グリモワールの修復師

アオキメル

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3章 リリスと魔族の王子様

109 ステラのお誘い

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「やっほー、リリス!」

 リリスが部屋で三時のお茶をしていると、突然部屋の扉が開いた。
 紅茶にちょうど口をつけようとしていたところだったので、カップを手に持ったまま停止してしまう。
 メルヒの保存修復の話を聞いて、少し休憩していた所だったというのに、いったい誰だろうと扉に目を向けた。
 リリスの隣には燕尾服を着たミルキが天井を仰ぎ呆れている。

「この屋敷の住人は他人の部屋に入室する時にノックをする、という簡単なこともできないのですか?」

 そう剣のこもった眼差しで開いた扉を見ている。
 そこにふわふわした星色の金髪を持った少女の姿が現れた。

「あれ?オプスキュリテ家の執事さん声がするわ。
 気のせいかしら?」

「…フルール」

 リリスはその姿を目に止めると嬉しくなって表情を崩した。

「あれあれ?やっぱり執事さんだわ。
 幻かしら?
 幻術とか使えそうだものね。
 ミルキはいつの間にここに来ていたの?
 自分のお仕事はやりきったのかしら?」

 にこにことどこか探るような笑顔でフルールはミルキに近寄っていく。
 ココも頭の上でにゃぁにゃぁ鳴いていた。
 フルールがいると賑やかで楽しい。
 不思議そうな表情でフルールはミルキを見つめている。
 実体か確かめるようパンパンと手で軽く体を叩いていた。
 それにミルキがうるさそうに答える。

「本人ですよ。
 うるさいですね。
 あんまり触らないでください。
 質問ばかりなのも答えずらい…」

 ミルキはコホンと一つ咳をしてフルールを黙らせ言葉を続けた。

「ここに来たのは季節の変わる前でしょうか、それなりに月日は経っていますよ。
 これでもけっこう馴染んでいると思っています。
 そもそも、いろいろ誤魔化しができたら、機をみてリリス様のところに合流するつもりでした。
 私が、リリス様を一人にするはずないでしょう?
 それど、フルール様。
 ノックくらいしてくださいね。
 リリス様が驚いてしまいます」

 一気に喋り終えたミルキは息を着いた。
 その表情は嫌そうに眉を寄せている。

「ノックね…。
 私の登場は普段からこうだって決めてるから、これでいいのよ!
 別にみんな驚かないわ!」

「にゃ!」

 リリスはその光景眺めながら手に持っていたカップをソーサーに戻した。
 紅茶の香りが気分をほっとさせてくれる。
 賑やかな方が友人が来たことで、楽しい休憩が出来そうだった。

「ミルキは私がいない間に来てたのね…。
 もっと早くここに戻れば良かったわ。
 そしたら面白いもの見れたのに。
 カラス達がよくあなたを入れることを許したわね。
 フルールちゃん、その時の話が聞きたーい」

 おちょくるような表情でフルールはミルキの周りを歩きリリスの向かいの席に着いた。

「お茶もちょうだい!」

「…」

 ミルキは無言でカップとソーサーを机に置き紅茶をそそいだ。
 表情に出さないようにしているようで傍から見ると微笑んでいるようにも見える。
 たぶんあんまり機嫌は良くなさそうだ。

「私はミルクティーが好きだから、砂糖とミルクもたっぷり必要よ!」

 その要求にも無言でミルキは対応した。
 リリスの紅茶の好みはストレートティーが好きなのでここには砂糖もミルクも置いていなかったのに用意してあったのか、机に置かれた。

「うーん、これで満足だわ。
 ココにはミルクをお願いするわ。
 ちゃんと机の上にココの分のティーセットを用意するのよ。
 人と同じ扱いにしないと、あとで機嫌悪くなっちゃうから。
 さぁ、リリス何を見たのか話してちょうだい」

 机の上に手を組みながら顎を乗せて興味津々とした輝く瞳でこちらを見つめてくる。
 ミルキが来た日のことはリリスも途中からしか分からないのだけど、と前置きをしてカラス達とミルキの仲についてフルールに話して聞かせた。

「三つ子達はミルキのことあんまり好きじゃないみたいで、いつもケンカしてるのよ。
 私は、仲良くしてほしいと思うのだけど…」

「そりゃね、精霊と魔族じゃ相性悪いわよ。
 仕方ないことだわ。
 精霊は清廉な空気と魔力を好むのよ。
 ミルキはそこに禍々しさを伴って空気を汚染してるようなものなんだから。
 ここに入れてもらえただけマシなくらいよ。
 ここはあの子達にとって守るべき、大事な巣なのだから」

 フルールの口からミルキは魔族という言葉が出てきて、リリスはびっくりした。
 フルールは何もかも知っていたのかしらと。
 リリスばかりが何も知らなかったのだと思い知らさせる。

「…フルールはミルキが魔族って、知っていたのね。
 私は知らなかったの、カラス達に言われて初めて知ったのよ。
 そのあと夢で少しずつ過去を見るようになって分かったの」

「…過去を知ったの?
 その赤い瞳は夢の中で過去を映しているのね…。
 ミルキの正体は、薄々という感じよ。
 ここにいると、魔族の独特な禍々しさが分かりやすいから確信を持ったけど。
 オプスキュリテ家の一族はみんな魔族のような魔力を纏っているから、悩んだけれどね」

 そうか、フルールも確信を持ったのは今なのだとリリスは安心した。
 リリスは考えていたことをフルールに話すことにした。

「私、魔族と結婚させられるのが怖くて逃げたじゃない?」

「そうね、私はリリスが辛い目にあって欲しくなくて…。
 逃げるのを手伝ったわ。
 まるで生贄のようにあの塔に閉じ込められていたのだもの…」

 その時のことに心を痛めたのかフルールは悲しそうに目を伏せた。

「逃げ出した私が今更って何をと思うけど…。
 私、ミルキが魔族だって知ってから考えてしまうの。
 魔族がもしミルキみたいな人ばかりだったとしたら、私はとても悪いことをしたんじゃないかって」

 その言葉にフルールは顔を上げた。
 そんなことかんがえるのは間違いよと言わんばかりに目がつり上がっていく。

「リリスは自由を奪われ閉じ込められていたのよ!
 そんなこと考えなくてもあなたは被害者だったわ。
 だから後悔なんてしてはダメよ」

「そうよね…。
 逃げ出した以上考えてはダメなことだわ。
 全てを放棄して逃げたのだから…。
 薔薇姫の塔から逃れて、自由に楽しいことを見つけられた。
 これはすごく幸せなこと。
 でも、考えてしまうの…。
 ダミアンお兄様に教えられた魔族が全てじゃないって、もっと早く知りたかったわ」

 リリスは胸をそっと手で撫でた。
 狼の魔族がつけた花嫁の印があるその位置を。
 それに隣にはいたミルキがすっと目を細める。
 そこにフルールの手が重なった。
 いつの間にかリリスの隣にきて、リリスの手を包んでいる。
 暖かくて気持ちが落ち着いていく。
 見上げたリリスはフルールと目が合った。
 にっこり微笑んだフルールはリリスにこう告げた。

「ねぇ、リリス。
 一緒に私のお城に行きましょう。
 ぐずぐず考えてはダメだわ。
 きっとこれは、リリスのためになるはずよ」

 突拍子もない突然の誘いに、リリスはきょとんとフルールを見つめるしかできなかった。
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