その日、友達と言えない同期が死んだ。その日以来、そいつと距離が縮まった。

網野ホウ

文字の大きさ
12 / 28

百か日 その2

しおりを挟む
 場所を移動し、お斎の時間が始まった。
 和気あいあいとした雰囲気だが、俺の隣で浮いている美香は、やはり何となく怯えた感じ。
 池田も他の同期と歓談しているようだが、席か遠いからその話の中身までは聞こえない。
 さっきまでの睨んでた目つきは忘れたかのようだ。
 が、しかし。

「……お疲れ様。あら? 磯田君はお酒飲まないの?」
「誰が亡くなったとかって連絡が、いつ入るか分かんないから」
「そうなんだ。成績の良し悪しじゃ、人格とか心構えとかまでは分からないものね」

 同期同士での話題で盛り上がって、そして落ち着いたころに池田が俺の席までやってきた。

「あ、ウーロン茶飲んでたのね。はい、どうぞ」
「あ、どうも……」
「他の同期の人は注ぎに来ないのね」
「来る方が珍しいだろ。俺と同級になった奴は一人もいないみたいだし」
「そっか。それにしても……美香ちゃんは残念だったわね」
「まぁ……人の死ってのは、時や所を選ばずにやってくるからな。俺も例外じゃない。ここから帰ろうとした途端に、コロッと倒れるかもしれない。が、一々そんなことを恐れてたら、何もできゃしないけど」

 注いだ後の茶の瓶を持ったまま、池田はじっとこっちを見てた。

「どうした?」
「何か、お坊さんらしい事言うなぁ、って感心してた」
「俺も、何か坊さんらしい事言っちまったなぁ、って思った」
「何それ」

 睨んでたことなんか覚えてないような、明るい顔で笑っている。

「それにしても久しぶりね。さっきも言ったけど、立派な跡継ぎ、してるじゃない」

 厳密にいえば、まだ後は継いでない。

「住職健在だよ。まだ下働きって感じだ」
「そんなことなかったよ。……でもこんな風に声をかけるなんて、学生時代じゃ考えられなかったわね」
「こっちは、美香さんが同級生だったってことも覚えてなかった」
「え?! そうなの?!」

 池田の驚く声は、やや声が大きかった。
 何人かがこっちを見たが、またすぐにそれぞれの会話に戻る。

「驚きすぎ。友達いなかったからな」
「だって、何か、仲よさげだったから……」

 仲がいい?
 何言ってんだ?

「学生時代、異性と積極的に会話したことは全くなかったぞ? したとしても挨拶程度だ。……あ、池田からは服装とか、よく注意されたけどな」
「あ、あはは。あんときは、磯田君の格好ひどかったもん。ワイシャツ、ズボンの中に入れるか出すかどっちかにしてほしかったし、ズボンの窓も半開きなことも多かったし」
「で、異性で一番多く言葉を交わしたのも……多分池田じゃないかな? あのやり取りは会話と呼べるもんじゃないしな」
「えーっとね、昔話じゃなくてね……」

 やばい。
 やはり話題は美香か?

「あたしね……親しい人にはほとんど話してないんだけど……見えるのよ」
「見える? 何が? あ……」

 ズボンの窓が半開きって話は、池田から出た。
 お茶らけてみる。

「……磯田君、そこじゃないから。それと、ちょっと真面目な話だから」
「お、おう?」

 両手で股間を抑えただけなのに、なんでそんな怖い顔をされるのか。

「……磯田君、あなた……美香ちゃんのこと、見えてるでしょ?」

 単刀直入かよ。

「あー……美香、さんのことは、成仏してもらわなきゃ困るんだが……。葬儀が終わってもそこらにいるってんなら、俺の仕事の信用問題になるんだが」

 厳密にいえば親父か。
 葬儀の導師は親父が務めたから。

「あのね、あたし、今……普通に就職はしてるんだけど、その仕事の時間外で……霊能力がどうのってのをやってるの」
「……僧職の前でそう言うこと言うか」
「いや、ライバルとか商売敵とか、そういう次元の話じゃないから。ていうか、この手の話、磯田君は信じる? 霊魂とか幽霊とか」

