転生先がサイコパス一家だったので悪役令嬢になりきってみせます!

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腐った孤児院

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ヴァルムント公爵領の外れにあるとある孤児院。

ここは、王国の管理下にある「公的機関」のはずだった。

だが、その実態はあまりにも醜悪で、正しく地獄そのものだった。



孤児院の建物は、まるで廃墟のような惨状だった。

壁はひび割れ、あちこちに穴が空いている。

床は湿気で腐りかけており、歩くたびにギシギシと不吉な音を立てる。

部屋の隅には黒いカビが繁殖し、空気は汚水とカビ、腐った食べ物の異臭で満ちていた。

「施設」と呼ぶのも憚られる、人間が住むにはあまりにも劣悪な環境。

だが、ここに暮らす子供たちに、選択肢などなかった。

「生き残るか、朽ちるか」──それだけ。

この孤児院では、最低限の衣食住すら保証されず、子供たちは“生きる”という行為そのものを試されていた。



院長室では、醜悪な笑みが浮かんでいた。

「……もう少しで到着するはずです」

そう報告したのは、院長の側近の一人である男。

「ふん……ようやくか」

院長は低く笑い、椅子にもたれかかった。

ロイ・グランデル。

それが、この孤児院の院長の名だった。

彼はかつて貴族の端くれだったが、何らかの事情で爵位を剥奪され、今はこの孤児院を利用して私腹を肥やす最低の男だ。

「さて、今日は何人送れるかな……」

ロイは指を鳴らしながら、歪んだ笑みを浮かべた。

この孤児院は、表向きは王国の保護施設として運営されている。

だが、実態は人身売買の供給元だった。

孤児たちは、商品だ。

生き延びるために飢えを凌ぎ、虐待に耐え、心をすり減らしながらも、ただ次の売買の機会を待つだけの存在だった。

「見栄えの悪いのばかりじゃ困る。適当に洗っておけ」

「承知しました。多少はマシに見えるよう、整えます」

「それでいい。どうせ売られる側には選ぶ権利なんかないが、客が気分を損ねるのは困るからな」

「ええ。汚れたままだと値もつきませんからね」

ロイは満足げに頷き、部下が部屋を出て行く。

その背を見送りながら、彼はふんっと鼻を鳴らし、低く笑った。

「……ククク、ようこそ、“楽園”へ」



その頃、孤児院の中庭では、いつもの光景が繰り広げられていた。

「弱者が踏みにじられる」──それが、この孤児院の“日常”だった。

「おい、こいつの分も取っちまえよ」

「ギャハハッ! そんな顔してもムダだって!」

痩せ細った少年たちが、一人の小さな子供を囲み、汚れた手で小さくちぎれたパンを奪い取る。

この孤児院では、強い者がすべてを支配する。

弱い者は食事を奪われ、暴力を受け、道具のように扱われる。

「食事」を得ることすら、ここでは「戦い」だった。

「……やめろよ!!」

その場にいた、たった一人の少年だけは、黙っていられなかった。

リオン。

彼は、幼い頃からこの孤児院で育ち、ずっとこの地獄のような環境を見てきた。

そして、何度痛めつけられようとも、間違っているものには立ち向かう少年だった。

「何だよお前? また正義の味方ごっこか?」

「だったらどうした!?」

「へぇ……じゃあ、お前がこのガキの代わりに痛い目見ろよ」

そう言った瞬間、鈍い音が響いた。

ドゴッ!!

「ぐっ……!」

リオンの腹に、一発の拳が叩き込まれる。

「調子乗ってんじゃねぇぞ」

バキッ!

