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第5章

8. 運命の出会い

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「まじで行動パターンが分かるようでわからん」
「ああ、景雪以上に意味不明なところがあるな」

 王から景雪が先に帰ったと聞いた桜雅と桃弥が、朱璃と琉晟を探していた。
 途中、厠に行ったきり戻ってこない朱璃を探していた琉晟と合流、迷子になっていると思われる朱璃を庭で探索中である。

「兄上?」
 帰った筈の兄の後ろ姿に気付いた桃弥が後を追った。
 朱璃の行方を知らないかと言いかけて、景雪が抱いているのが朱璃だと分かりハッとした。

「何かあったのですか!?」
「寝ているだけだ。ったく、どこでも寝やがって。ガキと同じだな」
 不機嫌そうにそう言うと、当然のようにぽいっと朱璃を琉晟に渡し、帰るぞとも言わずスタスタと歩いていった。

 桜雅が慌てては引き止めた。
「景雪、今回の事は本当に世話になった。巻き込んでしまって申し訳無かったが、お前たちが居てくれたことで大団円を迎えられた。心から感謝している」
「俺は何もしていない。礼なら2人に言ってくれ」
「ああ、分かった。でも、ありがとう。ゆっくり休んでくれ」
「ふん」
 景雪の態度は素っ気なかったが怒っていない事は伝わって来たので桜雅の表情は明るかった。

「琉晟も巻き込んで申し訳なかった。手を貸してくれた事、感謝している。朱璃にもそう伝えておいてくれ」

 朱璃を抱いた琉晟がゆっくり頭を下げてから景雪の後を追って行くのを見送った。


  そして姿が見えなくなってしまってから、小さくため息をつく桜雅に桃弥が首を傾げた。

「飛天の着物だった」
  朱璃の身体に掛けられた派手な着物は見覚えがあった。今回とても世話になった男のものだ。
  いつのまにか彼だけではなく、孔雀団の殆どがいなくなっていた。
 飛天と孔雀団の正体が分かり、王と水面下で進めていた任務であったことなどわかったが、一言くらい礼が言いたかったと桜雅は思った。

  そして、もう一つ気になるのは、朱璃と居たという事実。2人きりだったのだろうか。飛天の女になると言う約束は無効になった筈だが、飛天が朱璃を見る瞳は優しくて好意を持っているように見える。
  朱璃も飛天には心を許しているように見えるし、お揃いの商人言葉が二人の世界を作っている気さえする。
  心許していると言えば、三年ぶりにあった景雪らの3人の絆の深さは、正直言って予想外だった。
 酷いことを言っていても、あの景雪が朱璃を可愛がっているのは歴然だ。琉晟に至ってはキャラまで変わっている。
 3人でいるのが当たり前で、いっしょに帰っていくのも当たり前と、分かっていても、なぜか胸が痛い。

「よーするに、ヤキモチを妬いているんだ」
  突然肩を叩かれ、桜雅は飛び上がるほど驚いた。

「な、何を言って!?」
 すると桃弥はとことん呆れた顔をした。
「お前さー。心の声もれてる。普段はあんまり感情を出さないのに、こういう事に関しちゃあ、おもしれーほど顔に出るんだな」
「……!?」

  桃弥が桜雅の頭を撫でる。
「よしよし、朱璃が好きなんだろ? まさか、自覚してねーって事はないよな」

「……少しは自覚……している」
  赤くなる桜雅が可愛いやら可笑しいやらで、からかいたくて堪らなかったが、景雪らを見送る背中がやけに寂しそうだったので止める事にした。

「心配すんなって。朱璃は兄上の事は師匠として慕っているだけだって」
「どうしてわかる」
「あの変人と3年いて、恋愛感情が生まれると思うか? 絶対ないって。それに、兄上は未だ、指輪を外していない」
  決して外されることの無い恋人の証。
  桜雅もそれに気付いていたが、もう一つの形見の玉は朱璃に預けていたのも知っている。
「朱璃は入江で死にかけた時、景雪に遺言を残そうとしていた……。聞こえづらくて『す……』しか分からなかったが、好き、ではないだろうか?」
「寿司食いたいっかも知れないぞ。あいつ食いしん坊だし」
「ぷっ」
「それに、金にもシビアだ。霊霊茸の事を思い出してみろ。黙っていれば可愛いが、あいつも相当変だぞ。それは兄上のせいかもしれないけど……。一つ聞いてもいいか?  あいつの事女として好きなんだよなー。どこが好きなんだ?」

  桜雅は景雪たちが去って行った方を見つめて、少し
笑った。
「どこが好きなんだろうな? 俺は女性に対して恋愛感情を持った事がないから上手く言えないのだが、朱璃のコロコロ変わる表情が、笑顔が可愛いくてずっと見ていたいと思う。この世界で健気に生きて行こうとしている強い生命力、その反面何故か自己犠牲が強く自信のなさ。誰からも好かれそうな懐っこさがある癖に、媚びれない甘え下手なところ……。言葉にするのは難しいな」
「……すまん。そんな簡単なもんでもないな。俺も恋愛に関しては素人だ。変なこと聞いて悪かった」
「いや、でもまあ、恋愛とか言って浮かれていい立場ではないからな。朱璃が幸せになれればそれでいいんだ」
「……色々大変だなお前も。でも、難しく考えなくてもいいと思うけどなー」
  桜雅も桃弥もお互いの置かれる立場のことはよく分かっており、何となく黙りこんでしまった。