 興味はある話。
 よその世界の物語を聞いてるような意味でな。

「あるんだろうな、とは思う。が、我が身に降りかかることとは思えん。霊感ゼロなんでな」

 これは事実。
 つか、美香以外の霊は見たことがないから、あながち間違いじゃない、はずだ。

「えっとね……時々磯田君の方を見てるのよね」
「まじか。どこにいるんだ? 肩の辺りにいる?」

 と、小芝居をかましてみる。
 知らないふりをして、こいつの目的が分かるまで様子見した方がいいか、ってな。

「ううん。磯田君の向こう側。あたしと反対側の所にいるよ。白装束っていうの? あんな格好で、テーブルの上に座ってる」

 正解。
 見えてるのか。
 でも話し声は聞こえない、と。

「葬式しても成仏できてない……。うちって、池田さんから信頼損ねてる状況?」

 俺には美香さんしか見えないが、池田は他の霊も見えるんだろうか?
 他のお檀家さんの霊が見えてたら……葬式あげても成仏させられない寺、なんて言われるんだろうか?
 転職考えた方がいいかな……?
 つっても、今更、なりたい職業なんて思いつきゃしない。
 いろいろ手遅れだな。

「お葬式って、亡くなった本人より、生きている遺された人たちのためにも必要だと思うから、そこまで卑下しなくてもいいけど……」
「とりあえず、俺には見えない。で、美香さんはどうなればいいんだ?」
「まぁ……祓って成仏させてあげるよりほかないんだろうけど」

 やっぱりそうきたか。
 でも、極楽浄土に往生するのか最適だと思うんだよな。

「とは言われても、俺には全く姿は見えないし、もしそうだとしても体に何の異変も感じないから……」
「でもほっとくと、悪霊になってしまうことがあるから、早いうちに対処しないと」

 おいおい。
 物騒だな。

「何で悪霊になるんだ? そっち方面の話は全く知識はないから、説明してもらわんと理解できんのだが」
「……声をかけても返事してくれない。触ろうとしても透過してしまう。自分はここにいるのに誰も相手してくれない、となったら、どんな風に感じると思う?」
「生きてる人間だったら、無視とかされたら……卑屈になるか? いじけたりとか……」
「そう。それが悪霊に変わる原因になるの」

 美香の声を聞こうとしてたら、自然と睨んだ顔になってた、ということか。
 ……無視したことは一度もないんですがその件についてはどうなんですかね?

「この世に留まってる原因は、心残りがあるとか未練があるとか、なのよね。あたし、美香ちゃんにずっと語り掛けてたんだけど無反応だったから、こういう装飾品の力を借りて浄化してあげようと思ってるんだけど」

 俺の妄想がほぼ当たってた。
 さぁどうしようか。

「……何かをしたい、みたいな目的があってこの世に留まってるのかも、とか思ったり」
「それが分かれば苦労はしないわよね」

 さぁ困った。
 本人だって、何かをしたがってそうな感じじゃないしな。

「声とか聞こえないのか? 何かを訴えてることが分かるとか」ひょっとして、彼女、何か俺に言いたい事でもあるのか?」
「あたしのかけた声は聞こえてないみたいだし、美香ちゃんが何かを言いたそうな感じもしないのよね。磯田君やお母さんの方を見てたりするから、何か言いたいことがあるとは思うんだけど……」

 自称霊能力者ですら聞こえない声を、霊感ゼロの俺が聞き取れる。
 これだけでも、うさん臭さを感じてしまうんだが……。
 でも考えてみれば、美香が俺に話しかける時ばかりじゃなく、いつも口は閉じたままなんだよな。
 驚いた時には流石に開くけど。

「ところでさ、その事、美香さんのお母さんに話した?」
「まさか。言えるわけないでしょ。事実をそのまま伝えることが、全てにおいて正しいとは限らないわよ」

 ほう。
 そういうことは弁えてるのか。

「それに、依頼を受けたら除霊とかするけど、それを生業としてるわけじゃないから。だからいきなり『私、除霊の仕事もしてるんです』なんて言ったって、怪しまれるだけだし」
「でも俺にはそういうことをいきなり言ってきたよな?」
「美香ちゃんが頻繁に磯田君の方を見てるもの。躊躇してる場合じゃないって焦ったわよ。でも……今日で百か日よね。それだけ長い間憑りつかれて、特に健康に被害がないってのも、ちょっと安心した」

 憑りつかれてるわけじゃないんだがな。
 憑りついてるとしたら、俺にじゃなくて我が家にじゃないのか?

「で、磯田君はこれから毎月拝みに行くんだって?」
「あぁ。そういう予定になってるが……」
「そっか。するとあたしも、美香ちゃんちに行くとしたらそれに合わせないとまずいわよね」
「なんで?」
「当たり前じゃない。今回初めて顔を出したのよ? その日から毎日のようにあの家に訪問してたら、美香ちゃんのお母さん、間違いなくあたしを怪しむでしょ?」

 それもそうか。

「あたしから動くつもりでいるから、普通の依頼人から受ける依頼と違うから、料金云々なんてとるきはさらさらないんだけどね。美香ちゃんが悪霊になるのを黙って見てらんないからさ」

 ……やっぱ、正直に話した方がいいかなぁ……うーむ……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...