顔面に拳が入る。

視界が揺れる。

「またこいつボコられてるぜ!」

「しぶといなぁ、こいつ」

周囲の孤児たちが笑いながら眺めている。

──だが、リオンは倒れなかった。

「……だから……やめろって……言っただろ……」

血を流しながら、それでも立ち上がる。

殴られても、蹴られても、決して屈しない。

この孤児院の“ルール”が間違っていると、心の底から信じているから。

「理不尽に従うなんて、まっぴらだ。」

──その想いだけが、彼を支えていた。

「……いつか……絶対に……こんな場所、出ていってやる……」

リオンは、折れた歯の隙間から血を吐き出しながら、心の中でそう誓った。

彼は、決して諦めていなかった。

ここにいる限り、未来なんて存在しない。

だから、絶対にこの場所を抜け出す。

たとえ、どんな手を使ってでも──。

彼は、ずっと脱出の機会を伺い続けていた。

ここは、出口のない檻。

どれだけ足掻こうが、どれだけ叫ぼうが、自由は決して与えられない。

──だが、それは“普通の孤児”ならばの話だ。

「……俺は、ここを出る」

リオンは、ずっとその瞬間を狙っていた。



この孤児院に閉じ込められて、どれくらい経ったのか、もう正確にはわからない。

だが、リオンには“生まれてからずっとここにいる”と言い切れるだけの記憶があった。

物心ついたときから、この孤児院は腐りきっていた。

食事はロクに与えられず、風呂もなく、病気になれば放置される。

運が良ければ生き延びる。悪ければ死ぬ。

子供たちに与えられるのは、「どうやって生き延びるか」ではなく、「どれだけ耐えられるか」だけ。

「……こんな場所、いずれは出ていかないといけない」

それが、リオンが幼い頃から決めていたことだった。

──そして、その時はもうすぐやってくる。



リオンが考えた脱出計画は、単純だ。

この孤児院には、大人の職員はそれほど多くない。

監視する者が少ない分、子供同士で序列が決まり、力のある奴が支配する構図になっている。

そのおかげで、職員が見張るのは「孤児たち同士の力関係を崩させないこと」くらい。

つまり──

「孤児同士で問題を起こしている最中なら、大人たちは気にしない。」

問題が起こっても、「またガキどもが騒いでるな」と放置される。

職員たちにとって、孤児たちは商品であり、家畜のようなもの。

死ななければそれでいい、くらいの感覚なのだ。

ならば、そこに付け入る隙がある。

リオンがこの数ヶ月間、わざといじめっ子たちに反抗し続けたのには、理由があった。

──「いつものこと」と思わせるため。

毎回ボコられても、何度も立ち上がる。

何も考えずに、ただ反抗しているだけの「バカ」だと認識させる。

そうすることで、職員たちはリオンに注意を払わなくなる。

「こいつは殴られても何も学ばない、愚かな子供」

──そう思わせることこそが、リオンの狙いだった。

何かを企んでいるようには見せない。

ただ、無鉄砲で短絡的な反抗を繰り返す少年。

だからこそ、誰も「リオンが本当に脱走を考えている」とは思わない。

そして──

その計画が、もうすぐ実行に移せる段階まで来ていた。



この孤児院では、定期的に「荷馬車」がやってくる。

荷馬車が来る日は、職員たちは忙しくなる。

その日は、孤児たちをまとめて洗い、多少は見栄えを整えさせる。

王国からの視察のため……ではない。

それは、「売り物の出荷日」だからだ。

リオンは、以前からずっとそれを観察していた。

荷馬車は、決して孤児院の敷地内には入らない。

建物の外に止まり、職員たちが孤児たちを連れていく。

そして、孤児たちは馬車に詰め込まれ、そのまま消えていく。

──何人もの子供たちが、「帰ってこなかった」。

「……あの馬車に乗せられたら、最後だ」

それは、誰もが知っていることだった。

だからこそ、そこに突破口がある。

職員たちは、荷馬車の積み込みに集中する。

その間だけは、孤児院の中の監視が手薄になる。

「そこで逃げる。」

計画は、もう出来上がっていた。

あとは、実行するだけ。

──そして、その荷馬車が来るのは、もう間もなくだった。



「……俺は、ここを出る。」

リオンは、何度もその言葉を胸の中で繰り返す。

この孤児院に未来なんてない。

生きる意味を見失ったまま、ただ“売られる日”を待つだけの生活。

そんな人生なんて、ごめんだ。

「次の“出荷日”が、チャンスだ」

その日は、監視が緩くなる。

騒ぎを起こし、その混乱に乗じて逃げる。

そのために、これまで耐え続けてきた。

殴られても、蹴られても、歯を食いしばって立ち上がり、「いつものこと」だと思わせた。

誰も、リオンの本心に気づいていない。

そして、気づかせるつもりもない。

「もう少しだ……」

手を握りしめ、リオンは静かに夜空を見上げた。

──「自由」は、すぐそこにある。
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