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第2章 背徳
[5] 翻弄されて
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「彼とは……知り合いなのかい?」
部屋に戻るなり、レンはそんな事を聞いてきた。
「知り合いではない。ただ、昨日いきなり抱きついてきた変態。さっき会ったのは偶然」
「そう。彼は、友人にはおすすめ出来ない相手だよ」
「どうしたの? そんな事、レンが言うの珍しい」
「あいつは女ったらしだから、大切な友人を近づけたくないだけだよ」
手を引かれて、化粧台に腰掛けさせられる。
いつもと違う雰囲気に戸惑っていると、レンがキスしそうなほど顔を近づけてきた。
「ねえ、なんか変だよ?」
「いつもと一緒さ。君の血を直接……飲んだせいかな。次は、どこから吸わせてくれる?」
足の間に体を割り込ませたレンは、さらに体を押しつけてくる。
自分の中に眠る危険回避能力が警告してきたけど、これでは動けない。
「くっ、首でいいでしょ!」
レンの手はあたしの腰を撫でながら下へとおろしていき、ジーンズの上から腿を撫でていく。
額と額を合わせながらそうされると、レンの香りが鼻をくすぐり、血を吸われた時の甘く痺れるような感覚が甦ってきた。
「腿とか……かなり気持ちがいいと思うよ」
耳元で甘い声で囁かれると、頭の奥が重くぼんやりとしてきて、ただレンが欲しくてたまらない気持ちになった。
あたしは、逆らえない引力に惹き付けられるように、レンの首に腕を回した。
「何してやがる!」
人間の声なのか、獣の唸り声なのかわからない突然の声に、あたしの意識ははっきりとした。
声の主は、狼呀だった。
吸血鬼であるレンを軽々と引き剥がし壁に叩きつけると、まるで荷物のようにあたしを肩に担いで歩き出す。
「ちょっと! 下ろしなさいよ。下ろせったら!」
両手で拳を作って背中を叩いても、膝で胸を蹴っても、気にした素振りもなく歩いている。
あたしの体重は軽いとは言えないし、力だって弱くない。
誰がどう見たって嫌がっているっていうのに、廊下ですれ違う人々は驚いて道を開けていく。
――少しは不信に思って止めなさいよ!!
誰も止めようとしない事に腹を立てていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「狼呀! ちょっと、何してんのよ。待ちなさいったら」
立ち塞がったのは、数十分前に狼呀を心配していた女だ。
ヴィヴィアンとは、また違ったセクシーボディの持ち主。
あたしの中では、そう登録されている。
「どけ、レイラ」
そう一言だけ言うと、狼呀は空いている手で女――レイラを横に突き飛ばして進んで行く。
気まずいのはあたしだ。
狼呀は前を向いているからいいが、担がれているあたしは、突き飛ばされたレイラと目が合う。
それだけならまだしも、敵意のこもった目で睨み付けられた。
まるで、噛み殺そうとでも思っていそうなほど危険だ。
吸血鬼よりも、もっと野生に近い危険さに背筋が冷える。
あたしは暴れるのをやめて、連れていかれるがままになった。今は、狼呀の近くのほうが安全なきがしたから。
大股で歩いている狼呀は、タイミングよく開いたエレベーターに乗っても下ろしてはくれない。
扉が閉まってもそれは変わらず、一つ変わったとするなら、担がれたことによって捲れたTシャツから覗く素肌を親指で優しく撫でてくることだ。
くすぐったくて、変な気分になって困る。
エレベーターが動き出すと、何よりも狭い密室に流れる沈黙が怖かった。
兄がいるから分かる。
機嫌のいい兄はよく喋り、うるさくて鬱陶しいくらいだった。
なのに、無口になり静かな時には、怒っていたり機嫌の悪い時だったりする。
狼呀を分析していると、エレベーターが止まり焼けたゴムの匂いが漂ってきた。
――駐車場!?