しばらくして桜雅が話を変えた。
「景雪の心の傷は、朱璃のことで随分癒されてる気がするな」
「そうだな、兄上にとって朱璃の存在は大きいだろうな。俺は追いかけっこをする姿なんて生まれて初めて見たし、ていうか人に振り回されているのを見るとは考えもしなかった」
「はははっ」
「でもさ、朱璃が兄上を身を呈して守ろうとしただろ……。あれは、鬼門だ」
「……」
  景雪の恋人であった月華はそれで命を落としている。景雪の心情は景雪しか分からないが、平常心でいれるはずがない。

 
  桜雅と桃弥は再び無言で池に映る青々とした紅葉を見つめていた。
  3年前に桜雅が出会った異世界の娘は、桜雅を表すような名前を持っていた。そして、身分など関係のない唯一のの存在として友となった。

  桃弥は兄のことも考える。
  異世界の娘によって景雪の心が溶けた。そして同じように命をかけて守られて、今回は命を落とさなかった。

  この出会いは偶然か必然か。
 そこまで考えると、桃弥は運命的なものを感じドキドキしてきた。間違いなく二人は変わった。それがいい方向に変わったというのは嬉しいことだ。
  それに、朱璃を大切に思うのは、二人だけではない。
  琉晟や飛天、莉己や泉李、もちろん自分もそうだ。
今後も増えていく予感もする。今後どうなっていくか考えると少し複雑な気持ちになるが、成るように成る!
  桃弥はまずは、初恋を自覚したばかりなのに曇った顔をしている桜雅を元気づけることに専念した。

「運命の出会いだ」
「……!」
  桃弥の笑顔に桜雅はハッとした。
「朱璃は神様のプレゼントだ。お前もごちゃごちゃ考えんのやめて、まずは出会えたことに感謝だ」
「……そうだな。出会えたのは奇跡だ。朱璃と会えて本当に良かった」
  頷く桃弥に桜雅も笑顔を見せた。

「俺さ、王都に戻るの、本当はちょっと憂鬱だったんだけど、何か面白くなりそうだと思わねぇ? 朱璃が台風みたいにどんどん回りを巻き込んで、振り回してさーー。きっと面白くなるぜ!」

  朱璃が、武官になるための道のりは険しいだろう。
  それでも彼女は頑張るに違いない。
  そんな朱璃をハラハラしながら見守り支える、愛情たっぷりの仲間が眼に浮かぶ。
 一方で、祇国の最強軍団を味方につけてしまったことで朱璃にあらたな苦労も生まれるのだが、それは致しかたないことである。

「そうだな。お前の言う通りだ。面白くなるな。きっと」
 二人は自然と微笑んでいた。




 ガタガタと揺られる秦家の馬車の中では、すーすーと気持ち良さそうに眠る朱璃を肴に景雪が酒を飲んでいた。
 琉晟は酒の世話をしながら、景雪の心情を思って心を痛めていた。
 実は向こうでもひと回り違う子たちに心配されている。それを知れば心外だと眉を寄せただろうが(桃弥は痛い目にあっただろう)届くことはなかった。

 朱璃の首にしっかりと掛けられているのは、亡き恋人の形見の翡翠の首飾りだ。翡翠は現世と異界を繋ぐ石ともいわれ、魔除けとしても強い力を持つ。そして情緒を安定させる穏やかで平和な力もあるので、朱璃に託したのだ。
 朱璃が望むなら、夢の中だけでも大切な人達にあわせてやりたい。

 そっと漆黒の髪を撫でると思い出したように懐からトケイという物を取り出し、朱璃の手に握らせるように置いてやった。朱璃の手首には縄の跡が痛々しく残っていて景雪はその傷をそっと撫でた。

 琉晟がハッとしたように景雪を見た。朱璃が卓言に取り上げられた、祖母の形見でトケイという物だと分かったからだ。
『一度逃げ出した孫邸に戻ったのは、トケイを取り戻すためだったんですか?』
「たまたまだ。あとで、桜雅にこれも届けといてくれ」
  星華の小太刀は、桜雅の実母の形見だ。

  孫邸を脱出後に卓言のコレクションの事を思い出し戻ったところ、運悪く鉢合わせしたのだ。
  その時初めて桜雅と朱璃が卓言の手の内にあることを聞き、二人の命と引き換えにあのように埋められる事になったのだ。
  今更ながら、らしくない事をしたと思う。
  飛天に言われるまでもなくもう引き返せないところまで来ているは分かっていた。
 朱璃が死ぬと思った時、関わりを持った事を後悔した。大切なものは作らない決めたのに……。

「貴方は逃げれるかも知れませんが、あの子は逃げませんよ。逃げれないと言った方が正しい。貴方は、また逃げるのですか?」
  莉己の言葉はまだ胸に突き刺ささっている。

「う、うーん……」
  朱璃の表情が変わった。眉をひそめ、苦しげに見えた。
「せん……せい、けい……せん、せい」

  俺か? 今、こいつの夢に出ているのか?
  助けを求めているのか。ったくしょうがない奴だ。
  悪い気はしない。むしろ気を良くしている。
それを証拠に「なんだ」と寝言に返事をした。
 琉晟が思わず口元を隠した。

「……せんせい……す」
 声が小さくなって聞こえないが、二人とも読唇述に長けているので問題ない。
 告白だったらどうしようかと琉晟の目が泳いだ時だった。

「す、……すい、すいこうろうの、ツケ……ちゃんと払って……下さい」
「……」
「……」
「どうしてバクが知っているんだ?」
『そう言えば、関所で木蓮様にお会いしたと言ってました』
「ちっ」
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