それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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10.夏祭り

水色③

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「北野、大丈夫だった? 怪我はない?」

 私が謝る前に、黒崎くんが顔を覗き込むようにして尋ねる。

 ……心配して、来てくれたんだ。

 じぃんと胸が熱くなる。私は涙をこらえながら何度も頷いた。

「ごめん、なさ……」

 言えたのは、そのひと言だけだった。言葉の代わりにぽろぽろと涙があふれ出る。
 待たせてしまったことや帰ってしまったことをちゃんと謝りたいのに、口を開けば嗚咽がもれてしまいそうで、それ以上何も言えなかった。

「無事でよかった」

 ため息まじりの優しい声が心を撫でる。涙でぼやけた黒崎くんは、ちょっと困ったような表情を浮かべて、まっすぐに私を見つめていた。

 ……あ。

 玄関の上がりこまちの段差のせいで、普段は見上げている黒崎くんと目線の高さが近い。そのことに気づいて、心臓がトクトクと早鐘を打ちはじめる。
 いつもはすぐにうつむいたり視線を逸らしたりして逃げるけれど、今日はできなかった。

「すげぇ心配した」

 そう言いながら、黒崎くんが手を伸ばす。
 え、と思ったときには、温かい指先が私の頬に触れていた。

 わ、あ……。

 優しく涙を拭って、そろりと撫でる。触れられた部分がピリピリと電流が流れたみたいに痺れていく。
 鼓動がさらに高鳴り、ぽかんと開いた唇から吐息が漏れる。びっくりして、涙は止まっていた。
 いつもの私ならきっと、とっさにのけぞって離れるか、恐怖で震えていただろう。
 でも、今はまるで魔法にかかったみたいに動けなくて、ただ黒崎くんを見つめていた。少しも怖くなかった。
 ゆっくりと頬から指が離れる。触れていたのは、ほんの数秒のことだ。それなのに、押し寄せる寂しさに胸が詰まる。

「また来年、一緒に行けばいいよ」

「来年……」

 涙まじり声で黒崎くんの言葉をなぞると、彼はちょっと笑いながら頷いた。

「うん。来年、夏祭り、約束」

 また小さな子に言うみたいに、わざと区切ってゆっくりとならべる。
 そして、私の目の前に立てた小指を差し出した。

「約束」

 もう一度繰り返して、おずおずと出した私の小指に自分の小指を絡める。

 ……約束。

 黒崎くんの言葉を、私は頭の中で何度も反芻した。じわじわと視界が滲んでいく。こみ上げる涙のかたまりが息苦しい。
 小指も、頬も、心も。
 黒崎くんが触れたものすべてが、熱を持って痺れていた。
 目を潤ませる私に、黒崎くんはまた困ったような苦笑いを浮かべ、

「あ、そうだ。これ、みんなからお土産」

 するりと小指を離して、持っていた紙袋を差し出した。
 受け取って中を見ると、綿菓子やりんご飴、水風船が入っている。由真ちゃんと夏梨ちゃんの顔が浮かんで、また胸が熱くなった。
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