「やだっ、下ろして!」
レンが来てくれない事に、悲しさが沸いてきた。
誰の助けも期待できない。
そこまで考えて思わず、はっとした。
いつから誰かに期待するようになったんだろう。
今まであたしは、誰にも期待したことはない。いつだって、自分でどうにかするしかないのだ。
あたしは渾身の力を込めて、髪の毛を引っ張ろうと少し体を起こしたところで、勢い良く車の後部座席に下ろされた。
痛みに顔をしかめている間に、狼呀までそのまま乗り込んでくる。
後ずさろうにも、車の広さには限界があって体の大きな彼が入ってくると避ける場所はない。
「離れてよ!」
両方の肩に手を置いて押した。
なのに気にした様子もなく、あたしの首が見えるように髪に触れると後ろに払う。
「まさか、吸血鬼フリークなのか?」
「吸血鬼フリーク? なによそれ」
聞きなれない言葉に、あたしは眉をひそめた。
狼呀のような普通の人間の男が、吸血鬼の存在を知っているなんてありえない。
秘密を守るのも契約の一部だと考え、あたしは鼻で笑った。
気分を害して、話題を変えるだろうという考えは甘かったのか、狼呀の目の真剣さは変わらない。
「クソ忌々しい寄生虫に咬まれて、血を吸われる事を喜び望む連中のことだ」
「ちょっと、人の事を寄生虫呼ばわりは酷いんじゃない!」
「あいつらは人ですらない」
あたしは『寄生虫』という言葉に頭にきて、肯定と取れる反応を示してしまった。
その結果、狼呀の怒りに油を注いだ。
こんな時は、短気な自分の短所が恨めしい。
もう、口を閉じることが出来ない。
「あんた、何様よ! レンの事をなにも知らないくせに」
「なら、マリア……君はあの男の全てを知っているって言えるか? さっきのあいつが、君に何をしようとしていたかも」
「さっきって何よ。ただ血を吸うだけでしょ! あんたが止めたせいで、干上がってたら責任とれるの? どいて。あたしはレンのところに戻るから」
あたしはドアのノブを引いたけど、いつの間にかロックを掛けられていて開かない。
「さっさと開けなさいよ!」
胸を拳で叩いても、びくともしないで逆に手首を掴まれた。
「自分のジーンズを見てみろ」
「なによ、変態……」
そう言いながらもジーンズに視線を落として、あたしは絶句した。
ボタンは外れ、ファスナーは半分下ろされて下着が少し見えている。
ジーンズを下ろそうとした記憶はない。
「分かったか? 最初に吸われ、マリアもあいつもトランス状態に陥った。一歩間違えは、あのまま体を重ねて、殺されていたかもしれないんだぞ!」
「だっ、だったら何? あんたには関係ない」
「いいや、関係ある。俺はマリアの」
「あたしの何よ!」
「俺は……」
狼呀はそれでも渋っている。
「自分のことも話せない奴の言う事を、信じろっていうの? それなら、あたしを必要としてくれるレンを信用する」
あたしは、さっきよりも力を込めて狼呀を押した。
彼の体が少し離れて、ほっとしたのも束の間、あたしの腕が引っ張られる。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
狼呀の顔が目の前にあり、熱い視線があたしの心を溶かす。
最初は遠慮がちに啄むようなキスだったのに、文句を言おうと口を開くと変わった。
「ちょっと……んっ」
髪の中に手が滑り込んできて、逃げられないように頭の後ろを掴んでいるけど、痛みはない。
それどころか、頭皮を揉みほぐすように動かされて安堵感を覚えた。
訳が分からない。
名前を知ったのは今日。
抱いた感情は、特になかった。
なのに、こうして触れられていると――。
唇は深く重なり、狼呀の舌が歯列をなぞる。
まるで、無反応なあたしを怒るみたいに、何度も何度も――。
いつしか、あたしの本能にも火がついた。
レンに血を吸われた影響が残っていたのかもしれない。熱くて、痺れる感覚が欲しくて、彼の舌にこたえる。
角度を変えて、繰り返す口づけは、レンに咬まれた時よりも数倍すばらしい快楽を生み出した。
相手が狼呀とか、恋人ではないとか、あたしの中にある理性や道徳心はどこかに消えてなくなった。
