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“血染めの童子” vs. 護衛長
しおりを挟む「チッ……仕方ないな」
その声が響いた瞬間、混乱していた護衛たちの動きがピタリと止まった。
まるで蜘蛛の巣に絡め取られた虫のように、全員がその場に凍りつく。
オークション会場の奥から、一人の男がゆっくりと壇上へと歩み出る。
「……うわ、なんかすごいの出てきた」
その男は、明らかに他の護衛とは違う雰囲気をまとっていた。
鍛え上げられた筋肉が無駄なく鎧の下に収まり、腰には見るからに高級そうな剣が二本。
他の護衛とは比べ物にならないほどの威圧感。
そして、何より──
「おい、あれって……」
「まさか、元王国騎士団の……?」
「くそっ、なんでこんなところに……!」
観客席の方でも、ざわつく声が広がっていく。
──あぁ、なるほどね。
この男、ただの護衛じゃない。
たぶん、本職の剣士か、それに準ずる実力者。
オークション側も、さすがに万が一のために相応の戦力を抱えてたってことか。
「まさか、“血染めの童子”が本物とはな……」
護衛長らしき男は、鋭い目で兄上を見据えながら剣をゆっくりと抜いた。
「だが、ここで好き勝手に暴れられると思うなよ、小僧」
「……」
兄上は、その言葉を聞いても何の反応も示さない。
ただ、目を細め、
「へぇ……お前、強いのか?」
ニヤリと笑った。
「……おいおい、やめろ、やめろ。お前、そういうこと言う時マジで楽しそうじゃん……」
そして、次の瞬間──
──ガキンッ!!
空気が一瞬にして張り詰めた。
兄上のナイフと護衛長の剣が、交差した。
◆
兄上は、護衛長の懐に飛び込むようにして切りかかった。
それを、護衛長は見事な剣捌きで弾いた。
「ッ……!」
「ふん……なかなか速いな」
護衛長の言葉通り、兄上の動きは異常なまでに速かった。
体勢を崩されるどころか、すぐさま空中で身をひねり、次の一手を繰り出す。
だが──
「遅い」
護衛長は、一歩も引かずにその攻撃を流した。
「……おいおい、今のを受け流せるのかよ!? 他の護衛は一瞬で切り刻まれてたのに!!!」
兄上の戦い方は、圧倒的な速さと柔軟な体捌きが特徴だった。
一撃必殺ではなく、何度も切り刻むような連撃。
普通の相手なら、彼の攻撃をまともに捉えることすらできない。
……でも、護衛長は違った。
「どうした? その程度か?」
余裕すらある。
兄上の攻撃を最小限の動きでいなし、必要な時だけ剣を振る。
「え、マジで強くない……?」
兄上が初めて、自分より“上”の相手に当たったような気がした。
でも、兄上は……
「アハハハハハ!!!!!」
狂ったように笑いながら、さらに速く動き出す。
◆
「こっちこそ……もっと見せてみろよ、おっさん!!!」
刹那、兄上の動きがさらに加速する。
「今のでも十分速かったのに、まだ上があるの!?」
まるで影のように消え、次の瞬間には護衛長の背後に回り込んでいた。
護衛長はすぐさま振り向きざまに剣を振る。
「だが──遅い」
いやいや、兄上の動きが異常すぎるんだって!!
またしても、護衛長の懐へと潜り込む。
そして、兄上は狙いすましたように──
スパッ!!
護衛長の左肩を切り裂いた。
「くっ……!!」
血が飛び散る。
でも、護衛長は怯まなかった。
「……ふん、上等だ」
次の瞬間、兄上の足元が**ガキンッ!!!**と鳴った。
護衛長の剣が、兄上の足元の床を砕いていた。
「え、待って待って、それどんな戦い方!?!?」
兄上の動きが尋常じゃないほど速いなら、それを活かせない状況を作ればいい。
まさかの「足場崩し」。
その一瞬のスキを突き、護衛長は兄上の腹に剣の柄を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
「やっと捕えたぞ……!」
初めて、兄上の動きが止まった。
会場が、一瞬の静寂に包まれる。
「……え?」
もしかして、これ……兄上、負け──
そう思った、その時。
「……アハハ……ハハハハハッ!!」
兄上が、笑った。
護衛長が、一瞬だけ動きを止めた、その瞬間。
ザシュッ!!!
「ッ……!?」
兄上のナイフが、護衛長の腹に突き刺さっていた。
「……なっ」
護衛長が、目を見開く。
「やっぱり、お前強いわ……」
兄上は楽しそうに微笑んだ。
「だからこそ、俺も楽しませてもらったぜ……!!」
──バキンッ!!!
