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6.雨の日の憂鬱

モヤモヤ

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 朝から降り続いていた雨は、夕方になってやっと上がった。
 一日中降っていたせいか気温が上がらず、雨が止んだ後もひんやりと涼しい。風通しのよい縁側は、半袖では寒いくらいだった。

「どうしたらいいのかなぁ」

 花さんに手紙の返事を書きながら、隣でおやつを食べるブルーをのぞき込む。
 雨が止んでブルーが久しぶりに会いに来てくれたのに、私の頭の中からは黒崎くんのことが離れなかった。

 『気にしなくていい。大丈夫だから』

 記憶の中のぶっきらぼうな声が胸を刺す。
 暴力を振るわれて大丈夫な訳はない。それなのに黒崎くんは、いつもどおり淡々としていた。
 夏梨ちゃんと私が、「先生か水泳部の部長さんに相談した方がいいと思う」と言っても、黒崎くんは頑として受け入れてはくれなかった。

『必要ない。余計なことするなよ。停部になったら困る』

 バッサリとそう言い切られると、もう何も返せなかった。黒崎くんの顔にはあきらかに迷惑だと書いてあった。
 帰り道で夏梨ちゃんと話し合ったけれどいい考えは浮かばず、どうすることもできなかった。
 黒崎くんの、大ごとにしたくないという気持ちはわかる。けれど、これ以上彼に何かあったらと思うと、心配で心が落ち着かない。

「でも、私も朝陽くんのこと言えなかったしなぁ」

 ひとり言をこぼしながらごろんと寝転ぶと、ブルーが私を見下ろしてニャアオと鳴く。
 私も、ずっと意地悪されていたことをママやパパには言えなかった。言って仕返しされるのが怖かったし、何よりいじめられていることをふたりに知られるのが嫌だった。

 でも、もし黒崎くんが怪我したりしたら……。

 額の縁にある傷跡に触れると、ため息がもれる。どうしたってこのモヤモヤは消えそうになかった。

「ブルー、ごめんね。お返事すぐに書くね」

 首元をなでると、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。どんなときでも、ブルーは可愛い。

「なんて書こうかなぁ」

 ブルーが運んでくれたピンク色の便せんをもう一度開いて、うーんと唸る。

『命短し、恋せよ乙女』

 私が悩んでいるのは、花さんからの返事の最後に書かれていたこの一文だ。前の手紙で私が書いたのは、たしか遠足の話の続きだった。

 恋の話題はなかったはずなんだけど……。

 それでも、なんだかくすぐったいような、ソワソワするような不思議な感覚を覚えて、私はその一文を何度も読み返した。

『私はまだ恋をしたことがないので、いつかしてみたいです』

 書きながらちょっと恥ずかしくなって、誰に見られたわけでもないのに頬が熱くなる。

「今日もよろしくね」

 書き上がった手紙をブルーに託し、私は小さく千切ったおやつをもうひとつ床に置いた。

 命短し、恋せよ乙女。

 いつまでも朝陽くんの幻影に囚われている私には、まだ遠い言葉だな、と思った。

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