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第3章
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翌日、雨はやんでいた。でも空は、黒い。
いつまた雨が降るかわからない空模様だ。
大河は、香葉来への「いじめ」を始めた。
香葉来は浮かない顔をしていた。気にしている暇はなかった。
こんなひどいことは、いつもの接し方じゃできない。
大河は香葉来と顔をあわせてからすぐに冷たく接した。
普段なら、「おはよう」と声をかける。声をかけるきっかけは、香葉来が好きなアニメや漫画の話。話は振るだけじゃなく、ちゃんと香葉来の話も聞いてあげる。
でも今は、香葉来は真鈴たちに仲間はずれにされているから、彼女から積極的には話さない。
アニメや漫画の話をしても、ノリ気じゃない。結局、無言っていうことが多い。
無言だとしても、大河は香葉来の歩幅にあわせたり、道路側を歩いたり、気遣いは欠かさなかった。
でも今日は。
それをなくした。
冷たく引き離すように歩いた。
香葉来は戸惑いを見せ、しょんぼりと肩を落としていた。
それでも香葉来は、必死にたったったとペースを早めてついてくる。
大河は、そんな香葉来がかわいそうで、心がズキズキとえぐられていった。
それでも、実行しないとダメだ。
ダメなんだ!
ギギギギ……。大河は、歯を食いしばった。足をストンとストップさせる。香葉来に放つ。
「タブレット貸してよ」
「えっ……」
「だから貸せって言ってんだろ!」
香葉来は黒目がちな目を大にして、あまりにもひどい理不尽に固まってしまった。
捨てられた子犬、あるいは子猫……。そんな上目遣いで見てくる。
助けてあげる、守ってあげるべき、彼女……なのに。
その彼女は、大河の怒声がこわかったのか、おろおろとしだし、おぼつかない手つきでリュックからタブレットを取り出し、大河に渡した。
大河は、ずっと心の中で唱えてた。
『仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ!』
と。しつこいほどに、くり返した。香葉来への「いじめ」を正当化した。そうすることで、精神を保っていたのだ。
おれよりもなさけないクズは、この世にいない……。
大河は荒々しい手つきでデジタルペンケースだけをむしり取った。
それを見て香葉来。ぶわっと涙があふれそうなほどに、黒目がうるんでいた。
そんな弱りきった彼女は、唇を小刻みに震わせて。
「……なに……してるの……」
と問うてきた。
疑問は当たり前だ。大河の行為はまるで意味をもたないから。
ギリリリ……。大河は、さらに強く歯を食いしばった。奥歯が欠けそうだ。
悲しさを、必死に必死に殺した。
そして、香葉来に回答した。
「学校で遊ぶな。おれが当分取りあげる」
「……え……そんな……。美術部で持ってきていいって言われてるんだよ……? そのときしか触ってないし……」
「うるさい!」
おだやかな小川沿いの道。ずっとふたりで歩いてきた道で……。
大河は香葉来を強く怒鳴った。
こんな理不尽でひどい声を香葉来に浴びせるなんて、もちろん初めてだし、真鈴に服従するまでは、想像もつかなかった。
最悪だ。
香葉来は、ついに涙をぽろり。ぽろり……アスファルトに消えた。
痛い。
「……大河くん……なんでそんなこと、するの……」
痛い痛い。
「うるさい!」
痛い痛い痛い。
「ぐすん……大河くん……どうしちゃったの……」
痛い痛い痛い痛い。
「どうもしてない! お前はおれに歯向かうな!」
痛い痛い痛い痛い痛い。
「すんっ…………」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 痛いんだよ! 心が!
だから!
そんな目で見るな!
見ないでくれよ!
