逆デスゲーム

長月 鳥

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実験

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 ……。

 ゆっくりと目が開いて、脳がはっきりと視界に映る景色を認識した。

 天井が見える。綺麗な天井、俺の部屋ではない天井。
 どこだろう……。

 「お兄ちゃんっ、大丈夫? 良かった。待ってて今お母さん呼んでくるから」
 アイちゃんの声、良かった。殺されずに済んだみたいだ。
 
 殺されずに? なんだっけ? 夢?
 なんだか悪い夢、デスゲーム的な悪夢を見ていた気が……。
 「痛っ……」
 意識がハッキリとしてきた瞬間、背中に激痛を感じ、ここが病室だということに気付く。
 売店から戻ってきた母は、涙を流して俺を抱きしめてくれた。

 聞けば、俺は3日前に交通事故に遭ってから意識が戻らず、ずっと眠っていたらしい。
 交通事故……頭痛に頭を抱えながら、俺は記憶を辿った。

 あれは、あの理不尽なゲームは今際の際で見た夢だったのだろうか?
 
 アイちゃんにビデオ通話のことを聞いても知らないと不思議がられたから、きっと夢だったのだろう……。

 じゃあアカネちゃんの事も夢? ホンマやオオバさん、サトシさんとトキネさんが死んだのも悪い夢だってことか?
 最後にアカネちゃんの手を握った感触が残っている気がするけれど……なんてリアルな夢だったのだろう。
 でも少しホットした。きっと死に際で何か意地の悪い走馬灯の様な、そんな夢でも見ていたのだろう。
 安心したら急にお腹が鳴りだして、母が買ってきてた自分達用のパンを要求したけれど「ダメだよ、お兄ちゃん久しぶりに起きたのにパンじゃダメ。先生呼んでくるから待ってて」と、アイちゃんは病室を後にした。
 あれ? アイちゃんには最近、酷くドライな対応で嫌われているかと思っていたのに、と首をかしげていると。母が「愛は東吾が事故に遭ってから毎日学校帰りに見舞いに来てたのよ。起きたら一番最初に謝りたかったって、冷たくしてたのはあんたの行き過ぎたシスコンのせい」そう、教えてくれた。
 起きてから謝罪された記憶はないけれど……そうか、やっぱりあいつは可愛い妹だな。

 そうやってニヤニヤしながら、アイちゃんが連れてきた先生のなんだかよくわからない話を聞き終え、味がほとんどしない病院食を美味しく頂きながらテレビを付けた。普段はスマホでニュースや流行をチェックするけれど、周りに俺のスマホは無い。
 たまには、まったりとテレビに身を委ねるのも良いものだ。

 『AIの進歩はまさに日進月歩、留まることを知りませんが。ビッグプレイステクノロジーコーポレーションの躍進も凄まじいですね。今一番人間に近いAI技術をお持ちだとか』
 『はい、当社のAI技術は世界一だと自負しております』

 A(アナウンサー)とC(コメンテーター)がAIについて語っている。AIか、俺が眠ってた間も日々進化し続けているのだろうな。

 A『では、なぜ御社が世界一だと言い切れるのですか?』
 C『AIが一番苦手としている分野はなんだと思いますか?』
 A『苦手? やっぱり計算以外、アート的なもの、それと感情とかでしょうか』
 C『その通り、人の感情は複雑でスーパーコンピューターといえど解析には幾億の時間が必要でしょう』
 A『ですが今のAI技術は学習速度が凄まじい、とりわけネットの荒海に放たれた際のデータ収集能力は誰にも止められませんよね』
 C『そうですね、ですがやはりデータはデータです。誰かが残した記録には多少なりの脚色がついてまわるもの、それでは偽物になってしまいます』

 なんか難しい話だけど、この年配のコメンテーターの人の声が心地よくて聞き入ってしまうな、それになんか懐かしいというか安心するというか……。

 A『では、御社はその偽物を排除できたからAI事業で世界一の座を得たと?』
 C『その通りです』
 A『それは素晴らしいですね、人間の感情を理解させるには相当難しかったでしょう』
 C『まぁ偽物のデータでも犯罪や暴力、戦争などのネガティブな感情はゴロゴロと転がっているので時間をかければなんとかなります。ですが……』
 A『なにか問題が?』
 C『最大の壁は、ポジティブな感情です』
 A『それは、人の喜びや愛情とかですか?』
 C『はい、その中でも特に難しい感情、これは本能とでも言いましょうか』
 A『ずいぶんと勿体ぶりますね』
 C『ええ、最近の実験で得られた情報がとても有意義だったので、少し意地悪したくなりまして』
 A『ズバリ、その本能とは?』
 C『人が人を助けるという心理です。助け合い、“生かし合い”とでも呼びましょうか』

