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魔力も才能もない「凡人令嬢」フィリア。婚約者の天才魔術師アルトは彼女を見下し、ついに「君は無駄だ」と婚約破棄。失意の中、フィリアは自分に古代
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伯爵令嬢フィリア・クレスウェルは、今日も今日とて、ため息を禁じ得なかった。
目の前には、美しく淹れられた紅茶と、色とりどりの焼き菓子。
しかし、それを共に味わうはずの婚約者の席は、今日も空いたままだ。
婚約者であるアルト・フォン・ヴァイスラント侯爵子息は、この国でも五指に入ると謳われる天才魔術師だ。
若くして魔術師団の幹部に名を連ね、その才能と家柄、そして氷のように整った美貌で、社交界の令嬢たちの羨望を一身に集めている。
それに比べて、フィリアは……。
魔力量は平均以下、得意な魔法といえば、庭の花を少しだけ元気づける程度のささやかな生活魔法くらい。
容姿も地味で、これといった才能もない。
まさに「凡人」という言葉がぴったりの令嬢だった。
そんな二人が婚約したのは、三年前。
家同士が決めた、完全な政略結婚だった。
フィリア自身、アルトのような雲の上の存在と自分が釣り合うはずがないと、最初から理解していた。
それでも、婚約者となったからには、少しでも彼にふさわしい女性になろうと、必死で魔術の勉強や作法の練習に励んだ。
しかし、アルトの態度は終始冷たかった。
彼は魔術の研究に没頭するあまり、フィリアとの時間をほとんど取ろうとしない。
たまに顔を合わせても、交わされるのは儀礼的な挨拶だけで、彼女の努力など、まるで目に入っていないかのようだった。
それどころか、時にはあからさまな侮蔑の視線を向けられることすらあった。
彼の才能至上主義的な価値観からすれば、フィリアのような「凡人」は、視界に入れるのも不愉快なのかもしれない。
(……もう、疲れたわ)
フィリアは、冷めていく紅茶を見つめながら、何度目になるか分からない溜息をついた。
彼に認められようと努力するのも、彼の冷たい態度に傷つくのも、もう限界だった。
この歪な婚約が、いっそ早く終わってくれればいいのに。
そう願い始めていた矢先のことだった。
その日、珍しくアルトの方から呼び出しがあり、フィリアは彼の研究室を訪れていた。
無機質で、魔術の道具や難解な書物で埋め尽くされた部屋。
アルトは、フィリアを一瞥すると、何の感情も込めずに、そして容赦なく言い放った。
「フィリア嬢。単刀直入に言おう。君との婚約を、本日をもって破棄させていただきたい」
予想していた言葉だった。
それでも、直接突きつけられると、胸が締め付けられるように痛んだ。
「……理由は、お聞かせ願えますか?」
かろうじて、震える声で尋ねる。
「理由? 必要か?」
アルトは、心底不思議そうな顔をした。
「君のような凡庸な令嬢と時間を過ごすことは、私の貴重な研究時間を奪う、無駄以外の何物でもない。私には、もっと高みを目指す資格と義務がある。…それだけだ」
彼の言葉には、微塵の配慮もなかった。
ただ、冷たい事実だけがそこにあった。
フィリアは、俯いて唇を噛み締めた。
涙が溢れそうになるのを、必死で堪える。
悔しい。悲しい。
けれど、彼の言うことも、ある意味では真実なのかもしれない。
自分は、彼に釣り合わない。
彼の隣に立つ資格など、最初からなかったのだ。
「……承知、いたしました。アルト様。これまで、ありがとうございました」
フィリアは、絞り出すような声でそれだけ言うと、深く一礼し、逃げるように研究室を後にした。
彼の冷たい視線が、背中に突き刺さるのを感じながら。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
婚約破棄は、貴族社会においては大きなスキャンダルだ。
しかし、相手があのアルト・フォン・ヴァイスラントであれば、話は別だった。
「やはり、あの方には伯爵令嬢では役不足だったのだ」
「魔力のない令嬢など、ヴァイスラント家の恥になるだけ」
社交界は、むしろアルトの決断を当然のこととして受け止め、フィリアに対しては同情よりも憐憫の目を向けた。
