それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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2.不機嫌な人

手紙

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「それでね、怒って出て行っちゃったの」

 私が今日あった一部始終を話すと、ブルーは優しい声でニャアオと鳴いた。丸まった背中をなでながら、何度目かの後悔のため息が落ちる。

「あんなことされたら、誰だって嫌だよね……」

 話したこともないのに怖がって呼ばれても顔も見ず、話しかけられても返事もしない。黒崎くんが不快に思うのは当然だ。自分のことに必死で、あの時の私はそんなこともわからなかった。

 けれど、あの怒りのこもった声を思い出すと、今でも身体が竦む。頭ではわかっているのに、心の底にある恐怖は拭えなかった。
 ブルーがまた優しく鳴いて体をすり寄せる。心を撫でるやわらかなぬくもりが、背中を押してくれている気がした。

「うん、明日ちゃんと謝るね。がんばる」

 澄んだ青色の瞳がこちらを見上げる。綺麗だな、と思いながらもう一度なでようとした時、ブルーの首元に何かが見えた。
 顔を近づけて見ると、首輪に薄いピンク色の紙が結ばれている。

 ……手紙?

 取って、と言うように、ブルーが私に向けて首を伸ばす。首輪の鈴が揺れて、また軽やかな音を鳴らした。

「じっとしてね」

 私はブルーが痛くないようにそうっと結び目を解いて、その紙を取った。ブルーが短くニャッと鳴く。
 ドキドキしながら細く折りたたまれた紙をひろげると、中に綺麗な文字が見えた。

『はじめまして
猫の飼い主です
昨日はかわいいリボンをありがとう
いつも遊びに行ってご迷惑ではありませんか?』

 わ、わぁ……!

 ブルーの飼い主さんからの突然の手紙に、さっきまでの暗い気持ちが吹き飛んだ。
 ドクドクと鼓動が早鐘を打っている。自然と口元がゆるんでいくのがわかった。
 これはきっと、昨日首輪の鈴を結んだリボンのことだろう。
 勝手なことをして飼い主さんが不快に感じないか気になっていたけれど、喜んでくれているようでさらに嬉しくなった。

「ブルー、ちょっと待っててね」

 急いで自分の部屋に戻って、机の引き出しから刺繍風の花が描かれたお気に入りの便せんを取り出す。そして、私はできる限り丁寧な字で返事を書いた。

『お手紙ありがとうございます
遊びに来てくれてとても嬉しいです
いつもいろんな話を聞いてもらってます
ねこちゃんの本当の名前は何ですか?
私はこっそりブルーと呼んでいます』

 大丈夫かな。失礼じゃないよね。

 何度も読み返してから、丁寧に折りたたむ。それを縁側で待っていてくれたブルーの首輪に結びつけた。

「飼い主さんに渡してね」

 ブルーは満足そうにひと鳴きして、塀の向こうに消えていった。
 まだドキドキがおさまらない。嬉しさと興奮で心が弾む。もう一度手紙に目を落として、私はぎゅっと手のひらを握った。

「よし、ちゃんと謝ろうっ」

 明日はこの気持ちのまま、がんばれる気がした。
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