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ハエ取りの将
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虫には善い虫と悪い虫がいる。善い虫は憧れの的となり描かれ歌われ、物語の主人公にもなる。悪い虫は憎悪の対象となり、叩かれたり撃退されたり、いなくならされたりする。あくまでそれは人間の都合によるもので、善悪は容易に入れ替わる。
棋士たちが話し始めたのは部屋にハエが出たからだった。盤を挟んだ二人が声を出すのは、ほーとか、ひえーとか、通常はあまり意味のない言葉に限られる。特別な理由なく話し始めたとすれば、既に勝敗が決した時だ。ハエの出現は、1つの緊急事態に相当したのだ。室温の1℃、光の射し加減、座布団の厚さ……。長い一日を通して集中力を保つためには、繊細な環境設定が必要となる。ハエは、直接的に邪魔を働くわけではない。どちらか一方に肩入れして助言したり、駒を操作することはないが、集中を妨げる要素にはなる。たかがハエ1匹として見過ごすことはできない存在だった。恐らくは換気のために開いていた隙間から侵入したと推測された。
「とにかくこいつが……」
矢倉の上を遠慮もなく飛び回る。地に足をつけぬ存在は、どんな大駒よりも厄介だ。
「昼休みに何とかしましょう」
立会人は難しいハエ取りを任されることになった。
・
肌につく
夏の序章に
見え難き
筋を飛び交う
緊張の朝
(折句「ハナミズキ」短歌)
棋士たちが話し始めたのは部屋にハエが出たからだった。盤を挟んだ二人が声を出すのは、ほーとか、ひえーとか、通常はあまり意味のない言葉に限られる。特別な理由なく話し始めたとすれば、既に勝敗が決した時だ。ハエの出現は、1つの緊急事態に相当したのだ。室温の1℃、光の射し加減、座布団の厚さ……。長い一日を通して集中力を保つためには、繊細な環境設定が必要となる。ハエは、直接的に邪魔を働くわけではない。どちらか一方に肩入れして助言したり、駒を操作することはないが、集中を妨げる要素にはなる。たかがハエ1匹として見過ごすことはできない存在だった。恐らくは換気のために開いていた隙間から侵入したと推測された。
「とにかくこいつが……」
矢倉の上を遠慮もなく飛び回る。地に足をつけぬ存在は、どんな大駒よりも厄介だ。
「昼休みに何とかしましょう」
立会人は難しいハエ取りを任されることになった。
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肌につく
夏の序章に
見え難き
筋を飛び交う
緊張の朝
(折句「ハナミズキ」短歌)
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