フィリアは、それに耐えきれず、半ば引きこもるようにして実家の屋敷で静かに暮らし始めた。
もう、誰かに認められようと無理をする必要はない。
魔術の勉強も、難しい作法の練習もやめた。
ただ、幼い頃から好きだった、庭の花々の世話をしたり、古い刺繍の図案を眺めたりして、穏やかに日々を過ごす。
傷ついた心は、すぐには癒えなかったが、それでも、偽りの婚約に縛られていた頃よりは、ずっと気が楽だった。
そんなある日、フィリアは屋敷の書庫で、埃をかぶった一冊の古い本を見つけた。
それは、彼女の曾祖母が遺したという、植物に関する記録が記されたものだった。
パラパラとページをめくっていると、ある奇妙な記述に目が留まった。
それは、失われたはずの古代魔法――植物の生命力を活性化させ、枯れた花すら蘇らせるという、奇跡の魔法に関するものだった。
(古代魔法……? まさか、こんなものが……)
フィリアは、半信半疑ながらも、その記述に強く惹きつけられた。
そして、庭に出て、ちょうど元気がなくなっていた一輪の薔薇の前にしゃがみ込むと、本に書かれていた通りに、そっと手をかざし、心の中で優しい言葉をかけてみた。
「元気になって……綺麗に咲いて……」
特別な魔力を込めたつもりはない。
ただ、純粋に、花が元気になることを願っただけだ。
すると、信じられないことが起こった。
萎れていた薔薇の花びらが、みるみるうちに瑞々しさを取り戻し、鮮やかなピンク色に輝き始めたのだ。
まるで、魔法にかけられたかのように。
「……え?」
フィリアは、自分の目を疑った。
これは、偶然? それとも……?
彼女は、試しに他の萎れた花にも同じようにしてみた。
すると、やはり同じように、花は奇跡のように元気を取り戻していく。
(まさか、わたくしが……古代魔法を……?)
自分は魔力ゼロに近い凡人のはずだ。
こんな強力な魔法が使えるはずがない。
しかし、目の前で起こっている現実は、それを肯定していた。
フィリアは、混乱しながらも、自分の中に眠っていた未知の力に、畏れと、そしてほんの少しの興奮を感じていた。
一方、その頃。
アルト・フォン・ヴァイスラントは、焦りの色を深めていた。
彼が長年追い求めてきた、古代魔法の研究が、完全に行き詰っていたのだ。
文献を読み漁り、遺跡を調査しても、具体的な手がかりは何も掴めない。
古代魔法は、現代魔法とは全く異なる体系を持ち、限られた血筋の者、あるいは特殊な条件下でしか発現しないらしい、ということまでは分かったのだが。
なぜ、彼がそれほどまでに古代魔法に固執するのか。
それは、個人的な探求心だけではなかった。
近々、王国では数百年に一度の重要な神聖儀式が執り行われる予定なのだが、その儀式を成功させるためには、古代魔法の力が必要不可欠だと判明したのだ。
さらに、王国の地下深くに封印されている、古代の邪悪な魔物が、近年その力を増しており、封印が解けるのも時間の問題だと予測されていた。
その魔物を再び封印できるのも、おそらく古代魔法だけだろう。
国の存亡が、古代魔法の使い手の発見にかかっていると言っても過言ではなかった。
「くそ……どこにいるのだ、古代魔法の使い手は……!」
アルトは、自室で苛立たしげに書類を掻きむしった。
彼は、部下に命じて、国内のあらゆる魔術師や、古い家系の者たちを調査させていたが、有力な情報は全く得られない。
そんな時、ふと、彼の脳裏にある記憶が蘇った。
それは、まだフィリアと婚約していた頃のこと。
彼女が、庭の花に優しく話しかけながら、触れていた場面。
その時、枯れかけていた花が一瞬だけ輝いたように見えたが、気のせいだと思ってすぐに忘れてしまった。
そして、彼女の家系――クレスウェル伯爵家――に伝わる、古い言い伝え。
『初代当主は、森の精霊と心を通わせ、花々を操る力を持っていた』
当時は、ただのおとぎ話だと一笑に付していたが……。
(まさか……いや、しかし……)
アルトの頭の中で、点と点が繋がり始める。
古代魔法の使い手は、特別な魔力測定では「凡庸」あるいは「ゼロ」と判定される可能性があるという記述。
フィリアの魔力測定の結果は、限りなくゼロに近かった。
彼女の家系の古い伝承。
そして、あの時の花の輝き……。
(……フィリアが……? あの凡庸だと思っていた彼女が……まさか、古代魔法の……?)