そのまま兄上は、護衛長の喉を切り裂いた。
「が……ッ……!!!」
護衛長が、ゆっくりと崩れ落ちる。
そして、
「……決着、か」
再び、会場が沈黙に包まれた。
兄上は、血に濡れたナイフを振り払いながら、ゆっくりと周囲を見渡す。
「さて……」
「次は、誰が俺の遊び相手になってくれるんだ?」
この瞬間、会場全体が本当の恐怖に飲み込まれた。
会場全体が、沈黙に支配されていた。
兄上の狂気に、恐怖し、誰もが息を呑んでいた。
誰もが、この地獄の光景を前にして、動けずにいた。
──その時。
ドボッ……!!
不吉な音がした。
「……ッ!?」
兄上の口から、鮮血が噴き出る。
「え?」
今、何が起こった?
兄上は確かに、勝ったはずだった。
護衛長の喉を切り裂き、息の根を止めたはずだった。
なのに──
兄上の脇腹には、深々と剣が突き立てられていた。
「……嘘、でしょ」
恐る恐る視線を向ける。
そこには、死んだはずの護衛長がいた。
いや、明らかに殺したはずだった。
喉を掻っ切られ、確実に血を失い、息絶えたはずだった。
それなのに、護衛長はまるで何事もなかったかのように剣を握りしめ、兄上を刺していた。
「いやいやいやいやいやいやいや!!! 首掻っ切られてましたやん!?!?!?!?」
「普通死んでるでしょ!? なんで動けるの!?!? もしかして人間じゃない!? ねぇ、もしかしてゾンビ!?」
混乱する私をよそに、護衛長は剣を引き抜いた。
兄上は、すぐに後ろへ跳び、致命傷を避ける。
だが、確実にダメージは受けていた。
「くっ……!」
兄上が歯を食いしばり、脇腹を押さえる。
血が滴る。
「……やっべぇ、兄上が初めて“ダメージを受けた”!!!」
それまで、一方的に敵を切り刻んできた兄上が、初めて傷を負った瞬間。
場の空気が、少しだけ変わった。
恐怖の支配が、ほんのわずかに揺らぐ。
その隙を突くように、護衛長が低く笑った。
「……甘いな」
そして、傷だらけの体をゆっくりと起こすと──
「ヒール」
光が、護衛長の体を包む。
「………………は?」
光が消えた時には、護衛長の傷がすべて消えていた。
喉を掻っ切られ、出血多量で死ぬはずだったのに、何事もなかったかのように立ち上がる。
傷一つない、完全な姿で。
「……いやいやいやいやいや!!! 首掻っ切られてたよね!? なんで回復してるの!?!? それもうヒールとかいうレベルじゃなくない!?!?!?」
護衛長は、ニヤリと笑った。
「俺はな……数少ない“癒しの魔法”を使える魔法剣士だ。」
「ちょっとやそっとの傷は、すぐに治せるぜ?」
堂々と言い放つ護衛長。
「……いや、ちょっとやそっとの傷の話じゃなくない!?!?!?」
「普通は、首を切られたら終わりでしょ!? なんで回復してんの!? それもう別の能力でしょ!?!?」
もう、完全に私の理解を超えていた。
そんな私の混乱なんてお構いなしに、護衛長は剣を構える。
兄上も、ニヤリと笑いながら構えを取った。
そして──
再び、激戦が始まる。
◆
護衛長が、一歩踏み込む。
その瞬間、兄上がナイフを振るった。
しかし、護衛長はその動きを読んでいたかのように剣を振り下ろし、弾き飛ばす。
金属音が響き、兄上のナイフが宙を舞う。
「くっ……!」
兄上は即座に距離を取るが、護衛長はその隙を見逃さなかった。
「遅い」
一気に間合いを詰める。
「やばい!! 兄上が押されてる!!!」
護衛長の剣が横薙ぎに振るわれる。
兄上は、ギリギリのところでそれをかわし、カウンターでナイフを突き出す。
「……ッ!!」
護衛長は、剣の腹でそれを弾き、即座に反撃。
剣が兄上の頬をかすめ、血が散る。
「初めて……本気で兄上が追い詰められてる……!!!」
兄上は確かに強い。
今まで、どんな敵にも圧倒的な力でねじ伏せてきた。
でも、相手が回復できる魔法剣士だった場合、戦い方が根本的に変わる。
兄上の戦法は、「相手を切り刻んで倒す」ことが前提。
でも、何度斬りつけても回復されるなら、その戦法は意味をなさない。
「じゃあ、どうするの……?」
「兄上がこのまま押し切られる……?」
「いや、でも……」
兄上は、まだ笑っている。
楽しそうに。
まるで、この状況さえも「遊びの延長」とでも言うかのように。
何か策がある……?
その答えが、もうすぐ明かされる気がした。
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