 そのコメンテーターの言葉が俺の記憶を鮮明にし、吐き気を覚えた。
 この年配のコメンテーター、髪型も違うし服装も小奇麗な恰好で若く見えて気付かなかったけれど間違いない、この落ち着くテンポと声色、この人はオオバさんだ。
 でも、なんで? オオバさんはドローンの爆発で死んでしまったハズ……。
 
 俺も交通事故なんかじゃない、ドローンの爆発で……なんで俺は生きているんだ?
 爆発の衝撃で気を失っただけ?

 トキネさんも、サトシさんも、ホンマもオオバさんも、残った俺達は誰一人として死んだのを確認していない、思い返してみれば出血すらしていなかった。確認するまえに棺桶ごと吊り上げれらていった……。ということはみんな生きているってことなのか?

 C『昔読んだ本で凄く印象に残っている文章がありましてね。「人間というものは、なぜ互いに助けあって生きていかねばならないのか。その理由が、明らかにわからぬ。それなのに、なぜ助け合わねばならぬのか。それも明らかにわからぬ。そこに人間の不可解な、おそるべき強制力がある」と』
 A『随分と哲学的な文章ですね』
 C『そうですね、ですが私はこの文章の中にAIが理解すべき人間の本質があるのではと信じて止まなかった』
 A『ということは、最近の実験の内容は、その人と人とが助け合う真理、原理、つまり“生かし合い”をテーマに行ったと?』
 C『察しがいいですね。難しい実験でしたがリアルタイムでAIに学習させることができましてね、大いなる飛躍となりましたよ』
 A『すばらしいですね、一体どんな実験だったのですか?』
 C『まったくの初対面で年齢も性別もバラバラな有志の方々の力を借りることができましてね、素性は明かせませんが、大変貴重なサンプルが取れています』
 A『取れています? それは現在進行形ということですか?』
 C『大変な実験なので何度もとはいきませんが、今後も続けていきたいと思っています』
 A『それで? その内容というものは?』
 C『まず実験の内容は被験者には明かしません、当たり前ですけど、人が人を助けるという行為について、近親者、友人、知人の間柄では絶対的に成立する確率が高い』
 A『そうですね、例外はあるかもしれませんが、当然、知らない人より、知ってる人を助けたいと思います』
 C『そうですね、愛する人を助けたいという感情は何物にも代え難い。年月を重ね、絆を深めることで、より強くなる。とても素晴らしい感情です』
 A『ですが実験は初対面の方々で行われたと?』
 C『はい、まっさらな状態から徐々に互いを知り、そういった感情が芽生えるのにどれだけの情報や期間が必要なのかを簡単なゲームで進行していきます』
 A『ゲームですか? なんだか楽しそうですね』
 C『ええ、とても喜んで参加されていました』
 A『もっと詳しく知りたいのですが?』
 C『流石に企業秘密なので詳細は』
 A『ですよね』
 C『ですが、参加された方々からはとても良い結果が得られています。人が人を助けるという感情は、とても尊く儚い。AIはそれを熱心に学習しました』
 A『しかし、やはり良い人ばかりではない気がしますけれども』
 C『まぁそうですね、憎しみやお金、知らない過去、それらが関連してくると、とたんに人の感情は容易く変貌してしまう。若い人なんかは特に顕著ですね、良い方にも悪い方にも簡単に転がっていく。AIに学習させるにはもってこいな状況ですけれど』
 A『なんだか聞いていると、とても面白そうなドキュメンタリーというかドラマというか、テレビ番組とかで流せば注目の的だと思いますよ』
 C『ハハハ、私もデスゲームは嫌いじゃないですけど。お金を儲ける為ではないのです』
 A『AIの進歩はお金儲けが目的ではないと?』
 C『ええ、私が好きなイタリア古典歌曲にセ・トゥ・マミという曲がありまして、直訳すると「もし貴方が私を愛してくれて」になるのですけれど……』