その可能性に思い至った瞬間、アルトの全身から血の気が引いた。
もし、それが真実だとしたら?
自分は、国を救う唯一の鍵となるかもしれない存在を、「時間の無駄だ」と言って、自ら手放してしまったことになる。
なんという愚かなことを……!
アルトは、激しい後悔と自己嫌悪に打ちのめされた。
プライドの高い彼が、これほどの失態を犯したことは、かつてなかった。
だが、後悔している時間はない。
一刻も早く、フィリアを探し出し、彼女に……謝罪し、助けを求めなければならない。
たとえ、彼女にどれほど罵られようとも、軽蔑されようとも。
アルトは、すぐさま馬を飛ばし、クレスウェル伯爵家へと向かった。
逸る気持ちを抑えきれず、従者も連れずに。
しかし、彼が伯爵家に到着した時、聞かされたのは非情な事実だった。
「フィリアお嬢様なら、数日前に……王都を離れ、ご自身の領地へと旅立たれましたが……」
(なんだと……!?)
アルトは愕然とした。
彼女は、もうここにはいない。
どこへ行ったというのだ? 領地とは、どこなのだ?
だが、諦めるわけにはいかない。
アルトは、すぐさま部下に命じてフィリアの行方を追わせると同時に、自らも再び馬上の人となった。
どんな手段を使っても、彼女を見つけ出す。
そして、必ず……!
天才魔術師の、必死の捜索が始まった。
一方、フィリアは、実家を離れ、クレスウェル家が所有する、寂れた小さな領地へと向かっていた。
婚約破棄された令嬢として、これ以上実家にいるのも居心地が悪かったし、何より、自分の持つ不思議な力を、誰にも知られずに、静かに探求したいと思ったからだ。
馬車に揺られながら、彼女は窓の外を眺めていた。
これから始まる新しい生活への、ほんの少しの期待と、そしてまだ拭いきれない過去への感傷を胸に抱きながら。
彼女はまだ知らない。
自分を捨てたはずの元婚約者が、今、必死になって自分を探していることなど、夢にも思わずに。
目の前には、美しく淹れられた紅茶と、色とりどりの焼き菓子。
しかし、それを共に味わうはずの婚約者の席は、今日も空いたままだ。
婚約者であるアルト・フォン・ヴァイスラント侯爵子息は、この国でも五指に入ると謳われる天才魔術師だ。
若くして魔術師団の幹部に名を連ね、その才能と家柄、そして氷のように整った美貌で、社交界の令嬢たちの羨望を一身に集めている。
それに比べて、フィリアは……。
魔力量は平均以下、得意な魔法といえば、庭の花を少しだけ元気づける程度のささやかな生活魔法くらい。
容姿も地味で、これといった才能もない。
まさに「凡人」という言葉がぴったりの令嬢だった。
そんな二人が婚約したのは、三年前。
家同士が決めた、完全な政略結婚だった。
フィリア自身、アルトのような雲の上の存在と自分が釣り合うはずがないと、最初から理解していた。
それでも、婚約者となったからには、少しでも彼にふさわしい女性になろうと、必死で魔術の勉強や作法の練習に励んだ。
しかし、アルトの態度は終始冷たかった。
彼は魔術の研究に没頭するあまり、フィリアとの時間をほとんど取ろうとしない。
たまに顔を合わせても、交わされるのは儀礼的な挨拶だけで、彼女の努力など、まるで目に入っていないかのようだった。
それどころか、時にはあからさまな侮蔑の視線を向けられることすらあった。
彼の才能至上主義的な価値観からすれば、フィリアのような「凡人」は、視界に入れるのも不愉快なのかもしれない。
(……もう、疲れたわ)
フィリアは、冷めていく紅茶を見つめながら、何度目になるか分からない溜息をついた。
彼に認められようと努力するのも、彼の冷たい態度に傷つくのも、もう限界だった。
この歪な婚約が、いっそ早く終わってくれればいいのに。
そう願い始めていた矢先のことだった。
