それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

文字の大きさ
76 / 109
10.夏祭り

水色②

しおりを挟む
「あ、おやつ忘れてたね」

 おやつと聞いて、ブルーが膝からぴょんと下りて縁側で待機する。可愛さに口元をゆるませながら、私は縁側の隅に置いてある箱の中からブルーのおやつを取り出した。

「今日はささみにするね」

 たくさん入ったおやつの中から選んで見せると、ブルーは嬉しそうにまたニャアオと鳴いた。

「お手紙ありがとう」

 先に首輪から手紙を取り外して、手のひらにささみを置く。直接手から食べてくれたことで、また少し心が温かくなった。


『お祭りは楽しかったかな?
 詩ちゃんのかわいい浴衣姿、きっと彼も楽しみにしていると思います
 病み上がりだから、無理してぶり返さないように気をつけてくださいね』


 花さんの手紙はとても優しくて、その分胸が痛んだ。
 ピンク色の便せんに、ぽたぽたと雫が落ちて染みができる。お祭りも浴衣も台無しにしてしまったことは、花さんには言えないと思った。

「どう思う? やっぱりお祭りのことを書かないと不自然かな」

 ブルーに相談しながら返事の内容を考えていると、玄関のチャイムが鳴った。ママがインターホンで対応して、玄関に出ていく。
 こんな時間に誰だろう。パパは仕事でまだ帰って来ていないし、うちでは夜の来客は珍しい。
 気になって聞き耳を立てていると、しばらくしてバタバタと大きな足音を立ててママが縁側に飛び出てきた。

「うたちゃん! 男の子! 男の子が来た!!」

「えっ」

 私は小中学校がずっと女子校だったから、今もこれまでも男の子との交流は皆無に等しかった。そんな私に男の子の来客なんて、ママが驚いて興奮するのも無理はない。

「誰かな……」

 一番に朝陽くんの顔が浮かんで、血の気が引いていく。違うと思いたくてひとり言のように呟いたけれど、他には心当たりが全くなかった。
 朝陽くんには、会いたくない。
 青ざめた私を見て、ママはちらっと玄関の方に視線をやって、慌てて声を落とした。

「同じクラスの黒崎くん、わかる? 帰ってもらう?」

「え……?」

 パッと朝陽くんが消えて、頭が真っ白になる。

 黒崎くん、ってあの黒崎くん……?

 知り合いに他の黒崎くんはいない。
 でも、どうしてうちに……だって、今はまだお祭りにいるはずなのに。

 混乱しながら、私は慌てて立ち上がった。

「ま、待って、ママ。大丈夫、すぐ出る。あ、ブルー、ごめんね。ちょ、ちょっとだけ待っててね」

 ブルーに謝りながら、あたふたとパジャマから部屋着のワンピースに着替える。急いで玄関に向かったけれど、動揺から足がもつれて何度も転びそうになった。

 玄関には、本当に黒崎くんがいた。

「く、黒崎くん……」

 おそるおそる呼びかけると、伏せられていた瞳がふっと上がって私を捉える。深い黒色の中に安堵の色が浮かび上がり、それだけで私は泣いてしまいそうになった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...