頼むから……。
大河にとって、香葉来の悲しむ声、目、仕草、涙が、何よりも苦痛だった。
おれは彼女をいじめた。最低な人間だ。
空は黒かった。
ひたすらに、どこまでも。黒かった。
それは。
抜け出せない。先が見えない。光がない。深い深いトンネルだった。
終わりを求めて、トンネルを進んだ。進むしかなかった。
ああ、なんでだろう。
大河は――7年前、ふたりと出会ったときのことを思い出し……泣いた。
いつまた雨が降るかわからない空模様だ。
大河は、香葉来への「いじめ」を始めた。
香葉来は浮かない顔をしていた。気にしている暇はなかった。
こんなひどいことは、いつもの接し方じゃできない。
大河は香葉来と顔をあわせてからすぐに冷たく接した。
普段なら、「おはよう」と声をかける。声をかけるきっかけは、香葉来が好きなアニメや漫画の話。話は振るだけじゃなく、ちゃんと香葉来の話も聞いてあげる。
でも今は、香葉来は真鈴たちに仲間はずれにされているから、彼女から積極的には話さない。
アニメや漫画の話をしても、ノリ気じゃない。結局、無言っていうことが多い。
無言だとしても、大河は香葉来の歩幅にあわせたり、道路側を歩いたり、気遣いは欠かさなかった。
でも今日は。
それをなくした。
冷たく引き離すように歩いた。
香葉来は戸惑いを見せ、しょんぼりと肩を落としていた。
それでも香葉来は、必死にたったったとペースを早めてついてくる。
大河は、そんな香葉来がかわいそうで、心がズキズキとえぐられていった。
それでも、実行しないとダメだ。
ダメなんだ!
ギギギギ……。大河は、歯を食いしばった。足をストンとストップさせる。香葉来に放つ。
「タブレット貸してよ」
「えっ……」
「だから貸せって言ってんだろ!」
香葉来は黒目がちな目を大にして、あまりにもひどい理不尽に固まってしまった。
捨てられた子犬、あるいは子猫……。そんな上目遣いで見てくる。
助けてあげる、守ってあげるべき、彼女……なのに。
その彼女は、大河の怒声がこわかったのか、おろおろとしだし、おぼつかない手つきでリュックからタブレットを取り出し、大河に渡した。
大河は、ずっと心の中で唱えてた。
『仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ。仕方ないんだ!』
と。しつこいほどに、くり返した。香葉来への「いじめ」を正当化した。そうすることで、精神を保っていたのだ。
おれよりもなさけないクズは、この世にいない……。
大河は荒々しい手つきでデジタルペンケースだけをむしり取った。
それを見て香葉来。ぶわっと涙があふれそうなほどに、黒目がうるんでいた。
そんな弱りきった彼女は、唇を小刻みに震わせて。
「……なに……してるの……」
と問うてきた。
疑問は当たり前だ。大河の行為はまるで意味をもたないから。
ギリリリ……。大河は、さらに強く歯を食いしばった。奥歯が欠けそうだ。
悲しさを、必死に必死に殺した。
そして、香葉来に回答した。
「学校で遊ぶな。おれが当分取りあげる」
「……え……そんな……。美術部で持ってきていいって言われてるんだよ……? そのときしか触ってないし……」
「うるさい!」
おだやかな小川沿いの道。ずっとふたりで歩いてきた道で……。
大河は香葉来を強く怒鳴った。
こんな理不尽でひどい声を香葉来に浴びせるなんて、もちろん初めてだし、真鈴に服従するまでは、想像もつかなかった。
最悪だ。
香葉来は、ついに涙をぽろり。ぽろり……アスファルトに消えた。
痛い。
「……大河くん……なんでそんなこと、するの……」
痛い痛い。
「うるさい!」
痛い痛い痛い。
「ぐすん……大河くん……どうしちゃったの……」
痛い痛い痛い痛い。
「どうもしてない! お前はおれに歯向かうな!」
痛い痛い痛い痛い痛い。
「すんっ…………」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 痛いんだよ! 心が!
だから!
そんな目で見るな!
見ないでくれよ!
頼むから……。
大河にとって、香葉来の悲しむ声、目、仕草、涙が、何よりも苦痛だった。
おれは彼女をいじめた。最低な人間だ。
空は黒かった。
ひたすらに、どこまでも。黒かった。
それは。
抜け出せない。先が見えない。光がない。深い深いトンネルだった。
終わりを求めて、トンネルを進んだ。進むしかなかった。
ああ、なんでだろう。
大河は――7年前、ふたりと出会ったときのことを思い出し……泣いた。
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