その日、珍しくアルトの方から呼び出しがあり、フィリアは彼の研究室を訪れていた。
無機質で、魔術の道具や難解な書物で埋め尽くされた部屋。
アルトは、フィリアを一瞥すると、何の感情も込めずに、そして容赦なく言い放った。
「フィリア嬢。単刀直入に言おう。君との婚約を、本日をもって破棄させていただきたい」
予想していた言葉だった。
それでも、直接突きつけられると、胸が締め付けられるように痛んだ。
「……理由は、お聞かせ願えますか?」
かろうじて、震える声で尋ねる。
「理由? 必要か?」
アルトは、心底不思議そうな顔をした。
「君のような凡庸な令嬢と時間を過ごすことは、私の貴重な研究時間を奪う、無駄以外の何物でもない。私には、もっと高みを目指す資格と義務がある。…それだけだ」
彼の言葉には、微塵の配慮もなかった。
ただ、冷たい事実だけがそこにあった。
フィリアは、俯いて唇を噛み締めた。
涙が溢れそうになるのを、必死で堪える。
悔しい。悲しい。
けれど、彼の言うことも、ある意味では真実なのかもしれない。
自分は、彼に釣り合わない。
彼の隣に立つ資格など、最初からなかったのだ。
「……承知、いたしました。アルト様。これまで、ありがとうございました」
フィリアは、絞り出すような声でそれだけ言うと、深く一礼し、逃げるように研究室を後にした。
彼の冷たい視線が、背中に突き刺さるのを感じながら。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
婚約破棄は、貴族社会においては大きなスキャンダルだ。
しかし、相手があのアルト・フォン・ヴァイスラントであれば、話は別だった。
「やはり、あの方には伯爵令嬢では役不足だったのだ」
「魔力のない令嬢など、ヴァイスラント家の恥になるだけ」
社交界は、むしろアルトの決断を当然のこととして受け止め、フィリアに対しては同情よりも憐憫の目を向けた。
フィリアは、それに耐えきれず、半ば引きこもるようにして実家の屋敷で静かに暮らし始めた。
もう、誰かに認められようと無理をする必要はない。
魔術の勉強も、難しい作法の練習もやめた。
ただ、幼い頃から好きだった、庭の花々の世話をしたり、古い刺繍の図案を眺めたりして、穏やかに日々を過ごす。
傷ついた心は、すぐには癒えなかったが、それでも、偽りの婚約に縛られていた頃よりは、ずっと気が楽だった。
そんなある日、フィリアは屋敷の書庫で、埃をかぶった一冊の古い本を見つけた。
それは、彼女の曾祖母が遺したという、植物に関する記録が記されたものだった。
パラパラとページをめくっていると、ある奇妙な記述に目が留まった。
それは、失われたはずの古代魔法――植物の生命力を活性化させ、枯れた花すら蘇らせるという、奇跡の魔法に関するものだった。
(古代魔法……? まさか、こんなものが……)
フィリアは、半信半疑ながらも、その記述に強く惹きつけられた。
そして、庭に出て、ちょうど元気がなくなっていた一輪の薔薇の前にしゃがみ込むと、本に書かれていた通りに、そっと手をかざし、心の中で優しい言葉をかけてみた。
「元気になって……綺麗に咲いて……」
特別な魔力を込めたつもりはない。
ただ、純粋に、花が元気になることを願っただけだ。
すると、信じられないことが起こった。
萎れていた薔薇の花びらが、みるみるうちに瑞々しさを取り戻し、鮮やかなピンク色に輝き始めたのだ。
まるで、魔法にかけられたかのように。
「……え?」
フィリアは、自分の目を疑った。
これは、偶然? それとも……?
彼女は、試しに他の萎れた花にも同じようにしてみた。
すると、やはり同じように、花は奇跡のように元気を取り戻していく。
(まさか、わたくしが……古代魔法を……?)