 とても嬉しそうに語るオオバさんに俺の体は悪寒に震えた。
 許せない、絶対に許さない、そんな実験のために俺達にあんな仕打ちを……。

 夢じゃなかったのならアカネちゃんは? ツカサさんとアンジさんもどうなったんだ?
 アイちゃんが覚えていなかったということは、あの動画はやっぱりフェイクだったのか?
 くそう、頭の整理が追い付かない。

 でも今は何を差し置いてもアカネちゃんの無事を確認したい。その気持ちが重くなった体を突き動かし、すぐさまベッドから飛び出して、母に全てを話した。
 だけど母は「頭も強く打ったのかねぇ」と心配そうに返すだけ。
 
 そりゃそうだろう、あんなデタラメなゲームがあったなんて誰も信じない。
 でも、母は俺の必死な訴えに折れ、病院に相談し、2日後の朝には車を出してくれた。
 アイちゃんのスマホでアカネちゃんに教えてもらっていた高校を調べ上げ、学校周辺で鬼の聞き込みをした。通報寸前の行為だったけれど、1週間くらい前から不登校になっているアカネちゃんを心配した同級生の協力もあって、その翌日にはアカネちゃんの家を特定した。

 「先輩ッ、うわぁぁぁぁぁぁん」
 目の下のクマ、やつれた顔、憔悴しきったアカネちゃんは俺に抱きついて大泣きした。
 良かった、本当に良かった。

 落ち着いたアカネちゃんは、俺がドローンの爆発に巻き込まれた後の事を話してくれた。
 といっても、すぐさま白い煙が立ち込めて「睡眠ガスかもしれません」と叫んだアンジさん、ツカサさんとも離れ、気が付いたら家に居たらしい。
 そして、攫われる前に所持していた鞄の中には、真新しい通帳が入っていて、それには五千万のお金が記帳されていた。
 賞金にしては金額が足りない、口止め料なのか?
 後で知ったのは俺の鞄にも同じ通帳が入っていたということ。
 アカネちゃんはそれを誰にも言えないで怯えていたらしい。みんなの命を削ったお金、謎の企業名が書かれた通帳。言える訳がなかった。破り捨てようかとも考えていたけれど、そんなのどうでもよかった。ただ、みんなの死を思い出し、自分も死のうかと考えることしか出来なかったらしい。
 それと、最後に自分が黒幕だなんて嘘付いてごめんなさいと謝った。
 俺は黙って、アカネちゃんの頭を撫でてあげた。

 それからアカネちゃんは安心したのか、無防備のまま眠ってしまった。
 彼女の目の周りには痛いくらいの涙の跡。
 それを目にした俺の心に熱く燃え上がる感情を覚えた。

 生きているかもしれないトキネさん、サトシさん、ホンマ。それにツカサさんとアンジさんに会わなければ……。
 そして俺達に酷い仕打ちをしたオオバ……ただただ許せなかった。声を思い出すと怒りが込み上げてくる。
 あんなこと2度とやらせてはならない。
 俺達みたいな犠牲者を出さないために、俺とアカネちゃんは警察に行った。けれどやっぱり取り合ってくれなかった。
 俺の怒りは収まらなかった。
 オオバを追ったけれど、世界一の企業のトップの尻尾を掴むなんて俺には不可能だった。

 それから「謎の集団失踪」「交通事故と背中の怪我」「多額の不明金」そういったネットの噂話をよく目にした。
 きっと奴は繰り返している。止めるんだ。俺が止めないと犠牲者が増えるだけ……そんな使命感に苛まれ、心配するアカネちゃんを振り払い、俺は奔走した。
 
 オオバを追い詰める。償わせる。必ず、俺が……。


 ☆

 トーク番組終了後。

 A『大場社長、今日はありがとうございました』
 オオバ『こちらこそ』
 A『次回は是非、実験中の取材をお願いします』
 オオバ『それは無理です。けど、これはオフレコなんですが、実は近々実験できそうな感情がありましてね』
 A『ほう、それは?』
 オオバ『復讐心について、なんですが』
 A『復讐心?』
 オオバ『ええ、己の手に余るような大金を手にした若者がですね……』

 END
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みんなの感想(1件)

2023.05.08 ユーザー名の登録がありません

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長月 鳥
2023.05.09 長月 鳥

コメントありがとうございます。
初挑戦のジャンルになりますので、お見苦しい所もございますが。よろしくお願いします。
岡本さんの作品にもお邪魔させて頂きます。

解除
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