだせない。
もしかしたら次の犠牲者は自分かもしれない。
もしも自分がホンマの立場になったら……誰か俺のために犠牲になってくれるのだろうか? 無理だろう、俺だってなりたくない。
たとえ互いの胸の内を語り合った相手だとしても、過ごした時間が圧倒的に足りていない、自分を犠牲にしてまで助ける相手にはなりえない。
大切だと思える人か、愛する人か、その基準が明確には言い表せないけれど、今この場所にそんな相手は居ない。
だから協力してとか、助け合ってとか、そんな倫理的な行動は最初っから無理だったんだ。誰もオオバさんのようには振る舞えない。振る舞う理由がない。
もう無理だ。どうやって自分が助かるか、どうやったら自分が不利な状況にならないか、次のゲームの内容がどうであれ自分のことだけ考えよう。
それが、きっと最後まで生き残る方法、ここを出るための突破口。
「トーゴ先輩……」
思考を巡らせ、呆然と立ち尽くす俺の横に、アカネちゃんが座った。
「わたし、将来のことなんて何にも考えていなかったんですよ」
アカネちゃんは何故か夢を語り始めた。
この状況で? どういう意図があってなのか勘ぐるばかりの俺に淡々と語り続ける。
母親と娘の二人暮らしで、進学はせずに高校を卒業したら働くつもりだと言った。
小学生の頃に片親を理由に苛められた経験があって転校したけど、その恐怖心から友達を作るのが億劫になっていつも一人だったらしい。
それでも今の時代は動画配信やらSNSやらで自己主張できるから乗り越えられてきたとアカネちゃんは笑って言った。
母親と離れて、見ず知らずの人と、こんなに長い時間を一緒に過ごして、自分を曝け出すなんて夢にも思わなかった。でもそれがとても心を晴れやかにしてくれて自信が付いた。だからやっぱり人のためになる仕事、介護でも看護師でも自分ができることを目標に生きていくんだって……オオバさんみたいになれるかなって……。
なんで?
なんで今、それを俺に話す?
思えばずっとそうだった気がする。
年齢が近いからかもしれないけれど、不自然じゃないか?
初対面の異性に対してこんなに心を開けるのか?
妹のような感覚だったけど、夜中に会ったばかりの知らない男のベッドに潜り込めるか?
保身のため?
俺が君を助ける側になると思っている?
そう仕向けている?
「ごめんアカネちゃん、ちょっと一人になりたいんだ」
「あっ……ご、ごめんなさい、わたし……」
俺はなにも間違っていない。
下唇を噛んで肩を震わせているアカネちゃんを自らの命を呈して助ける義理はない……ハズだ。
口を閉ざしたアカネちゃんをその場に残して、俺は逃げるように離れた。
『では、最後のゲームです』
大型モニターに映るアバターは、そうアナウンスした。
感傷に浸る暇も与えないのか。
『まず残った参加者でペアを組んでください
制限時間は5分です』
ペア? ここにきて強制的に協力させる気か。
でも、残った人数って……。
「トーゴ先輩、お願いします」
アカネちゃんの曇りの無い眼にくたびれた俺の顔が映っている。
さっきの会話からのペア作り、迷う理由は多いけれど、残った参加者は俺とアカネちゃん、ツカサさんとアンジさん、そしてホンマ。
見渡すと、ツカサさんとアンジさんが互いを見て頷いている。
残りは3人、誰かが絶対に取り残される。
助け合いを強調するこの状況下でそれは避けなければならない。
ホンマもそれに気付いて、こちらに近付いてくる。
「アカネちゃん……」
「はいっ」
俺はアカネちゃんの手を取るしかなかった。
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