狼呀の首に腕を回し、体を押しつける。
固くて力強い彼の体は、服の上からでも熱く、息が荒くなった。
Tシャツの下に両手を滑り込ませて胸を撫でると、信じられない音がする。
彼は唸り声を上げたのだ。
合わさった口の中にも響き、押しつけた胸まで振動した気がした。
それが、さらに欲求を強くする。
人間が発する音じゃないと気にはなっていても、今の楽しい感覚を逃したくなくてあたしは激しい欲求に溺れた。
部屋に戻るなり、レンはそんな事を聞いてきた。
「知り合いではない。ただ、昨日いきなり抱きついてきた変態。さっき会ったのは偶然」
「そう。彼は、友人にはおすすめ出来ない相手だよ」
「どうしたの? そんな事、レンが言うの珍しい」
「あいつは女ったらしだから、大切な友人を近づけたくないだけだよ」
手を引かれて、化粧台に腰掛けさせられる。
いつもと違う雰囲気に戸惑っていると、レンがキスしそうなほど顔を近づけてきた。
「ねえ、なんか変だよ?」
「いつもと一緒さ。君の血を直接……飲んだせいかな。次は、どこから吸わせてくれる?」
足の間に体を割り込ませたレンは、さらに体を押しつけてくる。
自分の中に眠る危険回避能力が警告してきたけど、これでは動けない。
「くっ、首でいいでしょ!」
レンの手はあたしの腰を撫でながら下へとおろしていき、ジーンズの上から腿を撫でていく。
額と額を合わせながらそうされると、レンの香りが鼻をくすぐり、血を吸われた時の甘く痺れるような感覚が甦ってきた。
「腿とか……かなり気持ちがいいと思うよ」
耳元で甘い声で囁かれると、頭の奥が重くぼんやりとしてきて、ただレンが欲しくてたまらない気持ちになった。
あたしは、逆らえない引力に惹き付けられるように、レンの首に腕を回した。
「何してやがる!」
人間の声なのか、獣の唸り声なのかわからない突然の声に、あたしの意識ははっきりとした。
声の主は、狼呀だった。
吸血鬼であるレンを軽々と引き剥がし壁に叩きつけると、まるで荷物のようにあたしを肩に担いで歩き出す。
「ちょっと! 下ろしなさいよ。下ろせったら!」
両手で拳を作って背中を叩いても、膝で胸を蹴っても、気にした素振りもなく歩いている。
あたしの体重は軽いとは言えないし、力だって弱くない。
誰がどう見たって嫌がっているっていうのに、廊下ですれ違う人々は驚いて道を開けていく。
――少しは不信に思って止めなさいよ!!
誰も止めようとしない事に腹を立てていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「狼呀! ちょっと、何してんのよ。待ちなさいったら」
立ち塞がったのは、数十分前に狼呀を心配していた女だ。
ヴィヴィアンとは、また違ったセクシーボディの持ち主。
あたしの中では、そう登録されている。
「どけ、レイラ」
そう一言だけ言うと、狼呀は空いている手で女――レイラを横に突き飛ばして進んで行く。
気まずいのはあたしだ。
狼呀は前を向いているからいいが、担がれているあたしは、突き飛ばされたレイラと目が合う。
それだけならまだしも、敵意のこもった目で睨み付けられた。
まるで、噛み殺そうとでも思っていそうなほど危険だ。
吸血鬼よりも、もっと野生に近い危険さに背筋が冷える。
あたしは暴れるのをやめて、連れていかれるがままになった。今は、狼呀の近くのほうが安全なきがしたから。
大股で歩いている狼呀は、タイミングよく開いたエレベーターに乗っても下ろしてはくれない。
扉が閉まってもそれは変わらず、一つ変わったとするなら、担がれたことによって捲れたTシャツから覗く素肌を親指で優しく撫でてくることだ。
くすぐったくて、変な気分になって困る。
エレベーターが動き出すと、何よりも狭い密室に流れる沈黙が怖かった。
兄がいるから分かる。
機嫌のいい兄はよく喋り、うるさくて鬱陶しいくらいだった。
なのに、無口になり静かな時には、怒っていたり機嫌の悪い時だったりする。
狼呀を分析していると、エレベーターが止まり焼けたゴムの匂いが漂ってきた。
――駐車場!?