自分は魔力ゼロに近い凡人のはずだ。
こんな強力な魔法が使えるはずがない。
しかし、目の前で起こっている現実は、それを肯定していた。
フィリアは、混乱しながらも、自分の中に眠っていた未知の力に、畏れと、そしてほんの少しの興奮を感じていた。
一方、その頃。
アルト・フォン・ヴァイスラントは、焦りの色を深めていた。
彼が長年追い求めてきた、古代魔法の研究が、完全に行き詰っていたのだ。
文献を読み漁り、遺跡を調査しても、具体的な手がかりは何も掴めない。
古代魔法は、現代魔法とは全く異なる体系を持ち、限られた血筋の者、あるいは特殊な条件下でしか発現しないらしい、ということまでは分かったのだが。
なぜ、彼がそれほどまでに古代魔法に固執するのか。
それは、個人的な探求心だけではなかった。
近々、王国では数百年に一度の重要な神聖儀式が執り行われる予定なのだが、その儀式を成功させるためには、古代魔法の力が必要不可欠だと判明したのだ。
さらに、王国の地下深くに封印されている、古代の邪悪な魔物が、近年その力を増しており、封印が解けるのも時間の問題だと予測されていた。
その魔物を再び封印できるのも、おそらく古代魔法だけだろう。
国の存亡が、古代魔法の使い手の発見にかかっていると言っても過言ではなかった。
「くそ……どこにいるのだ、古代魔法の使い手は……!」
アルトは、自室で苛立たしげに書類を掻きむしった。
彼は、部下に命じて、国内のあらゆる魔術師や、古い家系の者たちを調査させていたが、有力な情報は全く得られない。
そんな時、ふと、彼の脳裏にある記憶が蘇った。
それは、まだフィリアと婚約していた頃のこと。
彼女が、庭の花に優しく話しかけながら、触れていた場面。
その時、枯れかけていた花が一瞬だけ輝いたように見えたが、気のせいだと思ってすぐに忘れてしまった。
そして、彼女の家系――クレスウェル伯爵家――に伝わる、古い言い伝え。
『初代当主は、森の精霊と心を通わせ、花々を操る力を持っていた』
当時は、ただのおとぎ話だと一笑に付していたが……。
(まさか……いや、しかし……)
アルトの頭の中で、点と点が繋がり始める。
古代魔法の使い手は、特別な魔力測定では「凡庸」あるいは「ゼロ」と判定される可能性があるという記述。
フィリアの魔力測定の結果は、限りなくゼロに近かった。
彼女の家系の古い伝承。
そして、あの時の花の輝き……。
(……フィリアが……? あの凡庸だと思っていた彼女が……まさか、古代魔法の……?)
その可能性に思い至った瞬間、アルトの全身から血の気が引いた。
もし、それが真実だとしたら?
自分は、国を救う唯一の鍵となるかもしれない存在を、「時間の無駄だ」と言って、自ら手放してしまったことになる。
なんという愚かなことを……!
アルトは、激しい後悔と自己嫌悪に打ちのめされた。
プライドの高い彼が、これほどの失態を犯したことは、かつてなかった。
だが、後悔している時間はない。
一刻も早く、フィリアを探し出し、彼女に……謝罪し、助けを求めなければならない。
たとえ、彼女にどれほど罵られようとも、軽蔑されようとも。
アルトは、すぐさま馬を飛ばし、クレスウェル伯爵家へと向かった。
逸る気持ちを抑えきれず、従者も連れずに。
しかし、彼が伯爵家に到着した時、聞かされたのは非情な事実だった。
「フィリアお嬢様なら、数日前に……王都を離れ、ご自身の領地へと旅立たれましたが……」
(なんだと……!?)
アルトは愕然とした。
彼女は、もうここにはいない。
どこへ行ったというのだ? 領地とは、どこなのだ?
だが、諦めるわけにはいかない。
アルトは、すぐさま部下に命じてフィリアの行方を追わせると同時に、自らも再び馬上の人となった。
どんな手段を使っても、彼女を見つけ出す。
そして、必ず……!
天才魔術師の、必死の捜索が始まった。
一方、フィリアは、実家を離れ、クレスウェル家が所有する、寂れた小さな領地へと向かっていた。
婚約破棄された令嬢として、これ以上実家にいるのも居心地が悪かったし、何より、自分の持つ不思議な力を、誰にも知られずに、静かに探求したいと思ったからだ。
馬車に揺られながら、彼女は窓の外を眺めていた。
これから始まる新しい生活への、ほんの少しの期待と、そしてまだ拭いきれない過去への感傷を胸に抱きながら。
彼女はまだ知らない。
自分を捨てたはずの元婚約者が、今、必死になって自分を探していることなど、夢にも思わずに。
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