「やだっ、下ろして!」
レンが来てくれない事に、悲しさが沸いてきた。
誰の助けも期待できない。
そこまで考えて思わず、はっとした。
いつから誰かに期待するようになったんだろう。
今まであたしは、誰にも期待したことはない。いつだって、自分でどうにかするしかないのだ。
あたしは渾身の力を込めて、髪の毛を引っ張ろうと少し体を起こしたところで、勢い良く車の後部座席に下ろされた。
痛みに顔をしかめている間に、狼呀までそのまま乗り込んでくる。
後ずさろうにも、車の広さには限界があって体の大きな彼が入ってくると避ける場所はない。
「離れてよ!」
両方の肩に手を置いて押した。
なのに気にした様子もなく、あたしの首が見えるように髪に触れると後ろに払う。
「まさか、吸血鬼フリークなのか?」
「吸血鬼フリーク? なによそれ」
聞きなれない言葉に、あたしは眉をひそめた。
狼呀のような普通の人間の男が、吸血鬼の存在を知っているなんてありえない。
秘密を守るのも契約の一部だと考え、あたしは鼻で笑った。
気分を害して、話題を変えるだろうという考えは甘かったのか、狼呀の目の真剣さは変わらない。
「クソ忌々しい寄生虫に咬まれて、血を吸われる事を喜び望む連中のことだ」
「ちょっと、人の事を寄生虫呼ばわりは酷いんじゃない!」
「あいつらは人ですらない」
あたしは『寄生虫』という言葉に頭にきて、肯定と取れる反応を示してしまった。
その結果、狼呀の怒りに油を注いだ。
こんな時は、短気な自分の短所が恨めしい。
もう、口を閉じることが出来ない。
「あんた、何様よ! レンの事をなにも知らないくせに」
「なら、マリア……君はあの男の全てを知っているって言えるか? さっきのあいつが、君に何をしようとしていたかも」
「さっきって何よ。ただ血を吸うだけでしょ! あんたが止めたせいで、干上がってたら責任とれるの? どいて。あたしはレンのところに戻るから」
あたしはドアのノブを引いたけど、いつの間にかロックを掛けられていて開かない。
「さっさと開けなさいよ!」
胸を拳で叩いても、びくともしないで逆に手首を掴まれた。
「自分のジーンズを見てみろ」
「なによ、変態……」
そう言いながらもジーンズに視線を落として、あたしは絶句した。
ボタンは外れ、ファスナーは半分下ろされて下着が少し見えている。
ジーンズを下ろそうとした記憶はない。
「分かったか? 最初に吸われ、マリアもあいつもトランス状態に陥った。一歩間違えは、あのまま体を重ねて、殺されていたかもしれないんだぞ!」
「だっ、だったら何? あんたには関係ない」
「いいや、関係ある。俺はマリアの」
「あたしの何よ!」
「俺は……」
狼呀はそれでも渋っている。
「自分のことも話せない奴の言う事を、信じろっていうの? それなら、あたしを必要としてくれるレンを信用する」
あたしは、さっきよりも力を込めて狼呀を押した。
彼の体が少し離れて、ほっとしたのも束の間、あたしの腕が引っ張られる。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
狼呀の顔が目の前にあり、熱い視線があたしの心を溶かす。
最初は遠慮がちに啄むようなキスだったのに、文句を言おうと口を開くと変わった。
「ちょっと……んっ」
髪の中に手が滑り込んできて、逃げられないように頭の後ろを掴んでいるけど、痛みはない。
それどころか、頭皮を揉みほぐすように動かされて安堵感を覚えた。
訳が分からない。
名前を知ったのは今日。
抱いた感情は、特になかった。
なのに、こうして触れられていると――。
唇は深く重なり、狼呀の舌が歯列をなぞる。
まるで、無反応なあたしを怒るみたいに、何度も何度も――。
いつしか、あたしの本能にも火がついた。
レンに血を吸われた影響が残っていたのかもしれない。熱くて、痺れる感覚が欲しくて、彼の舌にこたえる。
角度を変えて、繰り返す口づけは、レンに咬まれた時よりも数倍すばらしい快楽を生み出した。
相手が狼呀とか、恋人ではないとか、あたしの中にある理性や道徳心はどこかに消えてなくなった。
狼呀の首に腕を回し、体を押しつける。
固くて力強い彼の体は、服の上からでも熱く、息が荒くなった。
Tシャツの下に両手を滑り込ませて胸を撫でると、信じられない音がする。
彼は唸り声を上げたのだ。
合わさった口の中にも響き、押しつけた胸まで振動した気がした。
それが、さらに欲求を強くする。
人間が発する音じゃないと気にはなっていても、今の楽しい感覚を逃したくなくてあたしは激しい欲求に溺れた。
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